約束
「よし。寝ている間もしっかり発動できてるな!」
相変わらずの激硬ベッドの上で起床し、極薄の防御膜が全身を包んでいることを確認する。
黒廛での防御技も最初は神経を使ったが何度もこなす内に、今ではこの通り無意識下でも常時発動できるようになった。
そして、いつまでも黒廛しか技がないのも如何なものかとも思い技名も考えた。
『
由来は黒廛を装備するから…うん、そのままです。
色々と他にも厨二病っぽく、かつカッコイイ響きのものも候補としてあったのだが、元を辿ればこれも黒廛には違いないので纏装に落ち着いた。
「すっかり黒廛もパッシブスキルだな。」
喉を潤そうと掌から水の入ったコップを取り出しながら、黒廛の以前との変化を実感する。
纏装を常時展開できるようになってから俺のスキルの使い方は大きく変化した。
まず、通常のキューブ状態で収納を使うことは殆どなくなった。
魔力消費がないという利点は在るものの、常時極薄の黒廛が全身を覆っている今、わざわざ元の状態で使う必要がないのだ。
収納しようと思えば身体のどの部分からでも収納を使うことができる。
掌からは勿論のこと足の裏からだって可能だ。
それに極薄の為、魔力消費も最小限で魔力を無駄に消費することもないしな。
「纏装…いやぁ、我ながら便利すぎるものを開発してしまった。防御もできて、収納も使いやすくなってまさに一石二鳥だ。」
ドタドタドタッ
「お、来たか。」
自分の特訓の成果に浸っていると、もはやお馴染みの足音が扉越しから聞こえてきた。
バンッ
「にーちゃ…「はいよ、ご飯ね。」」
朝食が準備できたことを知らせてくるレオに被せて俺は返事をする。
もはや、ノックすらせずに俺の部屋に入ってくるが、そのことに対して嫌な気にはならない。
だが教育は教育だ。
トンっ
オリビアさん直伝のチョップをお見舞いする。
「いてっ!」
「勝手に入ってくるなって言ったろ?」
「ヘヘッ。ごめん。でもご飯冷めちゃうから!」
いつもこの言い訳をして入ってくるのだが、本当に分かっているのだろうか。
まぁ、ちゃんと人を選んでいるみたいだし危険はないか。
「じゃ、いくか。」
「うん!」
レオを引き連れて食堂へ向かうと、もう既にテーブルの上には料理が並べられていた。
三人分。
「おはようございます。シュウさん!」
朝から朗らかな雰囲気のオリビアさんが、俺に着席を促しながら挨拶をしてくる。
「おはようございます。今日も豪勢ですね。」
「えぇ、その分のお代はしっかりいただいていますので!」
いささか作り過ぎな気もしなくは無いが、成長期のレオもいることだし問題ないだろう。
「「「いただきます!」」」
初回に三人で食べて以降、今では食事を一緒に摂るのが普通になっている。
最初はオリビアさんも俺に迷惑だと渋っていたのだが、レオが毎回俺と同じテーブルに着くもんだから根負けした形だ。
レオが食べ過ぎないように見張りの役割も兼ねているのだろうが、俺はこの時間が結構好きだったりする。
理由はともあれ俺と楽しそうに食事をとってくれるのは嬉しいものだ。
「にーちゃんは、今日も特訓?」
レオがちゃんと食事を止めて、俺に今日の予定を聞いてくる。
オリビアさんの躾が効いているようで一安心だ。
「いや、今日は冒険者ギルドに行くよ。そろそろゴブリン討伐以外の依頼も受けないとな。」
そう、実は未だ依頼を一つしか受けていないのだ。
ここ数日、纏装を含めた能力の検証と開発が思いの外楽しく、そっちに夢中になってしまっていた。
流石にいつまでも白のままではいられないし、そろそろ冒険者ギルドに顔を出すべきだろう。
「そっかー、オレも一緒に行きたいなー。」
チラッ
オリビアさんの顔色を伺いながらそんなことを言うレオ。
「ダメよ。八歳のあなたに何ができるの。冒険者は危ないんだから、なるとしてももっと大きくなってからです。」
レオのキラキラとした眼差しを一切相手にせず、ど正論でバッサリと両断するオリビアさん。
それにも負けじと反論するレオ。
