振った女と振られた女

わが校は、世間的には珍しい写真の専門学校である


他の学科も合わせたコースの一つ、という形では全国にある程度の数あるけれど

完全に写真だけの専門学校というのは、わたしが知る限りでは片手で数えきれる


なんだか渋い感じがして、わたしがこの学校を選んだ一因でもあった


市の中心部にある駅から電車で12分の最寄り駅から、歩いて10分弱


住宅街に埋もれるようにひっそりと校舎は立っている


立地が良いとは言えないが、わたしはそこも含めて気に入っていた


校舎も生徒数も、大規模とは言えない学校だ


二年制なので、全校生徒は二学年合わせて60名弱


さらに教師陣八名が、四階建ての校舎に詰め込まれている


つまり学校内全員がちょっとした顔見知り


噂は良く通るのである


中でも有名なのが、件の先輩だ


クラス単位で基礎授業を受ける一年生は違い、ゼミスタイルの授業になった二年生

は神出鬼没


先輩のゼミ予定はチェック済み


今日、この時間は学校にいるはずだ


高校と同じように行われるHRが終わった途端、わたしはリュックを背負って廊下をダッシュ


担任のお小言もなんのその


教室のある四階から順に、あの人の居そうな場所へカチコミだ


二年の教室、ゼミ室、パソコンルーム、テラス、図書室、作品展示室、スタジオ


ゼミの授業が終わり、あの人にとっても放課後


でもあの人は滅多に真っ直ぐは帰らなくて


大抵静かな所に居場所を作って、そこに居る


ここまで見ても居ないなら、残るは


「やっぱりここだぁ。せーんぱい、まだ帰んないんですかぁ?」


暗室


赤く暗い部屋の中


あきらかに眼に悪い場所だけど、この困った先輩はここがお気に入りらしい


「・・・何?なにか用?」


先輩はわたしに一瞥もしないで、黒い髪を耳へ掛け直した


普通、気になる人にこんな態度取られたら即座に心の距離を取るだろう


だって傷つきたくないもの


でも先輩は誰に対しても常にこんな感じ


つまりこれが平常運転


わたしは先輩のコト理解してるので大丈夫、なんの問題も無い


「先輩、このあとお茶しばきましょ」


「・・・別にいい、けど」


けど


つまりその『けど』には明確な意味がある


要は、『私はいいけど、あんたはいいの?』だ


なにせわたし達は普通の先輩後輩ではない


三日前に告白して振られた女と、振った女である


今日は月曜日。玉砕したのは金曜日


つまり告白から初エンカウントの現在


恋愛面に関してまともな価値観を持つであろう先輩は、わたしがこんな調子なのが不思議なんだろう


先輩だって、わざわざ気まずく思うタチでも無いくせに


わたしの恋はいつだってハードモード


狂わずに恋する乙女をやってられっか


「ねー、いいでしょー。せんぱーい」


「・・・現像終わったらね」


「やりー」


先輩の現像が終わり、後片付けから荷物をまとめるまでの10分間


わたしは実にいい子で待っていた


「行くよ」


「はーい」


待たせたくせにそんな口ぶりの先輩に、わたしは愛犬さながら尻尾を振ってついていく


通りすがりの先生に挨拶をして、校舎を出てから通りを北へ徒歩五分


サービスの豆菓子が美味しい、某喫茶チェーン店が先輩のお気に入りだった


先輩はブレンドコーヒー、わたしは珈琲ゼリーを注文する


それが届くまでの間、わたしたちはお冷で喉の渇きを潤した


先輩がグラスを置くとカランと氷が鳴り、ふう、と小さく息を吐く


ああ、美人


美人はこんな仕草でさえも様になる


雑に縛った地毛の黒髪


適当なパンツとシャツの上に1990円の灰色パーカー


いつも深夜コンビニ行くときみたいな恰好してるくせに


今日も綺麗


美人はズルい


「それで、用は何?」


「用が無いと先輩とお茶しちゃいけないんですか?」


「・・・まあ別に、いいけど」


あ、いいんだ


用が無くてもお茶に誘っていいんだ


へー、ふーん。覚えちゃったぞ


「全く、先輩は人をかどわかすのが上手で、困った人ですね」


「何の話?」


「べっつにー。まあその話とは関係無いんですが、流石にそろそろ本題に入りますね」


茶化さないとやってられないとは言え、時間は有限。大切にしないと


惚れた人に告って玉砕してまだ三日


面の皮の厚さが五センチくらいあったって、これが平常心でいられるか


覚悟を決めて、わたしは話を先へと進めることにした



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