第16話  泉の主(1)

「こら~!新入り!何時だと思ってる!早く水汲みに行け!みんなが干上がるじゃないか~!」


 治療師のミシャールという男に叩き起こされた。


「はひ?」


「寝ぼけるな!甘やかすなと、谷長とジェド様からのお達しだ。ビシビシやるからついて来い!」


 せっかく、紅玉の森の夢をみていたのに……

 マーティンはブツブツ言いながら着替えを済ませて、ミシャールの後について行った。

 今現在、この治療院の治療師は三人だという。

 三十代前半に見えるこの男と、谷長は親族らしい。

 治療院は、この男に譲られることになっているとか。

 奥方は、他の仕事で不在らしい。


「いいか!!桶を水底に着けるなよ。水が濁るからな。濁ったら、一刻(一時間)待てよ。」


「一刻も!?」


「嫌だったら、頼めよ。」


「誰にですか!?」


「泉の主に決まってる。運が良ければお前には水の加護がつくかもしれんぞ。」


「そんなこと出来るんですか!?」


「出来る奴は出来る。出来た奴はいないが。ここは、そんなことが出来る土地だ。」


 それだけ言うとミシャールは、桶を二つマーティンに渡して、治療院に戻って行った。


 マーティンは泉を見つめた。

(「泉の主ねぇ……」)


 小さな精霊は、沢山視えていた。

 目を凝らすと、水面の上にも、もう少し大きな精霊もいた。

 (「これが、ロイル家の血筋って奴なのか?」)

 魔法使いの家系でも、全く魔法学を知らないマーティンは、精霊に会った時の挨拶すら知らない。


 (「どうしろって言うんだ……?」)


 とにかく呼んでみた。


「おーい!!泉の主!!僕はラルク家のマーティンだ!いたら出て来てくれ!」


 その途端、マーティンはびしょ濡れになった。


 <無礼者!!>


 <泉の主様になんて挨拶!!>


 泉の中程を漂っていた精霊の乙女達に怒られたのだ。


 <娘たち……止めぬか。>


 マーティンの頭の中に声が聞こえた。


(「!?」)


 <もう一度、そなたの本当の名を教えてくれぬか?>


 言われた通りに、


「マルティーニ・ラルクだけど……」


 <娘たちがすまなかったな、ロイルの若殿よ。>


 半透明の人間と同じくらい大きな精霊が現れた。


「僕は、ロイル家とは関係ありません。」


 <したが、そなたの声はかなり、魔力が強い。こうして、私を呼び出せたのはその身体に流れるロイルの血のおかげ。>


「僕は、魔法使いになりたいわけではありません」


 <では、何を望む?>


「僕がここにいる間、綺麗な水を運ばせてください」


 <我が名は、ジークだ。契約はかなった>


「ちょっと、契約なんていいです!!僕は、綺麗な水が汲めたら……」


 水の主のジークは、用が済んだとばかりに姿を消していた。


 その日から、治療院の水瓶にはいつも、澄んだ水で満たされるようになった。もちろん、マーティンは何もしていない。


 そしてマーティンは、レフと、ミシャールにどやされることになる。


「「「何のための、水汲みだ~!!」」」


「はい、足腰の鍛錬のためですぅ~」


 マーティンは育ち盛りの身体を縮こまらせて、二人に謝った。

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