安心亭

「そうですか。シュウさんは冒険者に。」


「えぇ。とは言っても昨日登録したばかりなんでこの通り白なんですけどね。ははは」


 レオのお願いによって一緒に朝食を取る事になったのだが、結局他にお客さんもいないのでどうせならお母さんもという話になり、今は三人で食卓を囲んでいる。


 いつまでもお母さんと呼ぶのはと思い、既にお互い自己紹介済みだ。


 お母さんの名前はオリビアさんと言うらしい。


 そして、宿の名前は安心亭。


 人と食事をするのは久しぶりだが、何とも居心地がよく、高級宿じゃなくても良いやと思えるほどに心が和む…名前に違わぬ安心感だ。


 この親子の道徳に感謝を…全世界の道徳教材になってほしい。


 俺がこうして何気ない会話の中で一人感動していると、登録したばかりと聞いたオリビアさんが心配そうに口を開く。


「気をつけてくださいね。最近は魔物だけではなくて、冒険者同士の荒事も多いようですから。」


「既に昨日絡まれ、こちらの宿の部屋で殺しちゃってます。」


 なんて言えるはずもなく、「ありがとうございます。気をつけます。」と演技スキルのお世話になっている。


 アンスリウムの拷問時に耐性を効率よく上げようと身につけておいたこのスキル…便利すぎて多用しちゃってるな。


 レベルが上がるのも時間の問題だ。


「母ちゃん!にーちゃんは固有スキル持ってんだ!だから、そんなのへっちゃらだよ!」


 俺の身を心配したオリビアさんに、レオが口パンパンにパンを詰め込みながら熱心に力説する。


 食べるか喋るかどっちかにしなさいな。


 だが、固有スキルというのは、勇者はもれなく全員持っているが、この世界の住民は持っている方が稀だ。


 レオが興奮するのも頷ける。


 口に食べ物を含んだまま喋るレオにチョップを繰り出して注意しながら、オリビアさんは感心したように俺の方を向く。


「まぁ、固有スキルを!それはすごいですね。私たちは、固有スキルを持ってないので羨ましいです。ですが、固有スキルにも戦闘に向かないタイプもあると聞きますし、気をつけてくださいね。レオもあんまり大声でシュウさんの固有スキルのこと言っちゃダメよ?」


「えーー、でも凄いじゃん!昨日なんて荷物を一瞬で収納してくれて、重い荷物持たないで帰ってこれたんだ!」


 俺を気遣って、レオにも注意するオリビアさんに「でも!」と反論するレオ。


 レオは固有スキルの凄さは何となく理解していても、それが戦闘に使えるかどうかまでは考えが至らないのだろう。


 便利だが戦えない固有スキルを持っていると、それこそ良いように利用されるだけだ。


 レオの荷物を収納してもらったという話を聞いて、オリビアさんは俺の固有スキルがアイテムボックスだとアタリをつけたのだろう。


 便利だけど戦えないの筆頭だからか。


 少し語り気を強めて、シュウさんが危険な目に遭ってもいいの?と再度レオに念を押して注意するオリビアさん。


 俺の危険という言葉が効いたのか、途端に「分かった」と反省を示すレオ。


 シュンっとした表情をして、俺にも謝ってくる。


「にーちゃん、ごめんね。オレもう固有スキルのことは言わないよ!でも、たまにならまた見せてくれる?」


「いや、俺が口止めしていなかったのも悪いしな。それに二人の時はいつでも見せてやるからいつでも言えよ?」


「うん!ありがとう!!」


 それから、俺はオリビアさんに向き直ってお礼を言う。


「オリビアさんもありがとうございました。固有スキルの件、言われるまで認識が甘かったです。今後は気をつけます。」


「いえいえ、気をつけるに越したことはありませんので!お力になれたようでよかったです。」


 この人は一体どこまで気が回るんだろう。


 この宿ももう少し綺麗だったら、客足が増えるだろうに。


 ご飯もうまいし、オリビアさんも美人だし。


 細かい気遣いにそんなことを考えていると、急にオリビアさんがレオを見つめ何やらただならぬ雰囲気を醸し始めた。


 何事だ?


