関係の変化

「あら、澪未矢さんじゃありませんの」


どこかで見たことのある車の窓からどこかで見たことのある許嫁っぽい人が顔を出している。


「どうしましたの。早く乗ってくださいまし」


口調は穏やかだが、いつもにもましてこちらを威圧するようなオーラがあふれ出ているのが容易に伝わる。


俺は観念して車に乗る。


赤条寺も続いて平然と車に乗ろうとする。


「あら?あなたに乗っていいという許可を出した覚えはないのですが」


「これって誰でも乗れるような車じゃないんですか?てっきり七桜さんみたいな常識のかけらもないような女性が乗っていたものですから間違ってしまいました」


おいおいおい。


お前ら昨日まで仲良くゲームで遊んでいただろう。

なんで1日でここまで関係が悪化してしまう?


「...いいですわ。私に減らず口を叩けるその度胸に免じて特別に乗ることを許可します」


「別に誰でも乗ってもいい車だから許可をもらう必要はないと思うんですけど」


でも栄那にここまでビビらず喧嘩を売れるのは本当に赤条寺だけだと思う。


確か赤条寺もそれなりに富裕層のはずだが、七桜家はそれと比にならないぐらいの名家だろう。


「それで、なぜ澪未矢さんと赤条寺さんが一緒に登校しようとしていたのか教えてほしいのですけれど」


「それは」


「そんなの私と先輩が二人だけの学校という空間を堪能したいからですよ」


おい、その言い方は違うだろう。


「ほう、ずいぶん可愛らしいことをしようとしていらっしゃるのですね澪未矢さん」


なんで笑顔で俺に言うんだ。


「ていうのは冗談でただ単に今日の終業式で読み上げるスピーチの練習をしようとしていただけです」


もう少し続くと思われた冗談はすぐに終わった。


「ほう。確かに毎回始業式には生徒会がくだらないスピーチをしていますわね」


「くだらないですか。でも今回からは先輩もそのスピーチをするんですよ」


この言い方からすれば俺がスピーチをするのは今回が初めてというわけか。


「できれば澪未矢さんがスピーチをするかっこいいい姿は他の雌猫どもには見せたくないんですが...」


自分のファンクラブの子たちのことも容赦なく雌猫って言ったよこの人。


「まぁそれならわたくしもいろいろと準備することがありますから早く登校して正解ですわね」


「準備?」


「ええ。澪未矢さんが公衆の面前でスピーチをするなんてことそうそうないでしょ?だからその姿を様々な角度から録画したいだけですわ。当然カメラも準備しなくては」


「......」


やっぱりそれが目的か。


「それで澪未矢さん、もう原稿は出来上がっていますの?」


「いや、原稿を作ったのは俺じゃなくて赤条寺だよ」


「...は?」


車内の温度が下がったのを感じた。


「はい、先輩の言う通り今回の先輩のスピーチ原稿を作ったのは私です」


俺もまだどんな内容かは分からないが。


「...あなたのような品のない方が書いた吐き気を催すかのような文章を澪未矢さんに読ませる気ですの?」


「はい。糞の匂いがするような文章を先輩に読ませます」


二人とも淑女とは思えないような発言だな。


というか赤条寺俺にそんな文章読ませる気なの!?


「赤条寺さん。百万歩譲ってわたくしを馬鹿にするのはいいですけど澪未矢さんに恥を晒す行為を強いるのはさすがに堪忍できませんわ」


「...別に恥を晒すほどではないと思いますけど」


じゃあさっきの糞の匂いがするような文章っていうのは何だったんだよ。


「まぁいいですわ。それでは今日の始業式楽しみにしておきますわ」


「はい、さぞかし七桜さんお好みの内容となっております」


栄那のお気に入りの文章?


待て。


糞の匂いがするような文章っていう表現よりも危険な気がするぞ。


「さ、着きましたわ。それではわたくしはこれで」


栄那はおそらく準備が必要なため一人で向かった先は教室ではなく体育館だろう。


「それでは私たちも生徒会室に行きましょうか」


「ああ」


生徒会室の前まで行くと明かりがついているのが分かる。


「ん?もう秋葉が来ているのか?」


「これは感心しますね」


もしかしたら秋葉は俺たち二人よりも生徒会に対する意識が高いのだろうか。


俺はともかく生徒会長はそういう点では抜かされてはいけない気もするが。


中に入ると、秋葉が何かの紙をもってプルプル震えているのが分かる。


「おはよう秋葉。今日も早いんだな」


「......」


「おはようございます秋葉さん。感心したわ。生徒会長である私より早く来ているなんて」


「......」


俺と赤条寺の声に何も反応しない。


「秋葉さん?私の作ったスピーチ原稿をもって震えているけどどうしたのかしら?」


どうやら秋葉が手に持っている紙はスピーチ原稿のようだ。


「...な」


「な?」


「なんだこれはーーーー!」


そう怒号が飛び、原稿用紙を赤条寺めがけて投げつけた。

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