負け犬騎士
楽しい朝食をとって安心亭を出た俺は、その足のまま常設依頼であるゴブリンの討伐に向かっていた。
レオとオリビアさんが、ギリギリまで頑張ってね!とエールを送ってくれたおかげでめちゃくちゃ気合が入っている。
人に見送られて出かけると言うのは何とも気分がいいものだ。
いってらっしゃいと言われるだけで、絶対に帰ってこようという気持ちにさせてくれる。
あ、アンスリウムはノーカンね。
冒険者が意外にも家庭持ちが多いのは、そういう気持ちが生存率に繋がるからではないだろうかと考えている。
我ながら昨日、今日会ったばかりのレオやオリビアさんに心を開きすぎではないかとも思うがこればっかりは仕方ない。
俺を肯定してくれる存在か少数すぎて、その人達が天使に見える。
俺自身がちょろいというのもあるんだろうが、あの二人の作り出す雰囲気は何というか温かいんだ。
まるで母さんと一緒にいる時のような感覚になってつい警戒心が解けてしまう。
オリビアさんは固有スキルを持っていないと言っていたが、俺は密かに固有スキル:マイナスイオン的な何かを持っているんじゃないかと疑っている。
だがそんな疑う視線を向ける俺に、本当なんですよ!と言ってステータスまで見せてくれたが、本当に固有スキルは持っていなかった。
料理レベルはMAXだったけどね。
道理で美味しいわけだ。
王城でだって雇ってくれるのにあそこにいるというのは、やっぱり愛着とかがあるのだろう。
俺的には、アンスリウムのような奴にオリビアさんの料理を食べさせるのは勿体無いから全然賛成なんだけどね。
あんな奴には、その辺の土でも栄養過多だ、いや嗜好品だな。
おっと、これから初魔物討伐だというのについ関係ないことを考えてしまった。
思考を切り替えねば!
一つの油断が死につながりかねない、油断禁物である。
ハゲ三兄弟を殺したことでレベルは5に上がっているとはいえ実践経験が浅すぎる。
なんせ隷属の首輪を嵌めたアンスリウムといい、ハゲ三兄弟といい俺が形成逆転してから反抗とかしないから、俺自身、攻撃されたことがないのだ。
だから防御や実戦での立ち回りがまるで分かっていない。
まだ無敵とはいえない今の俺が、ステータスの拮抗した相手と戦うことになった場合、そういった些細なところで負けかねない。
俺はRPG系のゲームでも早々にレベルを上げて、苦労せずストーリーを進めるタイプなんだ。
早いうちに全ての弱点を消して、誰にも媚びることなく好き放題生きていくスタイルを目指す。
好き放題振る舞った挙句、途中で自分より強い奴が現れていうことを聞かされるなんてダサすぎるじゃんね。
その分ゴブリンなら、レベル上げにも危険度的にも今の俺に最適だ。
もし万が一危なくなったら逃げればいいしね。
そんな感じで思考を整理しながら歩いていると、いつの間にか外へと繋がる門の前に来ていた。
王都をぐるりと囲むように聳え立っている壁は、その下までくると圧巻の一言だった。
十メートル、いや二十メートルはあるだろうか。
これなら、ちょっとやそっとの魔物では越えてこれないだろう。
カインはともかくアンスリウムは臆病だからな、自分の保身のためならお金をかける事に躊躇しないのだろう。
皮肉にもその臆病さがこの地に住む者を守っているんだろうけど、なんか気に食わないな。
門の両脇には、召喚された時と同じような格好をした騎士達がいた。
ここの警備も騎士団の仕事なのだろう。
常駐お疲れ様でーすと心の中で激励して横を通り抜けると、その返事をするようにその騎士達に野次を飛ばされる。
「オイオイ、白が丸腰で街から出るってよ。こりゃ死んだな。」
白とは冒険者ランクの腕輪のことを指しているのだろう。
そういえば、俺はボックスで攻撃するから帯剣とかしていなかったなと騎士から飛ばされた野次で周りとの違いを認識する。
その違いを確認するように周りを見渡すと、冒険者の腕輪をしたものは皆大なり小なり武器を持っていた。
武器を持っていない人でも、その周囲には護衛らしき人をつけている。
俺が辺りをキョロキョロし始めたことで、もう一人の騎士がプハっと噴き出しながら返事をする。
「プハッ。ちげーねぇ!今時、薬草採取だって護身用の剣くらい持っていくってのによ。それに、武器はなくても普通食糧くらい持っていくだろぉ!!」
そうやって笑う騎士達をよそに、逆に俺は優越感に浸っていた。
重たい荷物と、重たい武器を持って冒険なんてよくやるよな。
その分俺は食糧はボックスの中にたんまりあるし、武器も固有スキルがある。
俺からすると、ただでさえ体力勝負の冒険者にそんなもの無駄にしか思えない。
だがそんな俺の心中など察せるわけもなく、暇人騎士どもの嘲笑は続く。
「確かによく見ると丸腰どころか防具もしてねーな。本当に死ににいくのか?」
