ブルーバード・エクスマキナ

金澤流都

青い鳥、最後の飛行

 もう、こいつに乗るのもおしまいか。

 筒井は愛機「ブルーバード」のコンソールを見つめた。青基調で統一されたコンソールのディスプレイには、敵機の位置を示す光の点が、雨粒のように、砕けたガラスのように散らばっていた。

 いまではすっかりネテア国民にもお馴染みの「ブルーバード」こと汎用鳥型戦闘機「青鳥」。誰もがその活躍を見つめ、勝利に快哉を叫び、撃墜に涙し……その存在はいつも日常にあった。

 青い鳥の姿をした戦闘機は、「コトノハ砲」と通称される機関を内蔵している。そこから、「言霊」、つまり意志を発射して戦うのが、この「ブルーバード」のコンセプトだった。


 なにより青い鳥の姿をした戦闘機だ、だれもがネテア国民に幸せを運ぶ青い鳥だと、信じて疑わなかった。

 しかし「ブルーバード」は機体に欠陥が見つかり、運用が停止され、今後は「エクスマキナ」という無粋な、鉄の塊のような戦闘機が、ネテア国の標準的な戦闘機となることが決定していた。「エクスマキナ」も、「ブルーバード」の後継機である。コトノハ砲などの兵装は変わらない。

 しかし筒井は、「エクスマキナ」の、無粋な黒い姿が嫌いだった。こんな、黒い、カラスみたいな――いや鳥型ですらない――兵器で、国民の心は離れていかないだろうか。


 夏の夕方だった。

 機体の外は激しい夕立が降っていた。

 夕立という、いにしえからのうつくしい言葉が、「ゲリラ豪雨」なる無粋な言葉に置き換えられるのを、筒井は悲しんでいた。

 学園では古典文学を学んだ。パイロットに必要な教養ではない。しかし、このネテア国の、いちばん言の葉がうつくしかった時代の言葉を学ぶのはとても、とても楽しかった。


 雲の上に出れば間違いなく会敵する。しかし雷鳴轟く積乱雲の下は危険だ。「ブルーバード」は高度を上げ、雲の上に出た。

 真夏の太陽が激しく輝く、それをなにかが横切っていく。敵機だ。コトノハ砲の発射を用意し、戦闘に持ち込むべく射程内に接近する。空戦は背後を取ったものの勝ちだ。速ければいいというものではない。


 筒井は不可解なことに気づいた。

 騎乗する「ブルーバード」のコンソールが、敵機の座標は表示しているのに、それを敵機と認識していないのだ。コトノハ砲は自動で発射されるものだ。ではこのコンソールに映る光の点は、敵機ではないのか?

 まさか。ありえない。いま自分は単騎で出撃している。あとから別動隊が来るのは知っているが、まだ追いつけるはずはない。

 管制官に連絡をとる。あーともうんとも言えない、ハッキリしない返事だった。


 軍にハメられたのかもしれない。

 その思いは筒井が敵機に接近し、視認するほどに強くなる。

 敵機は「エクスマキナ」だった。漆黒の体に白抜きのXの文字。だれからも愛されない、哀れな戦闘機。

(帝国がこちらに先んじてエクスマキナを手に入れた……? そんなバカな。エクスマキナの開発は極秘だったはず。帝国が知っているなどありえない)

 向こうを飛ぶ「エクスマキナ」の一群は、さっと散開した。後ろを取られる。そう思って速度をゆるめ、追い抜かれるのを待つ。

 隊長機と思しき、戦闘機の鼻っ柱に角を立てた機体が、ゆっくりと「ブルーバード」の横を抜けていく。筒井はその、「エクスマキナ」の隊長の顔をしかと視認した。


 ――あの仮面マスクは、イーロンだ。


 帝国軍最強のパイロットにして、長年の筒井のライバル。いや、筒井が勝手に「いつか撃墜したい帝国パイロットリスト」のいちばん上に書いていて、最後まで線を引けなかった相手。

 筒井の引退飛行の相手としては、最高の巡り合わせだった。最悪、とも言えた。


 仮面の男イーロンは、曲芸飛行のような大げさな動きで筒井の背後を取った。筒井はそれを避けるべくいちど雲のなかに逃げ込む。雨と雷が激しい。コンソールを確認しながら、イーロンの背後を取る。

 出る。コトノハ砲を手動で作動させる。コトノハ砲は渋々といった感じで火を噴いた。

 砲弾は「エクスマキナ」の機体の上でばちばちと爆ぜ、痛くも痒くもないようだった。


「こちら筒井。なんでエクスマキナに帝国軍が乗ってる?!」


 若い管制官はぼやくように、


「筒井先輩、もう遅いんですよ。筒井先輩が離陸して2分くらいのころ、軍務卿から敗戦宣言が出ました。ネテア国は全面的に、無条件降伏したんです」


 と、嘘だと思いたい言葉を並べる。


「うそだろ」


「マジです」


「じゃあ、俺はいま戦犯として処刑されるところなのか?!」


「そういうことになります。帝国の主要なパイロットの大半を撃墜させたのが筒井先輩ですから」


「だからってイーロンをぶつけてくるとは。それにエクスマキナはネテア国の機体だろう」


「コトノハ砲が出ないようにネテア国の機体で出撃されたんです、イーロン閣下は」


 そんなの卑怯だ。

 そうくるのであればやってやろう。こちらには古兵の意地がある。筒井は機体を旋回させた。


 ◇◇◇◇


「戦争に負けたってのに呑気なもんだねえ、あの戦闘機は」


「もうブルーバードの時代は終わりなんだね。みんなよそに疎開したまま帰ってこねぇや」


「あっ、カラスがブルーバードを撃墜した」


「それをおめでとうとは言えねえわな」

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ブルーバード・エクスマキナ 金澤流都 @kanezya

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