第10話

 斎藤先輩に着いて行くと、人通りの少ない科学室の前で止まった。


 ここにいるんだ。


「中に入って」


 斎藤先輩が笑顔で告げる。


「ありがとうございます」


 私は扉を開けて中に入った。

 独特な薬品の匂いが漂う薄暗い教室。でも、ここに探している伊織さんの姿はなかった。


「あ、あの――」


 扉が音を立てて閉まった。

 見れば斎藤先輩が中に入ってきて扉を閉めていた。


「ねえ」


「な、なんですか?」


 前触れもない斎藤先輩の行動に体が強ばる。

 少し警戒を抱いてしまった。

 何より、常に笑顔なのが怖いと思った。


「美桜ちゃんは伊織のなに?」


 突然の質問。

 答えるしかないよね。逃げ場ないし。


「私は、伊織先輩の……伊織さんの、」


 なに?


 胸が苦しくなった。潰れるほどに締め付けられて、変な汗が流れる。


 友達以上恋人未満。前なら自信持って答えられた。

 でも、昨日伊織さんに告げられた。


 私はただのメイドなんだって。


 でも、私は自分のことをメイドだなんて一度も思ったことはない。


 じゃあ、自分はなに?

 友達でもなくて、メイドでもなく、ましてや恋人ですらない。


 同居人ってほど対等ではない。


 私はなんなの?


「ま、いっか」


 なかなか答えられない私を見かねて、質問を区切る。


「お金でしょ?二人の関係」


 ドキッと胸が跳ねる。

 メイドと主人。お金の関係と違わない。


「否定はしないんだね。伊織と同じだね」


「え?」


 伊織さんが……。ううん、別におかしくない。その通りだから。


「紅葉の次は今度は美桜ちゃんか」


 斎藤先輩がやるせない表情で嘆く。


「……紅葉、さんとは?」


 女性だよね?

 その人の次が私ってどういうこと?


「聞いてない?伊織の元カノだよ」


「…………」


 また心が締め付けられる。


「紅葉は伊織のこと好きじゃなかったけどね」


「ど、どういうことですか?」


「伊織は彼女を買ってたんだよ」


「買う?」


 斎藤先輩の言葉を理解できずに聞き返す。


「伊織は紅葉にお金を渡して彼女にしてたんだ」


 斎藤先輩が笑みを浮かべて言った。


 頭が真っ白になった。

 そして、じわじわと心の底から一種の感情が込み上げてきた。


「次は美桜ちゃんなんだよ。紅葉はお金を渡されて無理やり酷いことをされた。俺は美桜ちゃんにそんな思いをさせたくない。だから、もう伊織と関わるな」


 自分の中で何かが溢れた。

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