「でも、八歳だって冒険者になれるよ!」
確かに冒険者ギルドに登録するのに年齢制限はない。
基本的にギルドは来るもの拒まず、去る者追わずだ。
だがその実、生きていく上で仕方なく冒険者になった子供たちは皆、魔物の餌食になるのが大多数だ。
薬草採取の依頼でもボーク大森林の特性上、魔物と遭遇する可能性はかなり高い。
「えぇそうね。でも、あなたはまだ子供なの。もう少し、私の言うことを聞いてちょうだい。」
オリビアさんも息子の将来を勝手に決めるつもりはないのだろう。
レオの身の安全を第一に考えているが為に許可を出さないのだ。
たとえ王都内であったとしても、大通りを外れたら途端に治安も悪くなる。
冒険者なんてもってのほかだ。
今のレオに出来るのはせいぜいお遣いが限度だろう。
「で、でも、オレだって!」
「ありがとね、レオ。」
「…」
まだ食い下がろうとするレオに、オリビアさんはお礼を言ってその言葉を遮る。
オリビアさんもレオが単にわがままを言っているのではないと分かっているのだろう。
レオは母親の力になりたいと思っているのだ。
この宿の経営は苦しい…それは紛れもない事実だ。
俺が宿のお代を多く払っていたとしても、そんなのは雀の涙に過ぎない。
だが大丈夫だ。
俺が生きている限りこの人たちの笑顔を奪わせることはさせない。
シリアスな雰囲気をぶっ壊すように、俺は能天気な声でレオに問いかける。
「なんだ、レオ。お前冒険者になりたかったのか?」
「う、うん。」
「そうか、でもお前まだちっちゃいからな。今は諦めろ。」
オリビアさんと同じことを言う俺に、いつもの笑顔と似つかわしくない悲しそうな表情を浮かべるレオ。
家計の助けになりたいのも嘘ではないが、冒険したいという本音もあるのだろう。
だが、ごめんな、今は無理だ…今はな。
レオの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「そんな顔するな、レオ!今はまだ俺はF級だけど、すぐにS級になる。なんてったって俺は、固有スキルという反則技を持っているからな!S級なんて余裕だ余裕!そうなったらお前を世界の果てにだって連れて行ってやる!」
「ホント!!ホントにどこにでも連れて行ってくれる?」
俺が嘘を言わないとでも思っているのか、すぐに顔を綻ばせるレオ。
「あぁ、本当だ!それにS級冒険者ってのは儲かるらしいからな。この宿だって高級旅館みたいに改築してやるよ!!そしたら、お客さんもいっぱい来て毎日美味しいものが食べられるぞ!」
「わー!!すごいや!!」
俺の言葉に大喜びのレオを横目に俺はオリビアさんに向き直る。
「オリビアさんもいいですよね?俺がS級になったらレオに世界中を見せる。そして、この宿を改築する。」
「えぇ。もちろんです!」
俺のあまりの啖呵にレオを慰める冗談だとでも思っているのだろう。
だが冗談なんかじゃない。俺は大マジだ。
俺は再度オリビアさんの目を真っ直ぐに見つめて断言する。
「約束ですよ。」
俺の到底冗談とは思えない気迫に一瞬目を見開くオリビアさん。
「えぇ。シュウさん…?」
オリビアはこの時、目の前の少年から目から離せなかった。
S級になる?
そんなのは子供を嗜めるための冗談。
そう頭では理解している。
理解しているはずなのに…何故かそうなる気がしてならない。
S級冒険者といえば世界に数人といない災害の様な存在。
幼少期は誰もがその黒い腕輪に憧れ夢をみるが、次第にその無謀さを悟り諦める。
A級とS級ではそれほどまでに格が違う。
場合によっては国の重鎮だって地に頭を擦り付けるという。
(まさかね…?)
「しばらくは依頼より魔物狩りを優先しようと思っていたが予定変更だ。どれだけ難しいのか知らないが最速でS級になってやる。子供にすぐって言うと、まだなのかって催促は付き物だからな。」
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