帰路

「・・・へへ」


「いつまでもにやけてないで、早く仕舞いなよ」


先輩はいつもの呆れ笑い


「走ってる車の中だよ。なんかの拍子に壊れたらどうするの」


「ほとんど動いて無いじゃないですか」


わたしは反論しつつ、ずっと眺めていたカメラを大人しくしまった


「満足できた?」


「はい!ありがとう、先輩」


あの岬で撮れた一枚は、我ながら良い作品になると思う

先輩も、満足そうに「いいじゃん」と言っていた

流石にこれ以上デートは続けようが無くて、わたしたちは帰路についていた


「高速、乗らない方が早く帰れたかも知れませんね」


この雨のせいか、それとも土曜だからか、先輩が選んだ高速道路は異様に混んでいた

その名に恥じるべき状況だ

完全に道が詰まっていてじりじりとしか進まない


「いいよ。別に早く帰りたいから高速乗った訳じゃ無いし」


「それ以外に、わざわざ高速乗る理由あるんですか?」


「雨だからね」


その言葉の意味を掴めずわたしが首を傾げると、先輩は仕方なさそうにもう一度口を開いた


「だから、こんな急に土砂降りで、しかも土曜日で。下道で帰ったら事故の危険高すぎるじゃん」


「先輩、雨の日の運転自信無いんですか?そうは見えませんけど」


「いや別に慣れてるけどさ。今日はあんたが居るじゃん」


先輩の声色は、少し投げやりに荒れた

ああ、これは、照れている


「あんたの命預かってんだから、万が一考えたらこっちの方が良いでしょ。それだけ」


「それってわたしのためにわざわざ高速乗って渋滞に巻き込まれたって事ですか?事ですよね?へへ、へへへ」


「あーもう、またにやついた」


先輩は不機嫌そうな顔を作る

これはわたしに見せるためだけのもの

ああ、今すぐスマホのフォルダに保存したい


「それより、ホントに帰るの遅くなるからね」


「大丈夫ですよ。元々夜まで先輩を帰さないつもりでしたし」


「いや、いくら何でも十時ごろには帰らせるから」


先輩はきっぱりと言い放つ

どうやら責任を持ってわたしを家まで送ってくれるようだ

お持ち帰りされても、別にいいんだけどなぁ


「雨の中動いたから、なんかお腹空いてきちゃった」


首を軽く鳴らしながら先輩が言う

時刻は午後五時

昼食は少し遅めに結構しっかり食べたし、夕飯にはまだ早い

そう言えば、先輩割と食べる方だった


「彩羽。後部座席に手、届く?」


「背もたれ倒せば。何取ります?」


「あんたのお弁当。まだスコーン食べてなかったでしょ」


「そういやそうでしたね」


わたしはお弁当箱とついでに魔法瓶の水筒を取る

水筒の中身は温かい紅茶だ

それを運転席側のドリンクホルダーにセットして、弁当箱を開く


「はい、先輩」


そしてスコーンの入った段をすぐ横に差し出すという甲斐甲斐しいお世話っぷり

けど、先輩はそれに手を出さない


「食べさせてよ」


「へ?」

「あんたが食べさせてよ。私は今運転中で、ハンドルから両手が離せないので」


今絶賛渋滞ど真ん中でさっきから一ミリも動いて無いじゃん

わたしはそんな言葉をごくりと飲み込んだ

先輩の横顔は実に楽しそうに笑っている

こんちくしょう、後輩をイジメて楽しいか。楽しいんだろうな


「・・・じゃあ、はい」


わたしはノーマルのスコーンを掴んで、先輩に差し出す

ああ、手が震えて来た

えいや、と先輩の唇に触れさせると、先輩はやっと口を開いた

スコーンをザクっとかみ砕く振動が、先輩の歯の感触が直に伝わってくる

なんとなく、とんでもなく悪い事をしているような気分になってきた

これは心臓に良くない

良くないからもうやめよう

そんな事は言えない不肖の後輩なのであった


「美味しい。お茶欲しい」


「・・・はい」


わたしはせっかくなので用意しておいた紙コップに紅茶を注いで差し出した

もちろん先輩は受け取らない

口元まで運んで、しっかり唇に触れたのを確認してから角度を付ける

先輩は器用に人が流し込むお茶を飲んだ

先輩の喉が、ごくりと動く

ああ、一周回って餌付けの気分になってきた


「もういいですか、せんぱ・・・」


「おっと」


震えていたわたしの手が紙コップを滑らせた

咄嗟に握り直したわたしの手と、すぐさまコップを掴んだ先輩の手

一つのコップを握り合うようにして、わたしたちの手は絡まっていた


「彩羽」


「ひゃ、ひゃい」


「あんたも食べなよ」


「はい・・・」


わたしから紙コップを受け取った先輩は自分で飲み始めた

多分、思ってた以上に食べづらかったとか、そういう理由

要するに飽きたのだ

さっき食べたノーマルスコーンを取る先輩に続いて、わたしもチョコスコーンを齧る

正直ぼろぼろとした食感しか感じない

なんだよ、ひゃいって

なに言ってんだよわたし

ちくしょう、絶対先輩も思ったよ。こいつひゃいって言ったな、って

やばい、今すぐ先輩の記憶消したい

先輩のを消してわたしのも消す


「ふ、ふふ」


「先輩!」


堪えるようにくつくつと先輩は笑っていた

反応からして自意識過剰じゃない

ふざけんな

先輩がやらせたくせに


「ごめんごめん」


「もー二度とやりません。今すぐ忘れてください」


「やだ。勿体ないじゃん」


「うー!」


ああ、もうやだこの人

本当にこういう事するんだから

分かってるよ

先輩はただ、可愛い後輩をイジメて、からかって面白がってるだけなんだ

でもだって、仕方ないじゃん

許して欲しい

先輩が悪いんだから

わたしはまた、この人を好きになって

ほら、また、期待してしまう

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