「ばーか。言ってやるなよ!こいつの顔よく見てみろよ、こりゃ死にたくなるのも無理ねーだろ。ぷははは」
「オェ。。こりゃひでーな。気持ち悪くなってきた。んなもん、見せんなよ気持ちワリィ。」
こいつらのせいで、安心亭での幸せな気持ちが一気に最悪になった。
流石アンスリウムの国に使える騎士団だ、一瞬で俺を不快にさせる天才集団だな。
決めた、こいつらは絶対殺す。
今ではないが確実にな。
俺は目撃者の多いここでは実行できないため、せめてもの反抗で今は些細な罵倒で我慢する。
「君たち、随分と暇なんだね。くっちゃべって給料をもらえるなんて楽ちんなお仕事で羨ましいよ。いいな〜不労所得生活なんて夢の生活じゃないか。俺もそんな生活送ってみたいんだけど、給料泥棒みたいなことはしたくないから出来ないんだ。君たちの厚顔無恥な部分だけは尊敬に値するよ。誇っていいと思うよ?真似しようと思ってもそうそう真似できるものじゃない、もはや才能だ。君たちの固有スキルは厚顔無恥なのかな?うわ〜すごいな!!貴重な固有スキル持ちが二人も揃っているなんて騎士団は人材が豊富なんだね!!それじゃ、またね。俺は君たちと違って労働をしなくちゃいけないから忙しいんだ。良い一日を〜」
言いたいことの十分の一にも満たないくらいの文言をコンパクトにまとめて、ヒラヒラと手を振って遠ざかっていく俺。
そんな反論をされるとは思っていなかったのか、数瞬遅れて言われたことを理解し、プルプルと震え出す騎士達。
「テメェ、俺達に向かってなんて口聞いてやがんだ!」
「そうだ!こっちは心配して言ってやったってのによ!」
こいつらの野次が心配に入るならどんな煽りでも心配に入るだろ。
「何だ!そうだったのか!それはそれは、ご心配どうもありがとう!でもどうか誤解をしないでくれ!俺も、君たちを心配していたんだ。若者がこんな猿にでも、いやゴブリンにでも出来そうな仕事に誇りを持っているとは思わなくて、つい余計な口出しをしてしまった。別に君たちの仕事を馬鹿にしているわけではないんだ。ただ、こんな居ても居なくても変わらない…何の役にも立たない仕事に日々を浪費しているのだと思うと不憫で仕方なくて…」
目頭に手を添え、シクシクと泣き真似をする。
「テンメェ!!!ぶった斬ってやる!いくぞ!」
「あぁ、こいつは騎士団を侮辱した!報いを受けさせてやる!!」
俺のちょっとした煽りに、家族でも殺されたのか見紛うほどにキレる騎士達。
うわ、ちょびっと言い返しただけなのにすぐ切れるのな。
こんなのでも門番できるなら、本当に誰でもいいじゃん。
でも流石に今ここで戦うのはまずいな。
人前で騎士団の人間殺すのは流石に指名手配案件だ。
仕方ない、ここはあの手を使うしかないか。
仕事してくれよ?演技スキル。
騎士団の無能二人が切り掛かってくる最中、俺は周りの人間に聞こえるように大声で叫び出す。
「うわぁああああああああああああああああああああ!!!!何事だ!!!騎士団が剣を抜いたぞぉぉおおおおお!!!魔物がっ、魔物が出たのか!?スタンピードか?!そうだ、そうに違いない!!みんな逃げろぉぉぉおおおおお!!!」
俺の尋常ではない叫びに、周囲の人間に危機感が芽生え始める。
魔物なんて一匹たりとも目視できないが、集団心理とは恐ろしいもので、一人が騒いだら次々にそれが伝播していく。
「ま、魔物?!」
「う、そ。スタンピード!」
「死にたくない、死にたくない!」
「私が先だ、金ならいくらでも払う!どけ!!」
門の周辺はまさにカオス。
先に防壁の外に出ていたものまで引き返してくる始末。
そこまで、混乱したら流石に俺を相手しているわけにもいかないだろう。
「テメェ…」
「何してくれてんだ!!どうすんだ、この状況!」
二人の騎士は俺を睨みつけ、どういうつもりだと責め立ててくる。
すぐ人のせいだ、参っちゃうなほんと。
その叱責に、こちらも負けじと反論する。
「どういうつもりは、こっちのセリフだ!!守るべき民に剣を向けやがって。自分達のやったことを精々反省しろ。それに、これは自分の身を守るために仕方なくやったことだ。元を辿れば、お前達の責任なんだ。しっかり鎮めろよ。」
「良かったじゃないか、ようやく仕事ができて!」と最後にニヤリと笑って、騎士達に背を向けて防壁の先へと歩き出す。
後ろからは負け犬の遠吠えが聞こえてくる。
「覚えとけよ!!!!このやろう!!」
「次会ったら只じゃおかねェ!!」
俺はそんな言葉にも振り向きもせず、背中越しに高らかにサムズアップして返す。
そして、誰にも聞こえないようにボソリと小さな声で呟いた。
「あぁ。しっかり覚えておくよ。大事な糧だからな…」
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