「そういえばレオ。あなた、昨日収納してもらったといったわよね?」


「う、うん。」


 なるほど。と一瞬で状況を理解する。


 俺に少し遅れて自分の失態に気付いたのか、俺に視線で助けを求めてくるレオ。


 その救助の視線を一身に受けながらも、俺にできることはない。とあからさまに料理にぱくついた。


 そんな俺にガーンっと効果音が聞こえてきそうな表情を浮かべるが、オリビアさんは止まらない。


「なに、お客さんに荷物持たせてるの!!」


 うわ、最初も思ったけど怒ると結構迫力あるなオリビアさん。


 その迫力にレオも何とか鎮めようと弁明し始める。


「に、にーちゃんが重いだろって言ってくれて。固有スキルも見たかったし。その…」


 確かに言った。


 右手で必死に体を傾けながら運んでいるのを見たら、なんか手伝いたくなって。


 だがそんな言い分も意味をなさない。


 もはや火に油だった。


「そんなこと関係ないの!それはシュウさんが気を遣ってくれただけ!そもそも、うちはサービス業なんだから、お客さんに仕事を任せたら元も子もないでしょ!!」


 いやごもっとも。おっしゃる通りです。


 流石に責任を感じるが、こればっかりはオリビアさんの教育方針なので口を出さずに見守る。


 ごめんな、レオ。


 俺が手伝ったばっかりに…俺生粋の日本人だからさ、そういうの気づいたら助けちゃうんだよね。


 今度から気をつけるよ。


 でもこうやって怒られていることで、レオはいい子に育ってるしこれもお前のためなんだよ?


 そして最後はオリビアさんお得意のチョップで締められ、説教と朝食が終わった。


 朝から賑やかに美味しい朝食も取れたしよかったな。


 レオは最後のチョップが効いたのか、頭をさすりながら俺をジト目で見てくる。


 その視線にまたもプイッと顔を背け、オリビアさんの方を向く。


「あ、オリビアさんこれ。レオに渡してもよかったんですけど、子供に渡すのは不安かとも思いまして。」


 そう言ってオリビアさんの手に金貨二枚を差し出す。


 金貨を確認したオリビアさんが焦ったように、その金貨を俺に返してくる。


「そ、そんな多すぎます。この宿じゃ、銀貨二枚だって高いくらいなのに。」


 この世界の通貨単位はベルという。


 感覚的には日本円とものすごく近い。


 日本円で換算するとこんな感じだ。


 鉄貨  10円

 銅貨  100円

 銀貨  1,000円

 金貨  10,000円

 白金貨 100,000円


 だから今回の銀貨二枚というのは2,000ベルということだ。


 そして俺が渡したのが金貨二枚。


 一泊20,000ベルというのは高級宿と同じくらいの値段を渡していることになるから間違いなく破格だろう。


 我ながら奮発しているなーとも思うが、その実自分の金ではないので微塵も痛くない。


 それにまだまだ腐るほどあるし、正直無くなった気がしない。


 桁が変わらないと減った気がしない宝くじの高額当選者みたいな思考になっているがこればっかりは仕方ないだろう。


 無くなったら、また下ろしに行けばいいしね。


 俺というイレギュラーに目をつけたアンスリウムの自業自得だ、こういう善人にこそお金は渡るべきなんだ。


 だがそんな俺の思いも虚しく、なかなか受け取ってもらえない。


「こんな多いのいただけません。うちの宿の部屋を見たでしょう?隙間風も多いし、カーテンだって丈が足りてないし、ベッドだって硬いですし…」


 貰えるものは貰っとけよ?と思わなくもないが、オリビアさんはこう言うよな…


 だが、だからこそ受け取ってほしい。


「そうですね、確かに部屋は少しレトロです。でも、俺本当に楽しかったんですよ!俺の外見を見ても普通に接してくれる貴方たちとの食事が。もちろん料理も美味しかったですが、食材の味以上に美味しく感じられました。こんなの久しぶりだった。だからこれはほんの気持ちです!」


「で、ですが…」


 んー、これはなかな手強い。


「じゃあ、数日分ってことでどうでしょうか。俺は冒険者になったのでしばらくはこの辺に留まる予定ですし、とりあえずは五日分ってことで。レオもお手伝い頑張ってますし!」


 五日で金貨二枚でも10,000ベルほど多く払っている事になるのだが、俺が引かないと分かったのか仕方なく頷くオリビアさん。


「シュウさん…ありがとうございます。ですが、シュウさんが滞在する間は食事は任せてください。いつもより腕によりをかけて作りますので!」


「にーちゃん。ありがとう!!」


 オリビアさんに続けて、レオまで俺にお礼を言ってくる。


 その言葉だけで、多めに払った甲斐があるというものだ。


 だがその気合の入ったオリビアさんの様子に、俺が渡した値段以上に食材にお金をかけそうだと、逆に心配になってくる。


 もう白金貨渡そうかしら?









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