豪雨の中を徒歩七分

ファミレスで適当に時間を潰して待っていれば、仕事帰りの姉が迎えに来てくれた

駐車場を走って、車の後部座席へ乗り込む


「ありがと、お姉ちゃん」


「コンビニ寄るから。プリン奢りね」


「はいはい。その代わりタバコやめて。臭い」


「乗せて貰ってる分際で生意気な」


文句を言いつつも、車載灰皿にタバコを捨ててくれた

24歳。建設会社事務

実家寄生中


「あんた、何かあった?」


「え?」


ぼう、と窓の外を眺めていると、藪から棒にそんな事を聞かれた


「・・・あったけど、お姉ちゃんには言いたくない」


「うわ、反抗期か?まあ別にいいけどさ」


赤信号で車は止まる

雨の音と、ウィンカーの音だけが車内に響いた

次は左へ曲がるらしい


「・・・わたし、そんなに分かりやすい?」


「分かりやすいよ、アンタは」


「ふん」


「それよりさあ」


話しながら口元に手を当てて、タバコが無い事に気が付いたらしい

苛立ち気な顔をして、飴を口に放り込んでから話を再開した


「あたし、今度実家出るから」


「えっ・・・聞いてない」


「今話してんじゃん」


「転勤するの?」


「いや、職場は変えない。同棲する」


「・・・誰と?」


「彼氏と。同棲なんだから決まってるじゃん」


バカだなぁ、と姉に笑われる

同棲。彼氏


「彼氏と同棲⁉うそ、なんで⁉」


「うるさ・・・。なんでってアンタ、そりゃ付き合って長けりゃそういう話にもなるでしょ」


「・・・・・・そっか」


考えれば当たり前の話だ

自然な事で、なにも不思議じゃない


「ていうか、そんなに続いてる彼氏いたんだ」


なんとなくいるのは察してたけど、長らく同一人物だったとは


「いるよそりゃ。もう四年くらいかな。あんたはいないの?彼氏」


「・・・居ない」


「ふぅん、あんたモテそうだけどね」


「興味ない」


男になんて、興味ない

分かんないよ

男を好きになる気持ちなんて


「・・・ねえ、あんたさぁ」


姉の声は、重かった

珍しく誰かを気遣うような、腫れ物に触れるような、硬く重い声


「女が好きなの?」


がつん、と頭の側面を殴られたような衝撃

自分の中の血が全部固まるような、胸底から冷え固まっていくような感覚


「そんな訳、無いじゃん」


やっとの思いで口を動かして、そんな言葉を絞り出した


「そう。ごめん」


「ううん」


「縁が無いんだねぇ、アンタ。その内見つかるよ」


「うん」


わたしはちゃんと笑顔で頷いた

分かってるよ

今ここで、そうだよ、って言ったって、お姉ちゃんはわたしを否定しない

ちゃんと、ああそうなんだ、で済ませてくれる

それは分かってる

でも、お姉ちゃんは今、安心した

否定するわたしの声を聞いて、あの人はどこか安心したのだ

同性愛者自体を認めたくない訳じゃないと思う

ただ姉として、妹がそうじゃ無くて、良かったねって思っただけ

もしわたしが打ち明ければ、お姉ちゃんもお母さんもお父さんもきっと受け入れてくれる

酷い言葉なんて言ったりしない

でもどこか、腫れ物扱いされるんだ

可哀そうがられるんだ

わたしは、同性愛者である事を恥じている訳では無い

何も間違ってなんていない

わたし達はなにも悪くない

でも、生きるのに向かないのは確かなの

社会の形に適合出来ないのは確かなの

普通に、幸せにはなれないの

きっとお姉ちゃんはこれから、結婚して、子供を作って、頑張って子育てして、生きていく

好きな人がいて、その人と一緒に居たいっていう気持ちは、お姉ちゃんのと全く一緒なのに

わたしは結婚も子育ても出来ない

好きな人と、同じ気持ちになる事すら出来ない

昔はさ、しがらみがあって結ばれない二人が「来世では幸せになろうね」って心中とかしたらしいじゃん

わたしと先輩は、生まれ変わったって結婚できない

何度生まれか変わっても多分、わたしは同性愛者で先輩は無性愛者だから

分かってるよ

仕方がない事なの

もう子供じゃない

駄々なんてこねない

だからせめて、この残酷な恋を、優しい形で終わらせたかった

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