友好?


 ポンコツ騎士団の二人組を演技スキルで見事にかわした後、俺は今、本来の目的であるゴブリン討伐のために森に来ていた。


 だが、その想像以上の道の険しさに思わずため息を吐く。


「はぁ。完全に舐めてたな…」


 視界の限りが深緑に満たされ、慣れていなければ少し歩を進めただけで方向感覚が狂ってしまいそうだ。


 道といった道はなく、数々の冒険者や野生の魔物達が日常的に使用して出来上がったであろう獣道があるだけ。


 足下も悪く、雑草や石や木の蔓などが複雑に積み重なり相当動きにくい。


「にしても、本当こんなとこでよく荷物持って歩くわ。俺の固有スキルが収納でよかったと改めて思ったよ。」


 もはや公園を散歩するような身軽な格好で歩く柊は、本来の冒険者なら通常はするであろう装備や食糧などの手荷物を想像しただけで疲れていた。


 それでも思考は止めず、死なないよう細心の注意を払って足を前に出し続ける。


 鬱蒼とした木々が立ち並ぶ王都近郊の樹海…ボーク大森林。


 その特徴はとにかく魔物の数が多く、いくら討伐しても次々に現れてくる魔物の供給過多。


 だが数が多い分、強力な魔物も出現しにくいらしく、その為、レベルを上げたい初心者冒険者や魔物の素材が必要な生産職の人などにはこの地はとても魅力的に映るらしい。


 そもそもの話、このイヴェール王国は、俺の奴隷…アンスリウムのご先祖様がこの森の異常供給が人を呼び込むと踏んで、建国したことがはじまりなのだそうだ。


「このボーク大深林があったからイヴェール王国が建国され、そのおかげで今も国が成り立っているか…」


 額や首にじんわりとかいた汗を手で拭いながら、今朝オリビアさんに朝食の席で教えてもらっていたことを思い出す。


 この話を聞いた時、俺はなるほどと納得せざる得なかった。


 だってそうだろう?


 考えてみれば、娘の異常行為を許可するあのなんちゃって王のカインがこの国を普通に治められている時点でおかしかったんだ。


 種を明かされれば簡単…要は、ご先祖様の偉大な功績に肖ってるから、今の今まで国を保っていられたってわけだ。


 さすが本物の王家…今とは格が違うね。


 その初代国王の狙い通り今現在もイヴェール王国は需要と供給のバランスが保たれ、王都にはたくさんの人が集まり国は繁栄している。


 道理で現王家が無能でも国が崩壊しないわけだ。


 カインが何もしなくてもボーク大森林の需要がある限り、イヴェール王国に人は集まり続ける。


 あの異常性癖金髪縦ロールは、見事に親ガチャならぬご先祖ガチャでSSSRを引き当てたんだな。


 その歴史を感じさせるような話に今一度視界いっぱいに広がる森林をよく観察する。


 何年も冒険者が行き来していると言うのに、あるのはせいぜい獣道。


 もう少し舗装しようとか考えないんだろうか?これじゃあ、素材の回収だって一苦労だろうに。


 初代国王が築き上げた遺産も後代の愚王が治めればこの通り…宝のもち腐れだな。


 まぁ、初代国王も遺伝子までは面倒見きれないよな、可哀想に。


 どこまでも続く広大な森林の隘路に苦労しながら、ボックスから水の入った水筒をだして喉を潤す。


 もし昨日ステータスを吸収できていなかったらと考えるとおっかなくてしょうがない。


 おそらく、元の体力では森に到着するまでで疲れ果てていたことだろう。


 そうして、多少疲労感を感じながらも獣道を進むこと十分。


 視界の先にようやく一体のゴブリンらしき物体を発見する。


 ゲームやアニメで出てくるのは若干緑がかった皮膚をしている小人なのだが、実際目の前にしたゴブリンは想像以上に凶悪そうな容貌をしていた。


 目は吊り上がり、爪は鋭くカラスの嘴のように伸びていて、笑っているのか怒っているのかわからない程に大きく口角を不気味に上げている。


 口元から覗かせる歯にはいろいろなものが詰まっていて、皮膚は確かに緑ベースなのだが、汚れや血やらで思ったよりも黒っぽい。


「…」

 

 その姿に思わず絶句する。


 想像の何倍も生々しい魔物という存在。


 それに、俺がルックスを語るのは烏滸がましいのは重々承知だが、このゴブリンという生き物…俺が思わず不憫だと感じてしまう程に不細工だ。


 もし、合コンに俺とゴブリンしか居なかったら、十中八九女の子は俺を選ぶだろう。


 だいぶ見た目に関して寛容だと自負していた俺でさえ不快感を持ってしまうほどの容貌をしている。


 並大抵の人間ならこの見た目だけで、討伐対象だと確信するだろう。


 まぁかくいう俺も討伐しに来たんだけどね。


 「さぁ、レベルアップと吸収の糧になってくれ。」


 そして、問答無用でボックスでゴブリンを収納しようとしたその瞬間、ふと脳裏にある考えがよぎる。


(見た目が醜悪ってだけで殺していいの?)


 その考えに動きが止まる。


 俺も見た目だけで蔑まれてきた。


 それなのに、周りの人たちが討伐するからというだけでこいつを殺すのか?


 そんなんでいいのか?


 本質を見ないまま決めつけてしまったら、俺を今まで散々傷つけてきた人間と何も変わらないんじゃないのか?


