浮気

諸君、浮気とはどこからが浮気だろうか

そんな議論が巻き起こる時点で浮気では無かろうか

一介の乙女はそう思うのである


「つまりこれって浮気じゃ無いでしょうか、先輩」


「いや意味が分からない」


詰め寄るわたしに、先輩は首を振った

その表情は本気で呆れている


「私、なにも自発的行動してないよね」


「それはっ・・・!そうなんですけど・・・」


7月某日水曜日

放課後の図書室でわたしは由々しき問題に直面していた

事の発端は八分前

先輩がこの図書室で告白されている所を、探しにやってきたわたしは目撃してしまった

相手は先輩と同じ二年生。男

わたしは二人に気が付かれないようにこっそり覗いていた

その男子生徒は良くも悪くも目立たない、大人しそうな人

何度かすれ違った事はあるけれど、名前までは知らなかった

その人は照れるように、でも逃げずに、先輩に思いを伝えていた

それはいい

むしろ同族意識が芽生えて応援したくなる

先輩がモテるのも承知の上だ

あの人は悪くない

悪いのはいつだって先輩だ

先輩はもちろん断った

そうで無きゃ乱入して先輩を張っ倒していた所だ

しかし問題は先輩の断り方


「今そう言うのに興味ないから」


いけしゃあしゃあと先輩はそう言った

肩を落として告白先輩が帰っていくのを見届けた瞬間、わたしは先輩に掴みかかって今に至る


「恋人がいるのに!告白された際その存在を仄めかさない!これは立派な不貞行為では⁉」


「本気で、何言ってんのか、わかんない」


当の先輩はドン引きしていた

冷静な人から見ると狂った理論に聞こえるかも知れないが、安心して欲しい

恋する乙女は元から狂っている


「先輩。なんでわたしが(仮)で良いから恋人にしてくれって言ったかわかりますか?」


「・・・さあ」


「他の人に取られないためですよ!」


わたしの認識が甘かった

この人は何も理解していない

この機会に教え込まねば


「誰かに告られた時には『付き合ってる人がいるから』って言って振ってくれないと!相手がまだ可能性あるって思ったらどうしてくれちゃうんですか。もっと徹底的に断らないと」


「そう言う風には思って無さそうだったけど」


「今はそうでも、後から甘い考えが出てきちゃうもんなんです!」


「・・・そういうもん?」


「そういうもんです」


首を傾げる先輩に、わたしは力強く頷く


「なので、後でちゃんと断り直してくださいね」


「えー、不自然じゃん」


「えーじゃありません。先輩が悪いんですから」


「分かった。向こうと話す機会があったらね」


「・・・まあ、しょうがないですね。それでお願いします」


まったく手のかかる人だ

油断も隙もあった物じゃない


「ねえ」


「はい?」


「そんなに取られたくないものなの?好きな人って」


「はあああああ⁉何言いだすんだろうこの人!」


やっぱ駄目だ

この人なにも分かってない

改めて覚えた危機感と共に、わたしは居住まいを正した


「あのですね、ライクとラブの違いを説明してあげましょう」


「それはぜひ」


「ライクは人と共有したいけど、ラブは誰にも共有させたく無いんです。わたしは先輩にラブなんです。だから誰にも、わたしだけが知ってる先輩は見せたく無いんです」


「なるほどね」


先輩は理屈としては理解したようだった


「わたしは、先輩の事独り占めさせてって意味で仮彼女になったのに・・・。なのに先輩ってば他の男に隙を見せるような事を・・・」


「分かった分かった。悪かったって」


ぐずり出したわたしを、先輩は慰める

多少めんどくさそうだけど、悪いと思っているのは本当のようだ


「じゃあ約束してください」


「約束?」


「わたし以外の人に、外面以外の先輩を見せないで下さい」


「具体的には?」


「他の人助手席に乗せないで。笑いかけないで。手作りのもの食べないで。二人きりで遊びいかないで。あと部屋に二人きりになるのも駄目。五分以上二人きりで喋るのも、業務連絡以外で個人ラインするのも駄目」


「めんどくさ・・・」


「先輩声に出てます」


先輩は途中から聞くことすら放棄したようだった

後で書面に直して送り付けてやろう


「とにかく、わたし以外の人特別扱いしないで!」


「分かった。アンタだけ特別扱いすればいいのね」


「そうです。分かったら約束してください」


わたしが小指を突き出すと、先輩はめんどくさそうだけど握り返してくれた

「ゆびきりげんまん、嘘ついたら社会的にこーろす。指切った」


「あんたに出来るかな」


「今の時代、ネットにある事無い事流せば誰でもできます」


「例えば?」


「バカッターの顔を先輩に編集するとか」


「怖い現代っ子だな」


流石に冗談だが、その時のわたしが冗談にするかは分からない

女の恨みは怖いからな


「先輩。わたしを怒らせないで下さいね」


「善処しますよ」


先輩はまた仕方なさそうに笑った

自分に恋人持ちとしての自覚が少ない事

覚えてくれたようで何よりだ


「それより彩羽。コンテストの応募は済んだの?」


「ええ、もうとっくに。結果は二週間後くらいには届くそうですよ」


「そう。楽しみにしてる」


そうだよ、楽しみにしててくれ

わたしは絶対に、あなたを離さないから

この人は中々一筋縄ではいかないけれど

でも一つずつ、互いに確かめて行けばいい

そうしたらいつか、仮の恋人で無くなる日が、くるだろうか

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