第15話 

「イオォオオオオオオオオオ!!」


 倒れたイオへ駆け寄ろうとする俺。

 彼女は血を流して倒れている。

 倒したと思っていたシャムル。だがそれは早計であった。

 倒すどころか、まだまだピンピンしている。


 緑色の刃は、羽から発生させたようだ。

 風を操りそれを剣と化したような、そんな印象。

 周囲にはその刃が飛び交うが、俺はお構いなしに接近をした。


「ヒビキ! 落ち着きなさい!」


「アルメリア、でもイオが!」


「分かってるわ……あのまま突っ込んでたら、あんた死んでたわよ。ちょっとは冷静になりなさい」


 アルメリアは俺を抱えて宙を移動している。

 確かに、冷静さを失っていた。

 アルメリアが助けてくれなかったら、俺は死んでいたと思う。

 俺はそのことに対してよりも、他人のために激昂したことに驚いていた。

 何故俺はあんな無茶な行動を……?

 自分の命が第一なのに、さっきから他人のためにばかり行動している。

 これまで一人きりだった自分で知ることができなかった一面だ。


 しかし、今はアルメリアの言う通り冷静になれ。

 強敵を前にして、平常心を失えばそれは死に直結する。


「……ありがとう、アルメリア」


「イオはまだ生きている。スーツの生命反応が出てるから」


 スーツの生命反応――スーツのデータを確認する。

 目の前に現れる、スマホより一回り大きな透明な液晶みたいなもの。

 それは周囲にいるスーツを装備している者たちの生命反応を示していた。

 確かにイオは生きている。彼女の反応が示されていた。


「あーあ。今ので全員死んだと思ってたのに」


「一人やれただけで十分だ。それに一度で死んでもらっちゃ面白くもなんともねえ!」


回転を止め、こちらをギロッと睨むシャムル。もう一つの顔はリューの方を眺めている。


「リュー、逃げろ!」


 リューは俺の言った通り、遠くへ逃げて行く。

 シャムルはリューを追いかけることはせず、こちらを標的にしているようだ。


「どうする、ヒビキ。イオがいないんじゃ、あいつを倒せそうにないわ」


「アルメリアの攻撃は相性が悪いみたいだからな」


「あんなのと相性がいいなんて御免だわ」


 動きを止めず、シャムルの周囲を旋回するアルメリア。

 俺は彼女の両腕に抱えられながら、相手のことを観察していた。


「あれをもう一度出されたら、避ける自信はあるか?」


「ある……って言いたいところだけど、微妙なところね。遠くにいれば当たることはないんだろうけど……接近しろって言うんでしょ?」


「俺の考えていることを分かっててくれて嬉しいよ」


 シャムルに通じる武器は――俺の光の剣だけ。 

 伸ばした光では、まともに効かない。

 ならば近距離から叩き込めばいいだけの話。

 まぁそれが大変なことなのだけれど。


「イオを助けるためなんでしょ」


「ああ。ここで逃げたらイオが殺される。それを回避するためには、あいつを倒さないと」


「ふん。イオに借りも何もないけれど、ここで戦力を失うわけにはいかないから、あんたの賭けに乗ってあげるわ」


「そこまで分かっててくれるなんて、相性がいいのかもな」


「それは御免だわ。ま、あの化け物より相性が良いよりは随分マシだけれど」


 一か八か。通用するかどうかもまだ定かではない。

 そしてシャムルの攻撃をすり抜けることができるか、それも賭けだ。

 でもこの賭けに勝たなければ、イオは死ぬ。

 それを回避するために、ここはベットしなければ。


「行くわよ! 舌をかまないように気を付けなさい」


「ああ……勝負だ、シャムル!」


 アルメリアに抱えられ、俺は光の剣を構える。


 加速。


 俺たちは一直線にシャムルに突撃を開始した。


「単純な動き。それぐらい楽なら嬉しいよー」


「面白みもねえが、まあいい! これで殺して終わりだ!」


 回転をし、刃をまき散らすシャムル。

 周囲を切り裂くその剣に緊張はするも、だが俺は怯えることはなかった。

 誰も死んでほしくないし、自分も死にたくない。その両方を成し遂げるには勝つしかないのだ。

 胸が熱くなる。勝利を掴むため、全身が炎のように熱していた。


 アルメリアが刃を回避していく。

 上下左右に激しく動き、意識が遠のく気配があった。