 そんな自問自答が繰り返し頭の中を旋回する。


 強くなって自由に生きる為には必要なことだと分かっている。


 だが自分自身の経験から、このまま一方的に殺すのは間違っている気がしてならない。


 そして数分悩んだ挙句、俺はある一つの結論を導き出す。


 このゴブリンを討伐するか否かは、こいつ自身と話し合って決めてやろうじゃないか!と。


 もし話し合った結果、ゴブリンを殺せないとなったとしても、俺に危害を加える人間なんていくらでもいるもんね。


 いざとなったらそいつらでステータスを上げればいい。


 俺はそんな視野の狭い人間ではないのだ。ははは


 魔物との会話くらいやってやろうではないか!


 もし、話の通じるナイスガイゴブリンだったら常設依頼だか何だかを取り下げるように、冒険者ギルドに掛け合ってあげよう。


 そうして、ファンタジーによくある実はいいやつ説を土壇場になって思い起こした俺は、無限の可能性を秘めた未知との遭遇を果たそうと一歩一歩ゴブリンへと歩を進める。


 そして、努めて明るく笑いかけながら声を掛ける。


「ヘイッ!そこのお兄さん、ちょっと話でもしようじゃないか!よければ茶菓子くらいならご馳走するけど?」


 お兄さんなのか、お姉さんなのか分からないけど多分お兄さんだろ。


 ゴブリンに女なんて聞いたことないし。


 間違ってたらごめんね。


 そういって、ゴブリンと五メートルほどの距離間を保って、ボックスから茶菓子を取り出す。


 するとゴブリンはゆっくりと首をこちらに向け始める。


「ギャッ?」


 表情は変わらず気持ち悪いが、首を傾げて俺の方をジッと見てくる。


 お?襲いかかってこないぞ?

 これはもしや本当に分かり合えちゃうのでは?!


「は、話し合えるのか?」


 ガチで話し合えるタイプなのかともう一メートルだけ距離を縮めて様子を伺う。


「ギャギャッギャギャッギャー」


 だが返ってきたのは、勇者チートを持っている俺ですら理解不能な言語。


「あー話は無理っぽいな、滑舌が終わってる。」


 お、でもなんか腕をぶんぶん振り回して叫んでるな。

 もしかして友好の儀式か?

 適当に合わせておくか?


「ギャギャッギャギャッギャー!」


 ふふ、これくらい演技スキルが有れば朝飯前よ。


 俺は演技スキルを駆使して、ゴブリンの言動を完コピする。

 何ならゴブリンより元気にやってやった。


 そして、俺の完コピ友好の儀式に感動したのか、何度も繰り返して叫び出すゴブリン。

 そこに俺を襲う様子は見えない。


「ギャギャッギャギャッギャー」


「ギャギャッギャギャッギャー」


「ギャギャッギャギャッギャー」


 …


 腕をこれでもかと振って、叫び続けるゴブリン。

 俺の持っている茶菓子には目もくれない。


「ギャギャッギャギャッギャー」


 おうおうめちゃくちゃ興奮してるな。

 友達になれてそんなに嬉しいのか?


 なんとなく、こんな感じ?と言いたい事を感じ取ろうとしてみる。


「ギャギャッギャギャッギャー」


 おーそんな嬉しいか。

 もしかして友達できるの初めて?


「ギャギャッギャギャッギャー」


 やっぱり初めてなのか。

 俺もあんまり多い方じゃないから気にすんなよ。


「ギャギャッギャギャッギャー」


 しゃーねーな。俺も付き合ってやるよ。

 友達だもんな。


 そうして、ゴブリンと共に俺はデュエットをし始めた。


「「ギャギャッギャギャッギャー」」


「「ギャギャッギャギャッギャー」」


「「ギャギャッギャギャッギャー」」


「「ギャギャッギャギャッギャー」」


「「ギャギャッギャギャッギャー」」


「「ギャギャッギャギャッギャー」」


 …


 かれこれ三分くらい続けたんじゃないだろうか。


 それでも一向に終わる気配のない謎の儀式。


 勝手に友好の儀式と解釈して、ゴブリンに付き合ってデュエットまでしたわけだが、コイツと本当に友達になれたのか?


 そもそも茶菓子もガン無視だし、俺の言葉わかってなさそうだし、てか俺もコイツ何言ってるかサッパリだし、不潔だし、臭いし、不細工だし、奇声あげるし、俺のことすごい睨んでくるし…コイツ全然友好の態度じゃなくね?


 第一印象だけで決めつける人間にはなりたくないと考えて、ここまでぶっ飛んだことしたけど、こいつ冷静に考えて普通にヤバい奴だわ。


 「うん。やっぱり世論というのは大概馬鹿にできないな。」


 俺のここまでの努力も虚しく、ゴブリンという存在とは分かり合えない様だ。


 もう十分じゃね?俺だいぶ寄り添ったよね?


 これまで一緒にデュエットまでしてくれた人間いないでしょ?


 最後の事実確認の為にゴブリンに問いかけてみる。


「俺達…友達だよな?」


「ギャギャッギャギャッギャー」


 うんダメだ、こりゃ。


 討伐です。


 こんな奇声あげるブサイクは討伐して然るべきです。


 そうあっけなく結論づけたところで、途端に周囲に俺たち以外の気配を感じた。


 ガサッ


 音の方を振り向く。


 ゴブリンをもう一体発見。


 ガサッ


 ガサッ ガサッ


 ガサッ ガサッ ガサッ


 一体見つけた途端に続々とゴブリンが現れる。


 その瞬間に全てを察した。


 そして、先ほどデュエットまでしたゴブリンに視線をガッと向けて大声で怒鳴りつける。


「テメェェ、友達いっぱいじゃねぇえええか!!!」



_______________________

あとがき

ハッピーゴブリン!!


祝1ヶ月です!

ここまで続けられたのも皆様のおかげです。

明日からも頑張ります。


近況ノートも更新したのでそちらも是非!





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