第5話

「伊織さーん、早く行きますよぉ」


 玄関から美桜の俺を呼ぶ声が響く。


「一人で行け!」


 何度目か分からないやり取りに怒鳴る俺。


「学校までの行き方わからないです」


「受験一人で行ってたろ」


 そんな手に乗るか。


「伊織さんのけちっ」


 美桜は拗ねて出ていった。


「はあ、やっと行ったか」


 つか、美桜が結構粘ったせいで時間ヤバいかも。


 俺は急いで家を出た。





「じゃあ、クラス言っていくからな」


 今日から二年生になるんだが、一年生のときの担任が順に告げていく。


「…斎藤拓也、二組。佐藤伊織、二組」


 ……最悪。

 でも、せめて紅葉だけは別のクラスであってくれ。


「…林紅葉、二組」


 クソが。神はいないのかよ。


 新しいクラスに移動し、休み時間となる。


「伊織、また同じクラスだな。嬉しいな?」


 来るとは思っていたけど。ニヤケ顔が苛立つ。


「まじ最悪」


 拓也の後ろに立つ紅葉がスマホを弄りながら吐き捨てる。

 なら、こっち来んなよ。


 何がしたいんだよ、お前らは。


「失礼しまーす」


 ん?

 前の方から聞き慣れた声が聞こえた。


「伊織さ……伊織先輩はいますか?」


 教室の出入口に美桜が立っていた。


 俺は急いで立ち上がり教室の出入口へ。そして、美桜の手を取り逃げた。





「どういうつもりだ?」


 屋上の扉の前。そこに、俺と美桜は向かい合う。


「近くを通ったから挨拶でもと」


 何の悪びれもなく美桜が言う。


「いらん」


「……だって、今日の朝冷たかったから。寂しかったです」


 は?冷たかったか?普段通りだと思うが。


「心当たりないんだが?」


「はあ、そういうところですよ?」


 ため息をつかれる。なんだコイツ。


「まず、顔を見て『いってらっしゃい』。ハグがあればもっと良いです。欲を言えばキスまでほしいですね。次に、私の制服姿を見て『可愛い』と言ってください。そうすれば、伊織さんの教室には――」


「美桜、これから教室に来るときはソッと来てくれ。あまり、大声出すなよ?結構迷惑だから」


 俺はそれだけ伝えて美桜に背を向けた。


「ちょ、ちょっと?行ってらっしゃいと可愛いで解決できるんですよ?」


 美桜が俺の背中に訴えかける。


「お前のことだ。やったとして、いつかは来るだろ」


 何故、わざわざ俺の教室まで来たのか。

 俺に会いに来た線もなくはないが、少し弱い。


「お前、友達できなかったんだな」


 つまり、そういうことだ。

 寂しかったという発言にも繋がる。


 哀れな駄メイドめ。

 俺は階段を下りた。


「……な、なんですとっ!?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る