受付嬢アイラ

 私は恵まれている。


 冒険者ギルドに勤めていると時よりそう感じさせられる。


 普通に職に就いて、普通に食事ができて、普通に帰る家があって…


 私にとっての普通は世間では幸運で特別な事なのだと…そう実感させられる。


 これと言った苦難に満ちている訳でもなく、試練が全くないという訳でもない平凡な日常。


 なんの変哲もない…面白みのない人生だと自分でも思うけれど、これは世間一般でいう所の幸せな人生というやつだ。


 でも、私はこの人生に辟易している。


 別に大した理由がある訳ではない。


 ただ退屈なのだ。


 毎日毎日同じ事を繰り返すだけの日々が。


 まぁ、だからと言って今の生活を投げ棄ててまで冒険に出ようとは思わないし、魔物相手に命を賭けて戦おうなんて事も考えられない。


 ただ、漠然とこの退屈を覆してくれる何かが起きる事を期待している。


 我儘な事を言っている自覚はある。


 この世界は残酷で、その平穏な日々を手に入れる為にどれ程の人間が苦労しているのか…それは職業柄よくわかっているつもりだ。


 親に棄てられたのか年端の行かない子供が、冒険者以外に碌な職に就けない四肢の足りない中年が、何か事情を抱えているであろう人達が受付に来る度に私は自己嫌悪する。


 その人達にとっての特別を当たり前のように享受している癖にそれ以上を望むなんて贅沢だと、これまで何度も何度も自分に言い聞かせてきた。


 けれど、何故か夢想してしまう…人生を劇的に変えてくれるような転機を。


 この生活が続いて行くのは、世の大多数の人からは幸せに映るのかも知れない。


 いずれは結婚なんかして、子供なんかも出来て、何だかんだ死ぬ時には悪くなかったって…私自身もそう思っているのかも知れない。


 でも心の何処かで、私の人生こんなもんか。って諦観とも落胆とも取れないようなことを考えている自分がいる。


「はぁぁ。」


 そんな不満を一緒に吐き出すようにため息を吐く。


 これはもう癖になってしまっている。


 良くないとは分かっていても、気付いた時にはもう吐き出された後だ。


「またか…」


 朝起きると必ずこんな事を考えている。


 目が覚めて、今日もこれからルーティンワークと化した受付業務をこなすのだと想像していると、つい生産性の無い事だと分かっていても考えてしまう。


 寝癖で跳ねた暗い赤髪を整えながら寝室を出る。


 歯を磨きながらもまた性懲りも無く考えそうになるが、そんな事をいくら考えても無駄だと切り捨て早々に職場へ向かう。


 私は、こうやって明日も明後日も同じような日々を過ごすのだろう…幸運で退屈でそして変わり映えのない毎日を。


 #


 ギルドに着くと、またいつも通りの業務が始まった。


 受付へやってくる人々の対応。


 冒険者登録、依頼の斡旋、素材売買、冒険者からのセクハラ紛いの言動の受け流し…なんて事はないいつも通り。


 変わらない日常だ。


 だが変わらないと思っていた日常が、ある冒険者のひと言によって唐突に吹き飛んだ。


「早くS級になりたいんだけど、なんか効率のいい方法ある?」


「………は?」


 普段事務的に業務をこなす私が、あまりのぶっ飛んだ質問に思わず間の抜けた声を出してしまった。


 私がそのまま唖然としていると、聞こえていないと思ったのか、さらに大きな声でその文言を繰り返してしまう。


「だから、早くS級冒険者になりたいんだけど、なんか効率の良い方法ない??」


 この声が周囲にも届き、少しの静寂の後、大爆笑の渦に飲まれるギルド内。


 その中には、心ない誹謗中傷も多分に含まれていた。


 無理もない。


 確かにS級を志す者はいるが、それは実力が自他共に認められるようになってから口にするのが妥当だ。


 それなのに、たった今E級に上がったばかりの新米冒険者がただ単にS級になると明言するだけではなく、効率の良いなどという裏技紛いの事まで言ったのだ。


 それは馬鹿にもされる。


