ゴブフェス


「ギャギャッギャー」


「ギャギャー」


「ギャギャギャギャッ」


「ギャギャッギャー」


「ギャギャーギャギャギャ」


「ギャッギャギャッ」


 ゴブリンのナンパもとい仲良くなるのを諦めた俺は今、その報いを受けるかのように見事に沢山のゴブリンに囲まれていた。


 おそらく20はいるだろうか。


 さすがボーク大森林の供給過多特性。恐るべし。


「「「ギャギャッギャギャッギャー」」」


「「「ギャギャッギャギャッギャー」」」


「「「ギャギャッギャギャッギャー」」」



 そして現在進行形でその数は膨れ上がっており、どうやら友好の儀式と呼んでいたあの奇行は、お仲間を呼ぶ合図だったみたいです。


 俺めちゃくちゃ手伝っちゃってたじゃんね。


 誰だよ友好の儀式とか言った奴…自業自得とかいうなよ?


 それに、こいつ全然ぼっちじゃねぇし。


 友達どころか、自分のピンチに駆けつけてくれるなんて、そんなのマブダチじゃん。


 俺ですらそんな存在居ないのに、こんな清潔感皆無のゴブリンにこんなに居るなんて信じられん。


 みんな汚れているから、そんなの気にならないってか?


 状況は時間が経つにつれ悪くなっていく。


 さっきまで、20やそこらだったゴブリンの数は俺がくだらないことを考えている間に、数えきれないほどにまで増えていた。


 辺り一体に広がっていた深緑の木々を覆い尽くすように、視界の許す限りを黒の混じった汚い緑色で染め上げられている。


「うぉぇ…」


 集合体恐怖症の人が見たら卒倒間違いなしだ。


 ちょっと初魔物討伐にしちゃハードモード過ぎん?


 ゴブリンって本当に初心者用なの?


 実はあの赤髪受付嬢にはめられたか?


 …でも、そんなこと今言っても仕方ないもんな。


 目の前の現状をどうにかしなければ。


ギャギャギャ揃ったなギャギャギャギャッギャギャッよし宴会でも始めようか?」


 手始めにせめてもの抵抗で、それっぽいゴブリン語で精一杯仲間ぶってみる。


「ギャギャ!!!ギャギャッギャ!!」


「ギャーギャーギャー!!!!!」


「ギャギャ!!」


 うん失敗失敗…何言ってるかわかんないけど、すげー興奮させちゃった。


「とりあえずもう一度餌付け作戦でもやってみるか。」


 そして、俺はボックスを出してその中からさっき見向きもされなかった茶菓子ではなく、大量の肉を取り出し周囲にぶん投げる。


 アンスリウムに準備させた備蓄食糧だ。


「ギャッ!?…ギャギャ」


「ギャギャッギャギャ」


「ギャーギャ」


 突然目の前に現れたボックスに一瞬警戒するが、すぐに俺そっちのけで肉に興味を示すゴブリン達。


「ふっ。さすがゴブリン。アンスリウムとどっこいどっこいの頭脳だ!扱いやすくて助かるよ。」


 狙い通り肉に夢中になったゴブリンを見て、今が好機だと考えた俺は即座に行動を開始する。


 俺の胸元あたりに漂っているボックスを静かに地面へと着地させて、地面に薄く引き伸ばすように黒廛を展開していく。


 レベルアップと吸収の恩恵もあり、最初とは比べ物にならない程自由に黒廛を扱える。


 俺を中心にしてドーナツ状に黒い影がすごい速さで広がっていく。


 その影は、俺の周囲30メートルのゴブリン全員の足元にまであっという間に伸びていった。


 地面の唐突な変化に気づくゴブリンも中にはいたが、俺が大量にばら撒いた肉の塊に夢中になっているゴブリンの喜声に紛れてしまう。


「ふふっ。お前らはもう俺の俺の思うがままだ。」


 全ての下準備がなんの問題も無く済んだことで、つい悪役のような台詞を吐いてしまう。


 肉の塊に夢中になって俺をほったらかしにしたゴブリン共に両腕を万歳にして存在感を示す。


 そして選手宣誓のような大きな声で呼びかけた。


 「ちゅ〜〜〜も〜〜〜くっ!!!!!!」


 ザッと一斉に視線がこちらに釘付けになる。


 シンクロかよ。


 「お前らはもう死んでいる。」


 振り向いたゴブリン共に中指を突き立てながらそう告げる。


「「「ギャギャ何言っちゃてんの?」」」


「…」


 コイツら俺の渾身のギャグを何言っちゃってんの?って顔で見てきやがった。


 あ、そこ!普通に肉食い始めるな!!


