第16話

 今日も昼休みに伊織さんの教室に足を運んだ。


「あ、美桜ちゃん。佐藤なら今日もいないよ」


 先輩が私の姿を目にするなり教えてくれる。


「ありがとうございます。でも、今日は伊織先輩じゃなくて斎藤先輩に用があって」


「まじか。あ、斎藤は彼女いるから狙わない方が、」


「私好きな人いますので」


 変な勘違いをしている先輩を切り捨てた。





「それで、話って何?」


 科学室で斎藤先輩と距離を取って向かい合う。

 斎藤先輩は昨日と変わらず笑顔だった。


「全部、伊織先輩に聞きました」


 一瞬、斎藤先輩の笑顔が崩れた。


「なるほど。それで、謝りに来たってわけか。俺は昨日のこと気にしてないよ?」


 斎藤先輩が自分の左の頬を指差す。

 そこは少しだけ赤くなっていた。


「どの口が」


「なんか言った?」


「……いえ」






「次は美桜ちゃんなんだよ。紅葉はお金を渡されて無理やり酷いことをされた。俺は美桜ちゃんにそんな思いをさせたくない。だから、もう伊織と関わるな」


 自分の中で何かが溢れた。


 それは、怒り。


 私は斎藤先輩との距離をずかずかと詰める。


「あなたが伊織さんの何を知っているんですか!?伊織さんはそんなことしない!」


 私は感情的になって、斎藤先輩の頬に手のひらを出した。

 あまりの言い方にストッパーが効かなかった。


「優しい伊織さんをそんな風に言わないで!」


 昨日の私はそのまま科学室を走り去った。





「あなた達が騙したんですよね?」


「……伊織、それは大丈夫なのか?」


 斎藤先輩が一人呟く。


「答えてください!あなた達が騙したんですよね!?紅葉さんが伊織先輩に告白して、付き合うフリをしてブランド物を買わせたり、お金を請求したり!」


「うん」


 私の問いかけに、斎藤先輩はあっさりと肯定する。


「ど、どうしてですか!」


「伊織が金を持ってたから。伊織は優しいからすんなり貸してくれたんだよ」


「違う!騙したんでしょ!」


 伊織さんの優しさを踏みにじるな!


「面倒だな。そうだよ。紅葉は伊織と付き合うフリして、金づるにした。で、俺も途中から紅葉に頼んで伊織から一万円を貰って……この言い方は不満そうだな。一万円を奪ってた」


 笑顔を剥がして淡々と言葉を発する。


「紅葉が俺に寝取られたことを知った時の顔は面白かった。この世の終わりみたいな顔してた」


「……い」


「ん?」


「うるさい!どうして、そんな人の不幸を笑えるの!?」


 目の前にいる人が同じ人間だとは思えなかった。


「面白いからに決まってんだろ」


「っ!」


 狂気の笑顔を向けられ全身が震え上がる。

 怖くなった私は斎藤先輩の横を抜け、科学室から飛び出した。

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