恋のキューピッド

 魔力に余裕ができたことで新しく習得した威圧。


 思いつきで魔力放出したらできてしまった偶然の産物だが結果はまずまずなようだ。


 大波の様に押し寄せる魔力の噴流に気を失う者も現れる。


 これなら、今後魔力の量が増加すればする程効果を発揮してくれるはずだ。


 威圧が効いたのか、俺のいる受付周辺からは冒険者が離れ、皆外へ避難しようとしている。


 そうはさせるかよ。


「逃げるならどうなっても知らないぞ?」


 さっきよりも魔力の割合を増加させて威圧を放つ。


 その余りに強い魔力波に先ほどの威圧では立っていられた者たちも続々と膝をつく。


「な、何者だ…」


 誰かがポツリと呟いた。


「本当に。E級なのか…?」


 意識のある者は皆その冒険者の腕輪に注視する。


 何度確認しても橙。


 橙と云えば超初心者から初心者に繰り上げされただけのなんちゃって冒険者と揶揄される者達。


 場合によってはゴブリンにだって余裕で負ける。


 そんな冒険者ランクの者がこんな魔力を…?


「どうやって…」


「どうやっても何も関係ないんだよ。お前らは相手の実力もろくに知らずにそいつのことを嘲笑したんだ。その意味…冒険者ならわかるよな?」


 意識をとりとめた奴らが、ありえないだ何だと騒ぎ出すのを敵意を顕にして睥睨する。


 ギルドは基本的に冒険者同士のいざこざには不介入だ。


 つまり、強者に何をされても文句は言えない全て自己責任。


 俺の威圧感溢れる雰囲気に、自分達のしでかした事の重大さを悟り冷や汗をかく冒険者達。


 中にはさっき気を失っていた方が良かったと後悔する奴までいる始末だった。


「軽率にも自分より格上の冒険者を嗤った罰だ。俺がいいと言うまでそこを動くな。」


「「「「…」」」」


 実力はどうあれ、自分より冒険者ランクの低い者に従うのはちっぽけなプライドに傷がつくのだろう。


 俺の警告にも無反応を示す先輩冒険者達。


「返事がないのは俺に対する僅かな反抗心か?3秒で決めろ。命か、プライドか。」


「「「「…」」」」


「3、」


「「「「はい!動きません!」」」」


 俺のカウントに粘りの一つも見せない先輩冒険者達。


 もう少し意地というものはないのかね。


 まぁ、いい。


 俺をバカにした奴らは後で処理するとして、まずはコイツからだ。


 金的を蹴られたモヒカンがなんとかといった具合で立ち上がり、今更ながら恫喝してくる。


「テメェ、ふざけんじゃねぇぞ!!何しやがる。」


 コイツは股間のダメージで、俺が近距離で威圧を使ったことにも気づいていないようだ。


 タフなのか、バカなのか。


 俺の指示通り酒場の方で大人しく待っている先輩冒険者達の方にも、未だ気付かないモヒカン。


 周りが見えていない…十中八九バカだな。


「お前視野狭いな。鶏かよ。」


「あー、んだとコラァ!!もういっぺん言ってみやがれ!」


「ばーか」


「さっきと言ってることちげぇだろ!」


「お前、言葉のわかるゴブリンだったのか?」


「プッ…。」


 俺のコントロールで威圧による影響を受けていないアイラは、またも俺の小ギャグで吹き出す。


 おー、結構アイラのツボが分かってきたぞ!


 今日でだいぶ仲良くなった気がするな〜。


 だが、俺がアイラのウケを取れば取るほどモヒカンは興奮していく。


 まさか…


 その様子につい口が滑る。


「え、なに。お前アイラに惚れてんの?」


 やべ、声に出てた。

 でも分かり易いんだもんなぁ。


「ちょっテメェ!!何言ってやがる!!」


 図星だったのか露骨に焦り出すモヒカン。


 おー、この反応ガチだな。

 面白いなぁ、もう少しからかってみるか。


「え、違うの?」


「ち、ちgy」


「なんだって?」


「んなの、どうでもいいだろ!」


「アイラのことはどうでもいい事なのか?」


「バッ、テメんなの…」


 うわコイツ中学生かよ。

 そんな巨漢でウジウジしやがって。


「好きなんだってよ?どうする?」


 もどかしいからアイラに代弁してあげる。

 公開告白って断り辛いっていうからワンチャンあるかもよ?


