side.アンスリウム


〔クズポンコツ奴隷へ〕


 本題に入る前に一つ言っておくが、気色の悪い駄文を報告書に連ねるな。


 お前が俺に遜るのは勝手だが、その方法はもう少し考えろ。


 好感度を上げるつもりなら、今後は本題を短く簡潔に伝えるように。


 お前の書いた文章に割く時間がもったいないからな。


 あ、ちゃんと手袋は二重にして書いてくれよ?


 お前が直に触れた物には触れたくないし、なんか臭い気がするんだ。


 ちゃんと清潔にしてる?


 それと、呼吸もなるべく控えてくれな…酸素も勿体無いし、お前が吐いた二酸化炭素を吸収する植物が可哀想だ。


 この世に存在する自分以外の全てに気を遣って生きてくれ。


 さて、本題だが。


 勝手にしろ。


 だが言ったことはしっかり守れよ?


 以上だ。


 良い一日を〜


〔親切なご主人様より〕



 グシャ


 バタバタッ!


 ダンダンダンッ!!


 ご主人様からの返事の手紙を読み終えるなり握り締め、地団駄のままにこれでもかと手紙を踏みつけるアンスリウム。


「ハァ…ハァ…せっかく、この私が知らせてあげたというのに!!労いの一言も無いですって?!それに、本題より嫌味の方が多いじゃないですか!!!!」


 息を荒げても尚止まらない、主人への憤り。


 本文の八割以上が自分への誹謗中傷によって埋められた返事。


 自分が主人の機嫌を損ねないよう何時間も考えて書いた事実が余計滑稽に思えてくる。


「この文章をしたためる時間があるのなら、私の文章だって読んでくれても良いではありませんか!」


 怒っても怒っても怒り足りない。


「それに何ですか…この紙は。」


 自分が今しがた踏みつけた手紙を再度手に取り広げる。


「私の送った手紙の裏面に返事が書いてあるじゃないですか……えぇ、そうですか。お前如きに新しい紙を使うのも勿体無いって事ですか…。」


 王女である自分を何処までも虚仮にする行為に、またも頭に血が昇りそうになる。


 それを、自分に言い聞かせるようにして落ち着かせる。


「落ち着きなさいアンスリウム。きっと彼はこのように煽って私を興奮させようとしているのです。思い通りになってはいけません。平静を保つのです。」


 自制心により平静を取り戻したアンスリウムは、安堵したようにペタッと地面に座りこむ。


 自室のふかふかの絨毯の敷かれた床ではない。


 イヴェール王国の財産に物を言わせて自室の地下に作らせた性癖を発散するだけの場所…柊が監禁されていた地下牢の床だ。


 王城に仕えている者であっても、この場所の事を認知しているのは限られた者だけ。


 第一王女であるアンスリウムが先程からどれだけ騒いでも、使用人やら何やらが寄ってこないのはその為だ。


 何故こんな所に居るのかというと、柊が地下牢から脱出して以降、ここがアンスリウムの自室となっていたからだ。


「今日からここ俺の部屋にするから!」


 そのたった一言で自分の居場所を奪われた。


 その言葉の意味する所は、アンスリウムが別の部屋に移動すれば済むなんていう簡単な話ではない。


 王女である自分が奴隷になった事実を周囲に悟られてはならない為、従って口外される恐れのある柊の事も隠さなければならない。


 散々拷問した仕返しに隷属の首輪をつけられた自分が、どうして主人に「バレない様に使うなら誰も使っていない客室にして下さい!」なんてお願いができようか…出来る訳がない。


 だからと言って、同じ部屋で寝るなんていう命知らずなことも出来ない。


 それなら、たとえトイレすら無い地下牢であったとしてもまだ心が安らぐというものだ。


 だが、柊が城を出た後もアンスリウムは元の自分の部屋に戻れていない。


 それは、別に命令によって強制された訳ではない。


 ただ、いつ柊が抜き打ちで様子を見にくるか分からない為、常にそれに備えているのだ。


 その時に、自分がふかふかのベッドで寝ていたらどんな仕打ちをされるのかなんて想像したくもない。


 だが当の本人は、「たまに帰ってくるかも!」なんて様子を見に来る様な事を仄めかしていたのにも関わらず、あれ以来一切顔を出していない。


 あの化け物に会わないに越したことは無いが、非常時に備えていた自分の努力が水泡に帰した気がして釈然としない。


「こんな所でもずっと居ると慣れるものですね。」


 何の家具も置かれていない殺風景な六畳一間を改めて見渡しながらポツリと呟いた。


 最初は暗いし汚いしで落ち着かなかったが、今ではここが落ち着ける唯一の安全地帯となっている。


「ここに監禁されるのはごめんですけど…」


 自分で出入りできるのと閉じ込められるのは雲泥の差だ。


 アンスリウムはこの部屋で過ごしてみて、改めて柊の異常さを痛感していた。


 元の世界で普通の学生だった者が、突然異世界に召喚させられ、奴隷に落とされた。


 そして、その後すぐにこの空間に拉致監禁され、そこから一週間もの間あらゆる拷問に耐え続けながら、密かに牙を研いでいた。


 何度考えても信じられない。


 見知らぬ土地というだけで、ある程度の心構えが必要だというのに、奴隷に落とされ、拷問されて尚、絶望しない精神力。


 どんな神経をしているというのか。


 他の勇者様方にも耐えられるか?…と想像してみても、同じ事をしたらきっと二日や三日で壊れるのが目に見えている。


 やはり、彼は異常なのだ。


 だから恐い。


 だから今も彼が近くに居ないと分かっていても怯えている。


 自業自得といえばそれまでだが、柊に命の手綱を握られている現状がどうしても耐えられない。


 気を抜いたら絶望してしまいそうになる程に。


「早く勇者様方を成長させなければ…」


 事実アンスリウムは焦っていた。


 魔王云々の話では無い…あの強靭な精神力を有している化け物が外の世界で自由にしていることにだ。


「彼のことです…異常な方法で強くなってるに違い無いですわ。」


 アンスリウムは柊の強さの程が分かっている訳では無い。


 だが、こんな何も無い場所でも強くなれる者が、外の広い世界に行って強くならない筈がないと考えているのだ。


 アンスリウムとてこのまま生涯を奴隷で終えるつもりなど毛頭ない。


 何とかして、柊を殺して隷属の首輪を外す。


 その為に勇者達を利用する。


「私は諦めません。必ず…奴隷から抜け出して見せます。」


 皮肉にも柊と同じ場所で同じ事を決心する。


 自身の過ちによって生み出された化け物は、勇者達の手に負えるのか…


 そんな不安を心の奥にしまい込んで。

 

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