 だがこれも一度で答えなかった私にも責任の一端がある。


 そう思った私はすかさずフォローした。


「お気を悪くしないでください。S級冒険者とはそれほどまでに別格の存在なのです。それを理解しているから皆様は笑っているだけで…」


 でも、そのフォローも意味を成さず逆に状況を悪化させてしまう。


 恐らく私に好意を寄せているだろうB級冒険者のシアベさんが絡んできたからだ。


 好意には前々から気付いていたが、タイプでも無ければ興味もないので軽くあしらっていた。


 それが今になって最悪の状況を呼んでしまった。


 だが、様子がおかしい。


 渦中の新米冒険者の方が格上の冒険者が迫ってきていると言うのに微塵も動揺していないのだ。


 というより挑発をしている。


 不覚にもその挑発に吹き出してしまったが、これはまずい。


 シアベさんは見た目はこんなでもB級冒険者でその実力は本物だ。


 このギルドの有望株と言っても過言ではない。


 たった今さっきE級に上がったばかりの新米冒険者が勝てる相手ではない。


 だと言うのに、その冒険者はいつまで経っても平静だ。


 それに対し、シアベさんはその冒険者の口撃にタジタジになり激昂している。


 そんな時でも、その余裕な態度は崩さずあくまで平然と私に質問をしてくる。


「えーっと、アイラさん?そろそろこいつ爆発しそうなんだけどさ。この場合、ギルドは関与しないって認識でOK?やり返してなんか罪問われたりしない?」


 本当は止めた方が良いのだろうが、あくまでギルドは冒険者同士の問題に不介入だ…私に止める権利はない。


「アイラで結構です。はい、問題ありません。」


 死にませんように…そう祈って答える事しかできなかった。








 ———数時間後。


 ギルド内には独特な雰囲気が流れていた。


 そこに冒険者達の姿はなく、ギルドの営業時間が過ぎた今、そこにいるのは締め作業をしているスタッフだけだ。


 業務時間外という事もあり、皆口々に件の冒険者の事について喋りながら作業をしていた。


「あの冒険者ヤバかったよな?」


「うん。B級冒険者…泣かせてた。」


「いや、それもヤベーけど!!その後のがヤべーだろ?!」


「あぁ、悪いって思ってるなら誠意見せろってアレか。」


「そうそう!最後の方とか問答無用で指折ってたぞ。ちょっと揶揄われただけなのに。」


「いや、まぁな。確かに少しやり過ぎだったよな。」


「少しか?」


「少し…じゃねーな。」


「私は怖かった。」


「あの顔か?確かに怖いな。」


「違くて、」


「あぁ、あの魔力か?つっても俺ら側には全然だったろ?」


「馬鹿かお前、建物揺らす魔力放出だぞ?地震かと思ったわ。ありゃ化け物だぞ。」


 …etc


 そんな会話に耳を澄ませながら、私は真顔でギルドの締め作業をしている。


 だが、内心は物凄く興奮していた。


 皆の言う通り、あの新米冒険者…彼のあそこからの動きは全てが凄かった。


 まさに独壇場。


 まるで一人舞台を見ているようだった。


 大勢の冒険者にも怯まず自分の主張を突き通すあの我儘ぶり。


 今となっては、私の我儘なんて控えめとさえ感じてしまう。


 正直、魅せられた…あの自由さに。


 あんな風に生きられたらどんなに楽しいのだろう。


 もっと見たい。もっと…


「明日も来るでしょうか。確か名前は…シュウ。」


 無意識に自分の口から溢れた言葉。


 その事に数瞬遅れて気付き、途端に恥ずかしくなる。


 良かった、周りには聞こえていないみたい。


「はぁ。」


 軽く息を吐いて安堵する。




 アイラはこの時、恥ずかしさに気を取られ気付いていなかった。


 毎日退屈だと感じていた自分が一人の冒険者に思いを馳せ…既に明日を楽しみにしている事に。


















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