「ちょってm「申し訳ありませんが、今は誰ともお付き合いするつもりはありません」」


 あちゃー。


 モヒカンが口を挟む前に、キッパリと断りの返事を入れるアイラ。


 その一瞬の迷いのない返事に、俺にキレていたことも忘れて肩を落とすモヒカン。


 やっぱり好きだったんだな。


 ポンポンッ


 なんだか哀れに見えてきて、モヒカンまで近づいて肩を叩いて慰めてあげる。


「ドンマイ。そういうこともあるよ。今度知り合いのゴブリン紹介するからさ。そんな落ち込むなって!なっ?」


「プッ…。フフ…フパチン…ハハハハハ!!」


 俺の慰めが特大のツボに入ったのか、大笑いをかますアイラ。


 流石に告白を断った人の前で笑うのは悪いと思ったのか、口を抑えて堪えようとするがそれもすぐに決壊してしまう。


 普段滅多に笑うこともないのか、周りにいたギルドスタッフもアイラの笑う姿に目を見開いて驚いている。


 バシバシっ


「おい、見なくていいのか?最後くらい好きな子の笑顔を目に焼き付けとけよ。」


 未だ肩を落として項垂れているモヒカンの肩を叩いて、せめて最後にいい思い出をと顔を上げさせようとする。


 だがその粋な計らいを薙ぎ払う様に俺を睨みつけてくるモヒカン。


「テメェだけは…許さねぇ。ぜってぇ殺す。」


「おいおい。告白を断られたからって逆上はやめてくれよ。俺は単にお前の恋を応援してただけだって。」


「アレのどこが応援だってんだよ!散々俺のことをコケにしやがって!」


「いやいや背中押すっていう大事な役割をこなしてただろ?お前俺が居なかったら一生告れなかっただろ!感謝こそすれ恨むなんてのはお門違いなんだよ!」


「ウルセェ!!!テメェさえ居なけりゃ上手くいってたんだよ!!」


 ここでそんなわけあるか!と反論するのは簡単だが、どうせならもっと恥をかけ。


「ほー、そうかそうか。なら本人に聞いてみようじゃないか!」


 そう言って、アイラの方を見遣ると既に笑いは収まっており、恥ずかしそうに下を向いていた。


「アイラ、俺がいなかったらコイツと「テメェ、やめろぉ!」」


 現実を知るのが怖いのか、俺がアイラに問いかけるのを殴りかかって遮ろうとしてくる。


 威力はありそうだが大振りに振られてくるため、それを潜るようにして簡単に避ける。


 避けられたモヒカンは体制を崩して膝をついている。


 その一瞬の隙を見て、続けてアイラの方を見て質問をする。


「コイツと付き合う可能性1%でもあるか?」


「いえ。」


 即答。


「アハハハハっばーか。何が俺がいなけりゃ上手くいくだ。自惚れんな!早めに現実に気付かせてくれてありがとうございますだろ!お前は元から脈なしなんだよ!」


 端的に無理と答えたアイラの返答に、膝をついたまま落ち込むモヒカンを指差して盛大に笑う俺。


 我ながら完全に絵面が悪役だが、コイツが先に俺のS級になるという目標をバカにしてきたんだ。


 こうなって然るべきだろう。


 それに、俺はコイツの告白を手伝ってやったと言うのに断られたら途端に責任転嫁だ。


 ほんと嫌になっちゃうね。


 俺の大笑いに釣られたのか、ギルドスタッフや酒場の方で正座して控えている先輩冒険者達も皆ヒソヒソと笑い出す。


 それに対してモヒカンは、全身の血管をはち切れんばかりに浮き出して、見るからにブチギレていた。


 大衆の面前で恥をかくってのは、精神的に結構ダメージを受けるものだ。


 俺レベルになるとそれも慣れたもんだが、見るからに好き放題生きて来たようなモヒカンには、耐え難い苦痛だろう。


 今すぐにでも俺を射殺さんとするモヒカンにゆっくりと近づいていく。


 モヒカンはそれを獲物が通り掛かるのを待つ肉食獣のように待ち伏せして動かない。


 俺が近くまで来たところを捕まえて、マウントでも取るつもりなのだろう。


