第5話 この匂い知ってるよ。

 冬の連続授業の3日目。*くんの部屋に入った途端、あるまじき匂いがただよっているのに気づいてしまった。「あるまじき」ではなく当然なのかもしれないけど。彼、男子高校生だから。

 そう、あの匂い。多くの男のひとたちは自分ではあの匂いを自身では感知できないようなのだけれど。女の私たちにはわかりすぎるくらいわかる匂い。そう、端的に表現すれば射精されてからしばらく放置された精子に匂い。

 え、*くん、まさか私が来る直前にマスターベーションでもしてたんだろうか。ゴミ箱に目を向けると、確かにティッシュが盛り上がってる。


この匂いの中で過ごすのは嫌だ。


 おもわず言ってしまった。

「やば。*くん、してたでしょ?あれ。」

「え?あ。いえ。ん?」

「とぼけてもわかるんだよ。この匂い、知ってるよ。ほら。」

と、ゴミ箱のティッシュを指さすと、*くんは顔を真っ赤みして、俯いてしまった。

「あ、あの。すみません。」

と、うなだれてしまった。正直でかわいい。

「謝んなくていいよ、男の子ってみんなそんなもんでしょ?でもさ、ちゃんと後始末してよ。匂わせるのはやめて。」

「あ、はい・・・」


「ところでさ、あれするとき、なにか想像するの?それとも見たりするの?動画とか?」

「あ、いえ、あ、はい。」

「スマホで見てるんでしょ?さっきしたとき何見たの?えっちな写真?わたしもみたいな、男子高校生の好み知たいし。ねえ、みせてよ。いいでしょ、いいじゃん!」

と、机の上にあった**くんのスマホを持ち上げて無理やり顔認証でロック解除して開いてみた。


 目が点になった。

「え?」

 開くと画像が表示されていた。カメラロールの画像のようだ。で、その画像は私の胸から下の写真だ。昨日服装ではないか。スワイプすると何枚も私の全身像の写真が出てきた。いつの間に撮られたのか。

「ちょっとまってよ。なにこれ?隠し撮りしたわけ?ひどくない?」

 なんだか、信頼を裏切られた気持ちになって悲しくなった。なんで、私に黙って私を隠し撮りしなくちゃならないのか。マジでキレて、本気で怒ってしまった。


すると*くん、急に土下座して「本当に申し訳ございません!」と、運動部モードで何度も謝るではないか。私もそのまま運動部モードでくどくど説教してしまう。

「ちゃんと理由を言ってよ。盗撮した理由。」

「先生の帰った後も、先生のことを思い出したかったんです。」

「じゃあ、写真撮らせてくださいって、いえばいいんじゃない?なんで黙って撮るんだよ。」

「・・・」

「しかもさ、この写真、いやらしくない?胸とか脚とか狙って撮ったみたいで。変態じゃん。」

「本当に申し訳ありません。昨日、先生が俺のあれ、触ってくれて、それで理性を失ってしまいました。本当にごめんなさい。」


あ、怒りのあまり忘れてたけど、そうだった!*くんの触っちゃったんだった。ということは、これは私に落ち度があったということか・・・。なんとなく怒りがおさまってきて、

「もういいよ。ほら、土下座やめて。ちゃんと椅子に座って。」


椅子に座っても俯いたままの*くんの前に座って、

「私、女だからわかんないけどさ、男の子って、あれ出したくなる時あるんだよね?どうしても。」

「はい・・・」


やっぱり、そうか。彼氏もいつもそうだった。一緒に勉強している時、必ずと言ってもいいほど、途中でアレを触って欲しいとねだられた。勃起しちゃって勉強に集中できないから...と。

 そのたびに要求に応じて、手で済ませたり、口でしたり、時には実際にセックスしたりした。射精すると集中力が高まると、いつも彼氏は言っている。君のおかげで勉強に集中できるようになった、と。彼のプレゼンの直前も口でしてあげたことあったっけ。

 彼氏はフランス人だからとりわけ性欲が強いかと思ってたけど、思い起こせばその前の日本人の彼氏も、勉強してる時とかそういえばいつも射精したがった。*くんも、高校生だけど同じなんだろう。

 そう思うと、なんだか共感の感情が湧き上がってしまいそうだ。


「わかったよ。でもさ、盗撮はキモイからやめてね。写真撮る時は、ちゃんと言って。社会の常識でしょ?っていうか、あんまり撮られたくないな。」

「はい・・・ごめんなさい。」

「あと、昨日、*くんのふざけて触っちゃったのは悪かったよ。ほんと、これは私が謝る。ごめんなさい。」

それに続けて、自分でも驚きのことを*くんに言ってしまった。

「勉強中、あれ、大きくなっちゃってどうしてもつらいときは、途中で出しに行っていいからね。やっぱ勉強に集中できた方がいいから。」

いってしまってから、私、なんてバカな事を言ってるんだろうと、かなりの嫌悪感。


この日はなんとなくずっと気まずい空気だった。最後、帰り際に*くんが、

「先生。写真撮らせて欲しいです」

と言ってきたので何枚か撮らせてあげた。

盗撮じゃなくても、やっぱ、不自然なシチュエーションで写真を撮られるのはやっぱりあんまり心地よくない。


昨日隠し撮りされた写真、まさか*くん、本当に私の写真でマスターベーションしたんじゃなかろうか。帰り道、ふとそんなことを思った。でもそんなことあるまい。高校2年生の彼から見たら大学3年生の私はおばさんに見えるだろうし、発情対象にはならないだろう。ましてはだかの写真でもないわけだから、まさか私の普通の写真見て射精なんてできないだろう。男子高校生の気持ちはわかんないけどさ。

 でももしそうだったら、なんか複雑な気持ちだな。



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