 くそ、有名なセリフだというのに俺がスベったみたいになったじゃないか。


 これだから、バカの相手は困るんだ。


「コホン。お前ら!死にたくなかったらもっと仲間を呼べ。」


 仕切り直すように咳払いをした後、もう一度友好の儀式をしろと命令する。


 そう、俺はこいつらにもっと仲間を呼ばせて、一気にレベルを上げるつもりだ。


 だってせっかく、おびきよせる方法があるというのにそれを使わない手はないだろう?


 それに、毎回こんな所まできて、ちまちまレベルなんて上げてられるかってんだよ。


 やるなら最大限効率的にだ!


 だが俺の言っていることが分からないバカ共はまたもやキョトンとしていやがる。


 というか、肉に夢中だ…


 くそ!!


 こうなったら力づくだ。


 何を言っても理解しないバカ共に分からせるべく、外側にいるゴブリンの足首から下を黒廛で収納する。


「「「「「グギャッ」」」」」


 一気に何十ものゴブリンがいつかのハゲ三兄弟のように地面に両手をつく。


 今俺がやったのは地面に薄く引き伸ばしておいた黒廛を、足からつたらせ足首までを収納しただけに過ぎない。


 だが、ゴブリン共は俺が一歩も動かずに攻撃したことに焦りを隠せないようで、足を切断された奴もそれ以外の奴も揃ってざわめきだす。


「「「グギャギャ!!」」」


「「「ギャギャ!!!ギャ!」」」


「「「ギャーギャ!!ギャギャギャ」」」


 耳障りだな。


「黙れっ!!!!!!!」


「「「「「…」」」」」


 その場にいる誰よりも通る声で一喝すると一斉に静まる。


 ううぉーーー。なんかこの征服感クセになりそう。


 ハゲ三兄弟の時もこんなのあったけど、規模が違うもんな。


 軍隊の指揮官にでもなった気分だ。


 内心めちゃくちゃ楽しんでいるのを隠して、厳かな空気を壊さないようにゴブリン共にもう一度告げる。


「死にたくなかったらもっと仲間を呼べ。」


「「「「「ギャギャなんて??」」」」」


 なんて??みたいな顔してんじゃねぇよ!


 えーどうしよ、こいつら馬鹿すぎるんだけど。


 これは完全に俺の言ってること分かってないやつだな。


 んーパワーレベリング…諦めるか?


 一瞬脳裏に浮かぶその選択肢をかぶりを振ってすぐに消す。


 (何を言ってるんだ。回夜柊!)


 はいっ!


 (お前の強みは何だ。)


 諦めないことです!


 (諦めを覚えたらアイデンティティーが火傷の後遺症だけになってしまうぞ?いいのかそれで!)


 いいえ、良くないです!


 (それなら考えろ!)


 はいっ!!


