ピクニック

「つっかれたぁ」


「だから今から休憩にするんでしょ」


結局わたしと先輩は二時間以上森の中を歩き回っていた

カメラ本体といくつかの種類のレンズ、三脚等その他もろもろを携帯しての自然探索は中々に体力を削る

先輩はまだ平気そうだけど、わたしは限界だ

素直に休ませてほしい

そんな訳で、時間もちょうどいいのでお昼休憩だ

今日はピクニックも兼ねている、とわたしは勝手に思っているので、お弁当を用意してきた

もちろん100%わたしお手製だ

芝生が気持ち良い広間にレジャーシートを広げての本格的なピクニック

周りには同じようにしている家族連れやカップルもいるけれど、会話は届かないくらいの距離感だ

なんて完璧なデートシチュエーション


「さ、先輩。食べて食べて。お茶の用意もありますから」


「わ、ホントにちゃんとしてる」


わたしがお弁当箱の蓋を開けた瞬間、先輩は珍しく感嘆の声を洩らした

お弁当箱というか、あれもこれもと詰めるうちに、最終的にお重に落ち着いた

小学校の運動会とか、正月とかしか使い道が無いような、そんなの

一段目は数種類のサンドイッチ

二段目にはおかずたち。定番のから揚げポテサラミニトマト

その他卵焼きとミニグラタン、フルーツたちがぎゅうぎゅうに詰め込まれている

我ながら、浮かれているのが丸わかりだ

今更ながら恥ずかしくなってきた

極めつけは三段目のスコーン

ノーマルとチョコ入りの二種類を用意してある

わたしは先輩にどれだけ食べさせる気だ

先輩はわんぱく小学生じゃ無いんだぞ


「美味しそう。頂きます」


先輩はわたしが用意したウェットティッシュで手を拭いてからサンドイッチに手を出した

わたしも先輩と同じものを手に取って食べてみる

サラダチキンのサンドイッチ

パンに塗ったマスタードと甘めに作ったサラダチキンがマッチしている

トマトの瑞々しい酸味が飽きさせない工夫だ

うん、合格

先輩がサンドイッチを噛むと、中身が少し溢れ出す

落とさないように器用に噛み切ると、唇の端に付いたトマトを赤い舌が掠め取った

わたしは相変わらず、この人のこんな小さな仕草でさえ眼を奪われている


「・・・本当に、美味しい。意外だ・・・。アンタが作るって言った時はどうなる事かと思ったけど」


「先輩、わたしの事なんだと思ってます?」


先輩は口元を手で押さえて感動に眼を輝かせていた

美味しく食べて貰える事は嬉しいけれど、期待していた事とは別の所で感動を覚えられている気がする

どうせ先輩の事だから、わたしは料理も出来ないダメっ子という認識だったんだろう

舐めて貰っちゃ困る


「正直、あんたが泣きながらとても人間が食べられる状況ではない弁当箱を差し出して、慰めながらコンビニまで散歩する、ところまでは想定してた」


「先輩?先輩の中のわたしは赤ちゃんですかぁ?」


「ごめん」


軽く謝りつつ、先輩はもう次のタマゴサンドに手を出している

気に入ってくれたようでなにより

ちなみにゆで卵を潰して作るのではなく、フライパンでふわふわに焼き上げた卵が自慢だ

味わって食べて欲しい


「でも本当に意外。アンタが家で家事してるイメージ無かったから」


「確かに家事はしませんけど・・・。お弁当作りは女の子の夢なんです」


「それアンタだけじゃない?」


「わたしだけじゃ無いです!好きな人のために頑張ってお弁当作って、結局渡せなかった経験が、女の子の九割にはあるんです!」


「ふーん」


あ、そのふーんは信じてない反応だな

実際わたしの周りはそんな感じだったぞ


「先輩こそ料理出来るんですか?」


「私?」


先輩はから揚げをもぐもぐと飲み込んでからもう一度口を開いた


「自炊レベルなら。あと、家庭では戦力にならないけど、魚なら捌ける」


「なんで⁉あ、お父さんの釣りか・・・」


「そう。小さい時からアウトドア体験させられてたから」


娘に自分の釣った魚を捌かせる趣味

先輩のお父様、中々良い趣味をお持ちのようだ

ぜひとも紹介して欲しい。ご挨拶的な意味で

先輩も結構お父さんっ子っぽいし


「先輩って反抗期とかありました?」


「父親には無かったかな。母親になら少し」


「わぁ、ぽい。お父さんが甘やかして味方するから、後でお母さんに怒られるやつ」


「そう、それ」


そういうアンタはどうなの、と先輩はミニグラタンをつまみながら聞いてくる


「わたしはずぅーっといい子でしたよ。お母さんとも仲いいし。姉が酷かったですね」


「元ヤン?」


「先輩にしては珍しく冗談かも知れませんが、残念ながらそんな感じですね」


今は実家に寄生しつつ社会人をしているが(本人曰く月一万の生活費を払っているので寄生ではないらしい)、昔は身内から見ても相当な問題児だった

まあ、ああいうタイプがなんだかんだとっとと結婚して子供産んで、普通に幸せになるのだ


「だから、一応親には感謝してるんですよ。専門学校なんて行かせてくれて。姉の事があったのに、わたしは結構自由にさせて貰ってるし」


「アンタはちゃんと親孝行しそうなタイプね」


「・・・・・・」


その言葉に、わたしは一瞬息が詰まった

大丈夫、他意がある訳じゃない


「・・・先輩は一人っ子でしたよね」


「そう。見ての通り自由にやらせて貰ってるよ」


話しながらも、先輩はひょいひょいとお弁当を食べ続けている


「先輩、無理しなくていいですからね」


「そうね。流石に全部は無理そう」


「うっ・・・。浮かれ過ぎました。スミマセン・・・」


「用意して貰って文句言うつもりは無いよ。でも次は適量でよろしく」


先輩の中では、当たり前に次があるんだ


「・・・へへ」


「どうした急に」


一人でにやけるわたしを、先輩は怪訝そうな眼で見る

不審者じゃ無いですよ、気にしないで

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