肝試しでも安定の修羅場突入

「「「「......」」」」


四人とも大量に打ち付けられた藁人形を前にして何も言葉を発せられずにいた。


芯珠なんて今にも失神しそうだ。


「先輩。私あんまりホラーゲームは得意ではないですが、こういう時は即座にこの場から退散するのが妥当かと」


流石饒舌オタク生徒会長だ。


こういう時にも頭が回る。


「え、栄那。赤条寺の言うとおりだ。とりあえずここは今すぐ立ち去るべきだ」


「そ、そうですわね。とりあえず鳥居の外に」


栄那が言い切る前に


「!?」


ここからさらに奥の森の方で何か黒い物体が俺たちに近づいてくるのが分かる。


「っ!」


真っ先に行動したのは赤条寺だ。


赤条寺が俺の手を掴んだと思うとそれに反応し、栄那も芯珠も赤条寺に負けじと俺の腕をつかむ。

まさか普段の嫉妬がここで役に立つとは。


俺たちはダッシュで鳥居から出て階段を駆け下りる。


「え、栄那。い、今のは」


「...わたくしはそういったものは信じないタイプですけど...さっきの黒い何かはそんな私でさえ」


走るのに夢中になっているため、栄那の声が聞き取りにくい。


しかし俺は気づいている。


さっきの黒い何かが後ろから付いてきているのを。


「......」


先ほどから無言だが、赤条寺も気づいている。


下りは上りと違い、体力を使わないので、気づけばもう山を抜けられそうなところまで来ていた。


だが、相変わらず黒い何かが後ろから付いてきている。


しかも変わらないペースで。

まるで遊んでいるかのようだ。


「く、車です。さぁ皆さん早く」


そこで芯珠の言葉が途切れる。


おそらく後ろを向いたのだろう。

そしてさっきの黒い物体がもうすぐ近くまで迫ってきていることに気づいたのだろう。


今度こそ失神する。と思ったが、芯珠は少し怒ったかのような顔で俺の後ろを睨みつけていた。


「ここで何をしているのですか。釖竜冥刃とうりゅうくらは


え?と思い、後ろを振り向くと


「これはこれは芯珠さん、それに澪未矢さんまで」


そこにはいつものような不敵な笑みを浮かべている釖竜さんがいた。


「と、釖竜さん?」


「ええ、こんばんは澪未矢君。こんな夜遅い時間に肝試しですか?感心しませんねぇ」


こんなに暑い真夏なのに相変わらず黒いスーツを着ていて黒い帽子を被っている。


てか背が高くて全身が黒い何者かって完全に釖竜さんのことやん。


「澪未矢さん、そちらの方は?」


あれ?栄那は知らないのか?反応を見るに赤条寺も知らないようだな。

まぁ非常勤だし、二人のクラスを担当していなかったら面識がないのも当然か。


「これはこれは、”噂”の七桜栄那さんと生徒会長の赤条寺紅愛さん。こんばんは。私は成陸学園の非常勤講師を務めています釖竜冥刃という者です」


笑みを浮かべながら二人にも挨拶をする。


「なるほど、釖竜冥刃さんですか」


栄那が何かを考え始める。


「ところで、さっきう”噂の”と言いましたが、どのような噂がわたくしに流れているのでしょう?」


「いつも澪未矢君と手をつなぎながら登校し足り、公衆の面前でご飯を食べさせ合っていたり、いろいろですよいろいろ。そしていつしか学校中にあの二人が付き合っているのではないか?という憶測が立つようになりました」


「ほう付き合っているですか。残念ながらわたくしと澪未矢さんは付き合っているという関係などではありません。わたくしたちは婚姻関係にありますわ」


「...やっぱり予想通りでしたか」


婚姻関係と言われても全く動揺しない釖竜さん。

多分前から知っていたな。


「ですが、さっき私が怖がらせようと森の奥から出てきたときアナタはただ茫然としているだけで何もできませんでしたよね?現にいち早く澪未矢君の手を握ったのは赤条寺さんだったではありませんか」


「...何が言いたいんですの?」


「こういう緊急時に許嫁を守れないアナタが果たして澪未矢君と婚姻関係を結べる立場なのか?と言いたいだけです」


普通は男である俺が栄那を守らなくちゃいけないと思うが。


「...ずいぶんと生意気な口を開きますわね。わたくしの”力”がどれほどのものかご存じでしょうか?」


「勘違いはよくないですね。本当の”力”を持っているのはあくまでアナタのご両親だ。決したアナタは力など持っていないただの小娘にすぎません」


「...吐いたつばは飲み込めませんわよ」


「先輩、よかったですね。エロゲあるあるな修羅場展開ですよ」


赤条寺の言う通りこれはまさに修羅場だ。


まさか出会ってすぐこんな修羅場になるとは思っていなかった。


栄那が感情的になることは日常茶飯事だったが、釖竜さんはもう少し大人な対応ができると思っていた。


「と、ところで釖竜さんはなんでこんな夜遅くにあの神社に」


場を和らげるため適当に話題を振る。


「夏休み限定のバイトに夜勤の山の警備がありまして、これがなかなか時給がいいもんですから今こうして警備をしているというわけです」


「そ、そうですか」


確かに夜勤の山の警備なんて普通の人はやりたがらないだろう。


「さっきの藁人形も貴女の仕業ですか。釖竜冥刃」


「ええ、肝試しに来た人を怖がらせようとした、ちょっとしたいたずらですよ」


...これバレたら普通にクビじゃね?


「とはいえ、もう今日の勤務時間は終わりなので私も帰ることにします。よかったらその車に私も」


「絶対だめです」


「そうですか...それは残念」


釖竜さんが立ち去ろうとする。


「ああ、そういえば」


すると俺と赤条寺の方を向く。


「あまり秋葉さんに仕事を押し付けるのはよくないと思いますよ」


秋葉?仕事?


「「あ、忘れてた」」


俺と赤条寺の声が重なった。

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