 すぐにめんどくさいと投げ出しそうになる自分を戒めるため、一人脳内で軍隊のような茶番を繰り返す。


 拷問地下牢生活を終えてから、自分を少し甘やかし過ぎたようだ。


 妥協なんてのは、本当に手がないと分かった時だけで十分だろう。


 んー、でもどうすればこいつらに分からせられるだろうか。


 こいつらに今から言語教えるとかはやってらんないしな。


 うんうん唸って考えているうちに、ある一つの方法を思いつく。


 だが正直言ってやりたくない。


 てか、恥ずかしい。


「はぁぁぁ。やっぱりこれしかないか…?」


 …それ以外にも、いくつか考えてみたのだが何度考えてもやはりこれが一番可能性があり、何より手軽なのだ。


 パチンっ


 自分の頬を両手で挟んで、気合を入れ直す。


 その突然の行動にゴブリン共はビクっと震えるが、俺は構わず大声を出す。


「ギャギャッギャギャッギャー」


 俺は友好の儀式の文言を、恥ずかしさを内に隠し一人大声で叫ぶ。


 デュエットならまだしも、ソロは流石にきつい。


「「「「「…」」」」」


 俺の魂削った友好の儀式にも、ゴブリン共は未だキョトンとしている。


 あー、きつい。


 だが、俺は構わず続ける。


「ギャギャッギャギャッギャー」


「「「「「…」」」」」


「ギャギャッギャギャッギャー」


「「「「「…」」」」」


「ギャギャッギャギャッギャー。ほらSAY!!」


「「「「「…」」」」」



 あまりの無反応に泣きそうになるが、なんとか堪えて身振り手振りでゴブリン共を煽る。


「ギャギャッギャギャッギャー、SAY!!」


「ギャギャッギャギャッギャー」


 !?


「ギャギャッギャギャッギャー、SAY!!」


「ギャギャッギャギャッギャー」


 やっぱり気のせいじゃない!

 少しだけど一緒にやってくれているゴブリンがいる。


 どうやら、身振り手振りが効いたみたいだ。

 そういえば、最初にやった時もゴブリンは両手ブンブン振ってたもんな。


「ギャギャッギャギャッギャー、SAY!!」


 俺はさらに身体を揺らし、音楽バンドのライブのように大きく手を振る。


「「ギャギャッギャギャッギャー」」


 大きくなってる!!


 俺の熱量が伝わったのか、それに応えるように大きくなるゴブリン達の声。


「ギャギャッギャギャッギャー、もっと!!!!」


「「「ギャギャッギャギャッギャー」」」


 もっとだ!


「ギャギャッギャギャッギャー、もっともっと!!!!」


「「「「「ギャギャッギャギャッギャー」」」」」


 …五分後。


「「「「「「「ギャギャッギャギャッギャー」」」」」」」


 ヤベェ。なんだよこの一体感。


 ゴブリン達が俺の音頭も無しに、声を揃えて友好の儀式を行う。


 てかいつの間にか始めた頃より多くなってるじゃん。


 友好の儀式を始めた頃よりも、明らかに奥の方までゴブリン達がひしめき合っている。


 ゴブリン達も心なしか楽しんでるように見えるし…


 でもまぁ、この辺が潮時だろ。


 今となって本当の友達になれた気がしなくもないが、ここまでやってこちらも引き下がれないんだ。


 ごめんな、ゴブリン達。


 俺お前達のこと忘れないから。


 そう心の中でゴブリン達に謝罪した俺は、薄く引き伸ばされた黒廛の上に立ってギャギャ言ってるゴブリン達を一瞬で収納する。


 立って興奮していたゴブリン達は、重力に逆らうことなくストンっと地面に吸い込まれていった。


 さっきまで俺の周りをリンチする様に取り囲んでライブを楽しんでいたゴブリン達は一瞬にして消え、辺りには深緑の景色が戻る。


 ギャギャと騒がしかった声も嘘のように消え、木々の葉が風に揺られる音だけがあたりに響いていた。


 そんな心地のいいBGMの中、俺はボックス内に収納されたゴブリン共を確認するように、意識を集中していく。


 すると確かに、ボックス内には夥しい数のゴブリンを感じた。


 そして、ゴブリンの耳は討伐の証拠として扱われるからと、その片耳だけを残すようにイメージしながら抹消を使う。


「レベルアップしました」


「レベルアップしました」


「レベルアップしました」


「レベルアップしました」


 …


 その成功を祝うファンファーレのように、頭の中にレベルアップの知らせが次々に鳴り響く。


 そして、その音が鳴り止まぬうちにステータスを開いて、内容を確認する。


 見覚えのない数字が並んでいることにニヤリと不敵に笑って、ボソリと呟いた。


「ありがとな、心の友よ。またライブしような?」


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