第8話

「ただいま」


 家に帰ると、足音を立てて美桜が出迎えに来る。


「おかえりなさい」


 美桜が笑顔で告げる。


「おかえり、美桜」


「え?伊織さんが私におかえり……?」


 美桜がきょとんと首を傾ける。

 なんかおかしいこと言ったか?


「ただいまです!」


 美桜が嬉しそうに微笑んだ。


 なにがそんなに嬉しいんだか。


「美桜、話があるんだ」


「はい!」


 いつも以上に機嫌が良いな。

 この同棲も終わるからもっと機嫌良くなるかもな。

 住むとこなくて嫌々住んでたかもだし。


 俺と美亜がリビングのソファーに腰を下ろす。


「は、話って何ですか?」


 妙にそわそわして体を揺らす美桜。


「美桜、もうメイド辞めていいぞ」


「……え、」


 美桜の顔が凍りつく。

 笑顔が剥がれ、だんだんと涙目になる。


 思ってた反応と違うんだが?


「わ、私何かしました!?謝りますから!それだけは嫌です!」


 美桜が珍しく取り乱す。


「お、落ち着け」


 あまりの挙動に必死に宥める。


「わ、私、伊織さんに嫌われるようなことしました?直します。なんでもします。伊織さんがいないと私、生きていけないんです。私、伊織さんのことが――」


「そういうことか。お前用の口座を作ってそこに給料を振り込んでいた」


 だから、お金の心配はしなくていい。

 美桜が心配しているのは、お金だったんだろ?


「……な、なに言ってるんですか?わ、私お金はいらないって」


「流石にタダ働きはな」


 美桜が首を横に振る。


「それに、親に頼んで美桜のアパートを借りる」


 美桜の瞳から涙が溢れる。


「……私はメイドではないです。形だけのって」


「言ってたな。でも、美桜もずっとここに住むわけではない。いつか出ていくため、お金は必要だろ」


 だから、俺の一方的なお節介だ。


「嘘です。私にお金を振り込んでたのは、伊織さんが私との関係を『メイドと主人』にとどめるため、ですよね?」


「……」


「信用してもらえたと思ってた!私が、あなたを助けたかった!あなたが私を助けてくれたように!なのに……っ」


 美桜が泣きながら悲痛に叫ぶ。


「勘違いしてないか?」


「……え?」


 美桜が呆然と俺を見つめる。


「俺は助けてくれ、なんて一度も言ったことない。俺は助けを求めていない」


 俺は自分が不幸だなんて思っていない。

 元カノや元親友に騙された時は、正直苦しかった。

 でも、だからこそ今がある。


 俺は一人で生きていく。誰も信用しない。


「美桜も金が目的だったんだろ?」


 美桜が首を横に振る。


「別に隠さなくていいのに」


「……ばか」


 美桜が階段を駆け上り自分の部屋に閉じこもった。

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