 だが、纏装のある今の俺に物理攻撃は効かないし、そもそも大人しく捕まるつもりも無い。


 俺は近づいて行く最中、足の裏から黒纏を伸ばしモヒカンの身体を覆って行く。


 纏装のように極薄に展開されたそれは、床をつたってモヒカンの身体を包んだ後も見た目に影響を与えない。


 だが、それに徐々に注ぐ魔力の量を増やして行くと、次第にモヒカンの体は首から上だけを残して黒く変色して行く。


 その異様な変化に周りはどよめくが、俺に対する復讐に夢中なモヒカンは未だ気付かない。


「てめぇ!……ぐっ?!」


 俺がテリトリーに入ったことを確認して、今だ!と襲い掛かろうとするモヒカンはそこでようやく自身の変化に気付く。


 体は黒い何かでギプスのように覆われ、脳と心は橙のクソガキを殺せと信号を出しているというのに、それに全く反応しない身体。


 動かせるのは顔だけ。


「ようやく気付いたか?やっぱりお前視野狭いよ。」


 俺はポケットに手を入れたまま不用心にモヒカンに近づく。


 両手両足を地につけて見上げる巨漢と悠々と見下ろす俺。


 その構図は、側から見たら主人に忠誠を誓う奴隷のようだった。


「てめぇぇ!!!俺に何しやがった!今すぐ解きやがれ!!」


 首から下を硬直させたまま、顔だけは元気溌剌に喚き散らすモヒカン。


 その口を黙らせるように顔面に足を乗せ、そのまま体重をかけて行く。


 ドン…


 黒纏による拘束で文字通り手も足も出せず、俺の行動に成す術もなくそのまま地面と熱烈なキスをするモヒカン。


「んぐっ…ぎゃ!」


「唾を飛ばすな汚ないから。そんなキスじゃ誰にも相手にされないぞ?」


 ギルドの床をミシミシと鳴らせるほど強く押し付けていく。


 それに比例するように、地面とのキスはより濃厚に…


「おいおい。ディープにしたって限度があるだろ?」


 思った以上に気持ちよかったのか口から出血までする始末。


 歯も何本か床に吐き出される。


「ご、こべんなfai…」


 吐血しながら何かもそもそと言っている。


 だがよく聞き取れないので構わず続ける。


 俺の容赦ない所業にギルドのいる人間の殆どが顔を歪める。


 だが、知らん。


 こいつが悪い。


「ごべんなふぁいい!!!!」


 このままだと確実に死ぬと思ったのか、口の中の多量に溢れる血にえずきながら、なんとか声を振り絞るモヒカン。


 その様子に、まぁ頃合いかと話を聞いてあげる。


「なんだって?」


「ごべんなふぁい。ぼくがわるかったでふ。もうしまへん。」


「うんうん、俺は微塵も悪くないよな?」


「ふぁい。わるいのはぼくたちでふ。」


 俺の熱意ある行動によって、やっと自分の非を認めたモヒカン。


 そして、しっかり俺を嗤った周囲の冒険者も言い含めている。


「そうだな…お前は初犯だ。だから、この辺で許してやる。お前の場合、元はと言えばアイラに格好つけたいって方が本心だろうしな。」


「ふぁい…ありがとうございまふ。」


 涙と鼻水と血の三点セットを顔面から垂れ流してお礼を言ってくるモヒカン。


 うん。自分でやっといてなんだか哀れに思えてきたな。


 固有スキル:憐憫の持ち主か?


 まぁ、いい。


「グギャっ?!」


 モヒカンを覆っている黒纏を解除するのと同時に一応右脚を折っておく。


 練度の増した今の魔力操作なら、黒纏を使ってこんな事も可能だ。


 見た感じ抵抗する気力は無さそうだが、念には念をって奴だ。


 俺のモットーは、舐めプはしても油断はしないだからな。


「で、次。」


「「「「ビクッ…」」」」

















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