第16話 

 アルメリアはイオの傷口に、小さなスプレー缶を吹きかけていた。

 それは傷をある程度塞ぐ治療薬とのことだが、無茶は禁物。

 あくまで応急処置程度の治療だ。

 スーツの下に包帯を巻いたイオは、自身の腹部をさする。

 痛みはあるが動けないというほどでないようだ。


「よし……先へ急ごう」


「先? ここが目的地でしょ?」


「ああ。目的地はここだ。だが別の目的がある」


 イオは南の方角に視線を向ける。

 アルメリアはイオの意図が分からず、首をかしげていた。

 俺はアルメリアの肩に触れ、彼女に言う。


「行けば分かるさ」


「あんたも分かってんの?」


「ああ」


 再び【ガーディアス】を武装したイオとアルメリア。

 捕まっていた人たちと数人の戦士を残し、俺たちは目的の場所へと移動を開始した。


 俺たちが向かった先は、養人場のさらに南。

 そこは崖に囲まれた峡谷。

 周囲には何もない。ただ崖がそこにあるのみ。

 空には太陽……と言っていいのか分からないが、それが沈み始め、夕暮れへと差し掛かっている。

 俺たちは崖の上辺りで待機し、作戦の刻を待っていた。


「こんなところで何をやるのよ」


 何もない場所で何が起こるか分からない。

 アルメリアは少しあくびしながら、リューの抱き心地を楽しんでいるようだ。

 彼女の中ではシャムルを倒した時点で作戦行動は終了したと考えているのだろう。

 だがまだ終わっていない。

 本当の戦いはこれからなのだ。


「来たぞ」


「来たって……バサラとアネモネ?」


 峡谷を歩んでくるのはバサラたちが率いる別動隊。

 速すぎず、遅すぎずといった速度で前進をしていた。


 彼女たちの登場にアルメリアはのんきなまま。

 これから起こることは想像すらできないだろう。


「……アネモネ。すまねえが前で指揮を執ってくれ。少し【ガーディアス】の調子を確認したい」


「分かりました。ではバサラは殿を。皆さんは私に続いて下さい」


 立ち止まるバサラ。

 アネモネは一番先頭に立ち、変わらぬ速度で前へ進む。


「……ねえ、なんでアネモネだけ前に出てるの?」


「…………」


 アルメリアが状況を見て、可愛らしい口元をポカンと開けている。

 彼女の言う通り、アネモネだけが前に出ていた。

 彼女の命令通りならば、皆ついていくはずなのに。

 だが誰もアネモネに従っていない。

 それは何故なのか? それは――


「いまだ。全軍、攻撃開始!」


 イオの命令が下り、その場にいる全戦士の攻撃が始まる。

 崖の上からイオとエルクラウドの射撃。

 バサラ率いるギアトロンとエンデューラの全火力。

 それらが前方にいる一人の女性へと降り注ぐ。


「な、何やってんのよ! あれは……」


 アルメリアは驚愕し、愕然とする。

 全攻撃の標的は――アネモネ。彼女への総攻撃が開始されていることに、アルメリアはパニック状態にあるようだ。

 止めようにもどうしたらいいか分からない。助けに入れるような状態にもない。

 ただその場に立ち尽くすだけで、火力が集中する一点を見つめている。


「ヒ、ヒビキ! どういうことよ! アネモネが……何でアネモネが攻撃されないといけないのよ!」


 事情を知っているであろう俺に掴みかかるアルメリア。

 俺は彼女の腕を取り、静かに語り始めた。


「俺たちが潜んでいた場所がすぐにバレた。内通者はアネモネだったんだ」


「ア、アネモネが内通者!? そんな狂言、私は信じないわよ!」


「だからアルメリアには黙っていたんだ。君に言えば混乱して、作戦が台無しになりそうだったから」


 俺は真実を話す。だがアルメリアは顔を真っ青にするだけで聞く耳を持たない。


「作戦? アネモネを殺すことが作戦だって言うの?」


「ああ。間違いなく内通者だからな。いや、内通者じゃないか……スパイ。あるいは首謀者かもな」



 ◆◆◆◆◆◆◆


「何? それは間違いねえのか?」


「ああ。アネモネ……あいつは人間じゃない」


 洞窟内での会話。 

 俺はバサラに真実を伝えていた。


「心臓音、アネモネは王族と同じ音をしている」


「そ、そうなのか……でも聞き間違いとかじゃねえのか?」


「あんな不愉快な音、聞き間違えるわけがない。あれは王族の心臓音だよ」


 アネモネの方を見て、驚きを隠しきれないバサラの姿。

 俺はもう一つ、気になることを彼女に訊ねてみることにした。


「アルメリアが言っていたけど、アネモネは以前、アルメリアを守るために背中を斬られたって……」


「ああ、オレもその話は聞いたことがある。実際、アネモネの背中には切り傷があるからな」