 だが俺は必死でこらえ、勝負の一瞬を見逃さぬよう目を見開く。


「くっ……」


 一撃、二撃、次々被弾していくアルメリア。

 左腕の装甲がはがれ、右上の羽を失う。

 だが彼女は飛翔を止めない。

 勝利のために風となる。


「「いっけえええええええええええええええ!!」」


 俺とアルメリアの叫び声が重なり合い――シャムルに剣が届いた。


「ぐぅ……」


「クソがぁ!!」


 回転に引きずられるようにして、俺たちの体も旋転する。

 だが弾き飛ばされないようにと、俺は剣を力強く握った。

 アルメリアは機体の全てをぶつけるようにしてブーストを全開にする。

 

「ううっ……倒しきれない……予想以上の硬さだ」


「でも動きが止まりつつある。効果はあるわよ!」


 剣はシャムルの甲羅と肉体の間辺りに突き刺さっており、アルメリアが言う通り、動きが少しづつ遅くなっていく。

 そしてとうとう止まるシャムル。

 首と全ての足は甲羅の中に引っ込めていたようだが、それらを全て表に出して、地上に降り立つ。


「痛い……こんな痛いの嫌だよぉ」


「殺す殺す殺す殺す、絶対に殺す!」


「死ぬのは――貴様の方だ」


「イオ!」

 

 シャムルの背後にいたイオが目を覚ます。

 腹から血を出しながら、鬼の形相でシャムルを睨み付けている。

 恨み。そして怒りを込めた瞳。

 イオは感情を爆発させるように駆け出した。


 【ヴィシュラーナ】が甲羅に刺さる。

 今度は相手の反撃がない。

 だが血を流しているイオは貧血状態らしく、押し切る力がないようだ。

 

「ふ……ふはははは! なんだ、俺を殺すだけの力がもうねえみたいだな!」


「安心したぁ。死ぬかと思ったよー」


「死ぬかと思っただと? まさにその通りだ。貴様はこれから――私に殺さるんだ!」


 イオは左腕を前に突き出す。

 突き出した装甲の手の平部分には太い銃口のような物が備わっており、それをシャムルの甲羅へと接触させる。


「私に力を貸せ! 私たち・・・の標的を滅するために!!」


 イオの左腕が朱く輝く。

 装甲の上からでも分かる、その熱量。 

 これはスーツの力でも【ガーディアス】の力でもない。


「エンデューラの……魔術の力……なんでイオがそんな力を!?」


「食らえ――【フレイムオブエグニス】!!」


 バキッ!! と完全に割れる甲羅。

 イオの左腕から発生した炎がシャムルの全身を包み込み、そして火柱を上げた。


「嘘だ……俺が死ぬだと!?」


「……死ぬのも面倒くさい」


 シャムルから離れる俺たち。

 だがまだ油断はしない。相手が完全に倒れるまで気を抜かず、身構えていた。


「……終わったみたいね」


 シャムルは炎に焼かれ、塵と化していく。

 俺はアルメリアから降ろしてもらい、深いため息を吐き出し膝を地面についた。


「リュー」


「リュー……ありがとう。お前のおかげで勝てたよ」


 戦いが終わり、すぐさまリューが駆けつける。

 頬ずりするリューの皮膚がやけにこそばゆい。

 勝利に胸を震わせる俺であったが、だがまだやることは残っている。


「ねえ、あんたさっきの力……」


「…………」


 アルメリアは先ほどの炎のことを聞き出そうとするが、イオは左腕を押さえるだけで何も答えるつもりはないようだ。

 黙って視線を逸らし、息を切らせている。

 そこでアルメリアはイオの腹の傷を思い出したらしく、彼女の治療に取り掛かった。


「いつか話、聞かせなさいよ」


 イオはやはり答えない。無言で治療を受けている。


「あ、あの……」


「あ、ああ。皆も無事だったみたいだな」


 養人場にいた人々は怪我もなかったらしく、だがどこかさっきとは違う様子で俺たちの元へとやって来た。


「君たちの戦い……生きる意志のようなものを感じたよ。俺たちもまだ死にたくない。自分たちの人生を選択したい。まだ間に合うかな?」


「ああ。諦めない限りは大丈夫。きっと取り戻せるはずさ。自分の人生を」


 皆の瞳に希望が宿っていた。

 イオの力は、皆の心にも炎を宿したようだ。

 捕まっていた人々と俺は、笑顔を向け合うのであった。

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