第11話
玄関の扉を開ける。
美桜は帰ってるのか?
昨日あんなことがあったから、もしかしたらと思ったがちゃんと靴があった。
いるのか。流石に部屋にいるだろうが。
昨日、どうして美桜が感情的になったのか分からなかった。
喜んでくれるくれるとさえ思っていた。
どこが悪かったのか。
アパートを借りると伝えたから、居には困らないはず。
美桜用の口座にお金はあるから、食住にも困らない。困ったとしても親に頼めば何とかなる。
メイドを辞めさせられること?
いや、アイツ自身が形だけって言ってたしな。
それに、変なことも言ってた。
俺を助けたいって。
あの時、言ったように俺は助けを求めてなんかいなかった。
んー、分からん。考えれば考えるほど分からん。
何故美桜はこの家を出たがらないのか。
考えながらリビングに入る。
「おかえりなさい、伊織さん」
「……は?」
今日は聞けないと思っていた声が耳に触れた。
顔を上げれば、美桜がソファーに腰を下ろしていた。真剣な表情で。
「話があります」
美桜が静かに告げた。
◆
美桜の隣に腰を下ろす。
お互いに口を開かない。静かな空気がリビングを満たす。
コホン、と美桜が咳払いをする。美桜がこちらに体を向ける。
「昨日は酷いことを言ってごめんなさい」
頭を深く下げる美桜。
「酷いこと?言われたか?」
心当たりのないことで謝られて戸惑う。
断じて言うが、昨日のことはちゃんと覚えている。その上で、心当たりがない。
「私が部屋に行くときに『ばか』って。本当にごめんなさい」
……そんなこと言われたような言われてないような。でも、
「謝ることじゃなくないか?」
「それでも、ごめんなさい」
律儀なやつだなあ。
「謝んな。気にしてないから」
「……はい」
返事をしながらも複雑な表情をする美桜。
「で、話ってなんだ?」
これが本題って訳でもないだろ。
「はい。昨日のことですが、ちゃんと話し合いませんか?私から言える立場ではないんですけど。どうして伊織さんがあれを言い出したのかだけでも知りたいです」
「……分かった」
美桜に不満が残っても仕方ないしな。
「それから……伊織さんのことを知りたいです」
制服のスカートを強く握り締める美桜。
「俺のこと?」
「はい。紅葉さんのことについて」
「ッ!?どこで知った?」
この家に紅葉の存在を示すようなモノはない。
そして、俺と紅葉が付き合っていたことを知る人は俺と紅葉と拓也。
だとしたら、紅葉か拓也。
「今日の昼休みに伊織さんの教室に行ったら、斎藤先輩が」
どういうつもりだ?
「なんて聞いた?」
「伊織さんが紅葉さんにお金を渡して彼女にしていた、と」
……美桜からの信頼を落とそうってか?
もう、呆れて怒りも湧かない。
でも丁度いいか。それに乗ってやるよ、拓也。
「あの時は彼女が欲しくてな。まあ、大体合ってるよ」
これで、失望でもされてここから出ていって貰えれば、美桜もやりやすくはなるだろう。
「ふざけないでください!」
美桜が顔を怒りに染める。初めて見る表情だ。
ほら、罵倒が来るぞ。
「どうして、そんな嘘をつくんですか!?」
「え?」
予想外の言葉に思考が停止する。
「優しい伊織さんがそんなことするわけない!ちゃんと否定してください!そんな嘘で自分が傷つかないでください」
まるで、自分のことのように悲しそうに涙を流す美桜。
「分かったよ。全部話すよ」
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