「やっぱりそうか……昨日シャワールームでアネモネと鉢合わせたとき、彼女の背中には切り傷はなかった。綺麗なものだったよ」


「嘘だろ……」


 これで確定。

 アネモネは王族で決定だ。

 バサラはアネモネに動揺を知られないよう、彼女に背を向ける。


「アネモネがこの場所を仲間に知らせたんだ。方法は分からないけど」


「……オレの目を持ってしても見極めれないなんて、アネモネの正体はなんなんだ」


 俺とバサラは顔を合わせて、その正体に思案を巡らせる。


「王族……そして人間と王族を見極めるバサラの目をやり過ごすことができる存在。心当たりは?」


「カメルケ」


「カメルケ……この星の責任者っていう、あの?」


 バサラは頷き、真実を見据えたような瞳をこちらに向ける。


「ああ。特殊能力で自由な姿に変身できる王族。その能力で人間に化け、姿形だけではなく、肉体の情報までも自由自在に変えられるんだろうな。だがそんな能力にも穴はあった。心臓までは変化させることはできなかったってわけだ」


 バサラは何かを思い出したのか、ハッとした顔を見せた。


「そういや、あいつは定期検診はいつも別日に。それにシャワーも皆と時間をズラしていたな……だからあの時間にヒビキとあいつはシャワー室で鉢合わせした。事実を知った今なら、その理由が分かった気がするぜ」


 ◆◆◆◆◆◆◆


「嘘……じゃあアネモネは……アネモネはどうしたって言うの!?」


「分からない。俺は本物のアネモネと会ったことはないし、あいつがいつどうやってアネモネに化けたのかも知らない」


 一筋の涙を流すアルメリア。

 崖の下では集中砲火が続いている。

 砂煙を上げ、アネモネを討伐せんと全力を尽くしている最中だ。


「アルメリア。他の皆におかしい点は見られなかった。心臓音も人間のもの。これまでの状況のことを考えても、彼女しか犯人はいないんだよ」


「…………」


 膝をつき、アネモネの方を見下ろすアルメリア。

 彼女には辛いことかもしれないが、何を言ってもどうやっても現実は変わらない。

 変えるのは自分たちの未来だ。相手の隙をついて、倒せるときに敵は倒す。


「これだけやれば十分だろう」


 イオの合図に攻撃の手がやむ。

 息を飲み、全員でアネモネがいた場所に視線を集中させた。


「……嘘だろ」


 バサラを始めに、仲間たちが愕然とする。

 攻撃を集中した先、アネモネに変化が見られない。

 全火力を叩き込んだというのに、ダメージが見られないのだ。

 【ガーディアス】は壊れているようだが、彼女は綺麗な姿のまま、その場に直立している。


「まさか、私の正体がバレるとは、思ってもみませんでしたよ」


「アネモネ……いや、お前は大地のカメルケ。そうだな?」


 バサラの問いに、カメルケは笑顔を浮かべて首肯で答えた。


「何故こちらの正体に気づけたのです?」


「俺の耳だよ。王族の心臓音までは変身できなかったみたいだな」


「それは誤算でしたね。まさか、君みたいな子が現れるなんて」


「てめぇ、オレたちの基地に潜入して、いつでもこっちをやれる状態だったんだろ?       

 何故【スターホープ】ごとオレらをやらなかった?」


 カメルケはアネモネの顔のまま、そして印象も変わらぬまま口を開く。


「私が好きなのは、人が絶望する姿です。あの船を壊すのは簡単ですが、希望を与えてから叩き落としたかったのですよ。この星にいる食料を助けて、さぁ皆で手を取り合って王族を倒そう! そんな気分のときに殺す方が楽しいのです」


 クツクツ笑うカメルケ。

 そのやつの悪趣味に反吐が出る。

 不快感を胸に覚えながら、俺はやつに言葉を投げかけた。


「残念だったな。あんたの思惑通りにいかなくて。で、これはあんたの楽しめる状況か?」


 カメルケの周囲を取り囲む連合軍の戦士たち。

 戦士たちはカメルケを倒すための覚悟が完了しているらしく、そこに恐怖心はない。


「カメルケ……アネモネはどうしたの!」


 アルメリアが叫ぶ。その激情にリューが彼女から離れるが、カメルケは思案顔を作り、そしてポンと手を叩く。


「ああ、そうそう。あなた方が調査でこの星に来たことがあったでしょう。そのときに殺してあげたのですよ。ゆっくりと彼女のお腹に刺さるこの手……それに絶望したあの目。中々悪くなかったですよ」


 その瞬間、アルメリアの中で感情が爆発するのが目に見えて分かった。

 機体を上昇させライフルを構え、カメルケを照準に納める。


「あんただけは――絶対に倒す!」


「ふふっ。このまま殺しても面白くない。その顔が絶望に染まるまでは遊んであげます。ではかかって来ていただいて結構ですよ」


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