兄からの言葉

「栄那、大丈夫か?」


「...澪未矢さん、わたくしが神楽さんごときに遅れをとるとでも?」


「...それもそうだな」


「...栄那様、その」


「礼なら結構ですわ。わたくしもいい加減あのお兄ちゃん離れできないブラコンに説教してやろうと思っていたところですし」


栄那の言葉はいい感じに神楽に刺さった。


「でも七桜さん。当然ムチの後はアメも必要では?」


それ今相応しい言葉か?


「ええ、そのために...分かっていますわね澪未矢さん」


「ああ、当然だ」


ようは俺が今から神楽の部屋に行って慰めて来いって話だろ。


「澪未矢様、もし何かありましたらすぐに声を上げてください。私が音速を超える速さで向かいます」


「分かった」


流石に音速は無理だと思うが。


居間から出て神楽の部屋に向かう。


栄那の部屋までの距離が異様に長く感じる。


「俺が女の子を慰めるなんて初めての経験じゃないか?」


今まで女関係に全くかかわってこなかった俺。


その俺が今こうして一人でヒロインを慰めるのだから改めてエロゲの世界は都合のいいようにできていると思う。


神楽の部屋の前まで着く。


一応ノックを三回する。


だが返事は返ってこない。


今ここで神楽の名前を呼ぶのはなんだかあまり得策ではない気がするので、そのまま扉を開ける。


「...鍵は開いているな」


もし空いていなかったら芯珠さんを呼ぼうとしていたが。


部屋に入るとベットの上にうずくまっている神楽の姿を発見する。


「...神楽」


静かに話しかけてみる。


すると


「...兄さん、ですか」


神楽が罪悪感を抱くような目で俺を見つめてきた。


「兄さん、兄さんも栄那さんが言ったことは正しいと思いますか...?」


「...正直に言うと俺も栄那と同じようにあのスケジュールで学力を上げられるとは思っていない」


「...まぁ、当然ですね」


神楽が自嘲気味に笑う。


「でも、さっきの神楽が俺が不憫な扱いを受けていると言ったが俺自身そう感じたことはない」


いや、多分現にそういう設定があるのは間違いない。


ただ、”俺”は当然そんな経験をしたことがないのでなんとでも言える。


「でも、私はいつもお母様に兄さんのことを落ちこぼれだと吹き込まれていました」


...結構ひでぇ話だな。


「今回の栄那さんとの婚姻も、七桜家と対等な協力関係を結ぶための過程でしかありません。

つまり兄さんはお母様にいい駒として扱われてるんです」


俺としては栄那みたいな美人と婚姻を結べるのならたとえ駒としてでも全然OKだが。


「少なくても俺は自分がそんな扱いを受けてるだなんて思っていない」


「でも現にこうして」


「それに、こんなかわいい妹がいる時点で俺の人生が不憫であるはずがないと思うんだが違おうのか?」


「...兄さん」


やばい。


あまりにもくさいセリフだから言っているこっちが恥ずかしくなってきた。


「周りからの俺の扱いなんてどうでもいいんだ。ただ神楽が俺のことを大切に想っていてくれていることだけで充分だ」


「...//」


本当だったらここで好感度がMAXと表示されるはずなんだが。


「ずるいです兄さん」


「え?」


「そんなこと言われたら、今回のことは許さなければならないじゃないですか」


よし、うまくそれっぽいことを言って場を収めることに成功した。


「ただ兄さん、私も兄さんが自分のことを大切な存在だと認識しているだけで幸せです」


「ああ、お休み神楽」


「おやすみなさい兄さん」


なぜここで寝る流れになったのかよくわからないが、とりあえずBADENDはうまく回避できたな。


神楽の部屋から出ると赤条寺が立っていた。


「...まさか全部聞いていたのか?」


「ええばっちり。先輩、ヒロインを堕とす言葉選び上手いですね。さすがはギャルゲガチ勢」


「ギャルゲにエンジョイ勢もガチ勢もないと思うけどな」


正直赤条寺に会話が聞こえたのはあまりいい気がしない。


今は赤条寺ルートに分岐しているため、ほかヒロインとすこしドキッとした関係になれば後々のストーリー分岐に影響する可能性がある。


「えーと、赤条寺?」


「なんですか?」


「もしかして怒ってる?」


「怒っている?まさかここで私が”あなたは私のものなのになんで他の女と親しげに話しているのよ!とかいう修羅場のテンプレセリフを言うと思いましたか?」


「いや、何でもない」


いつも思うのだが、意外と赤条寺は常識を持っている。


それに発言こそふざけているが、その発言は先読みをしている証拠となっている。


赤条寺ってもしかして設定上は超優秀ヒロインなの?と、どうしても確認したくなった俺である。

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