第13話
「あ、あんたたち、外の音が聞こえないのか? 皆を助けに来たんだぞ。皆の未来を守るために戦っているんだぞ!」
元来人見知りである俺が人を諭そうなどとそれはもう難題で、声がうわずる。
だが心を込めた声だ。どうか届いてほしい。
しかし悲しいかな、皆の心には一切響いていないようだ。
ボーッとしたまま、俺のほうを眺めているだけ。
「どうすれば分かってくれるんだ……ここにいても食い物にされるだけで、逃げたら自分の人生を生きることができるんだぞ」
「自分の人生? ここにいても辛いことは一つもない。食べる物は用意されるし、それに見てみろよこの体。運動ひとつまともにできやしない。こんな体で外に出たところで、知れた人生しか待っていないよ」
ああ、今分かったよう気がする。
人生に絶望しているのではなく、今ある自分の人生を受け入れてしまっているのだ。
王族の食料となる人生。それもまた人生だと考えてしまっているのだろう。
そんなバカな話があるか。確かにストレスもなく楽な人生かもしれないが、それ以上は何もない日々。
その証拠に皆の瞳に光はない。
それがいい人生だなんて、俺は認めないぞ。
「細かいことは後で考えればいい。こんなところにいても幸せなんて一つもあるわけないんだ。人は幸せになるために――」
「ああー、うるせぇな。何してるんだ」
「何してるかって聞いてんだよ!」
背後からの声。
俺が振り返ると――そこにいたのは背の高い男であった。
短く刈り込んだ頭をボリボリとかきながら、けだるそうにこちらを見ている。
大食漢であろう太った体型。 ぼんやりとした顔で、怖さは感じない。
だが声は二つあったはずだ。
もう一人はどこにいる?
見知らぬ男に見つかったこと。そして見えない相手がいることに、俺は緊張感を走らせ、冷や汗をかいていた。
「あ……額……何だあれは」
男が手を下ろすと、彼の額にもう一つ顔のようなものがあることに気づく俺。
額の顔は狂人のような表情を浮かべており、視線の合わない目で俺を睨み付けていた。
「誰?」
「誰だてめぇは!?」
二つの声の正体。それは目の前にいる男一人のものであった。
顔を二つある。そんな正常ではない奴は、王族であることに疑いはない。
そもそも自由に外を歩いていることと、肥満体型で普通の人間ではないことは確定だ。
「王族じゃねえな。人間かてめえ!」
「人間かぁ……面倒だな」
俺を殺すつもりか、男から殺気を覚える。
その殺気は額の男のものだろうが、ヒシヒシと肌に感じていた。
「このっ!」
俺は光の剣を生み出し、相手の腹部に突き刺すつもりで突進を開始した。
たとえ王族だとしても、光の剣なら通用するはず。
「やるの? やりたくないなぁ……」
「こいつ、ぶっ殺す!」
気怠そうな顔と憤怒の表情。
誓う意思を持つ二つの顔は、俺を同じ敵として認識し、本来の姿を現す。
肥大していく相手に、俺は足を止める。
「う、嘘だろ……」
そのあまりの大きさに俺は絶句する。
飼育舎の天井を壊し、ようやくやつの巨大化が止まった。
五メートル以上の高さがあるだろうか。背中には亀の甲羅、その上から緑色の翼が生えている。
前後の足は短く、だが柱のように太い。
幾重もの棘が生えている、殺傷能力が高そうな尻尾。
そしてこの化け物は双頭の持ち主で、二つの頭、四つの瞳で俺を見下していた。
「どうした、さっきまでの勢いはよぉ!!」
「やる気なくしたなら、さっさと死んで」
巨体とその外形からは想像できない、素早い動き。
相手は体を回転させ、尾を振るう。
これを食らうわけにはいかない。
背筋を凍らせながら、その一撃を何とか回避する俺。
その一撃は入り口付近を破壊してしまい、数名の人間が巻き添えを食らう。
「うわああああああ!!」
虚ろな瞳をしていた人たちも、危険が迫っていることに動き出す。
彼らを縛る物理的なものはなく、精神的にその場を動けなかっただけなので、脱兎の如く飼育舎を飛び出して行く。
だがそれは女性ばかりで、男性は酷くゆっくりとした動きで走っている。
まるで老人みたいな速度だ。彼らは本気なのだろうが、見ているこちらからすれば急かしたくなる思いだ。
俺も逃げればいいのに、だが皆を見捨てることはできなかった。
自分が死なないことが一番なのに、それなのに他人のために戦うなんてどうかしてる。
心の中の矛盾に舌打ちし、俺は化け物と対峙した。
「えー、まだやる気ぃ? 早めに死んでくれたほうが嬉しいんだけど」
「俺はこいつを殺せることが嬉しいけどな!」
接近することはできず、かと言って攻撃に耐えるだけの守備力もない。
俺ができることと言えば――逃げ回るだけ。
相手は俺をターゲットとしており、逃げる人たちの方には見向きもしない。
皆が逃げるまでは、引き付ける。
化け物がこちらに詰めてきた。
速度はやはり信じられないぐらい早い。
一瞬で眼前まで迫り、両前足を合わせてこちらに振り下ろした。
俺は瞬時に横へ飛び退く。
爆弾が爆発したような音が炸裂する。
地面が爆ぜた。
その威力に身震いし、足元が震える。
『ヒビキ、何の騒ぎ!?』
そんなとき、アルメリアからの通信が入る。
逃げ惑う人々、そして化け物の攻撃に異常を察したのだろう。
天の救いだと感じ、彼女の声に感謝しつつも、緊張した声で彼女に伝える。
「ば、化け物が現れたんだよ! 他の奴らとは少し違う化け物だ」
『化け物……? とにかくすぐ行くわ。死なないように気張りなさい』
「気張ってばかりで気を失いそうなんだよ」
化け物は両前足を地面から引き揚げ、ため息をつく。
「早く死んでくれないかな? これ以上は時間の無駄だよ」
「俺はじーくりやってもいいんだぜ? いい声で死んでくれるならな!」
足がまともに動かない中、敵は容赦なく襲い来る。
動け、動け!
俺は全力で足に命令を下す。
恐怖心を抱きながら、なんとか敵に背を向け走る俺。
追いつかれるのは時間の問題だろう。
だが死ぬ寸前までは諦めない。
だが無情にも、敵はすぐに俺に追いつく。
後は俺を殺すだけ。そう感じているのか、ゆっくりと腕を振り上げる空気を感じた。
「リュー!」
「え?」
「うごぇ!?」
鉄槌が俺に下るより前に、背後に衝突音が生じる。
リューが相手の腹部に頭突きをしたようだ。
激しく転倒する化け物。
リューはその衝撃に頭をフラフラさせながら宙を浮いている。
俺は踵を返し、リューの体を抱き寄せた。
「助かった。ありがとう、リュー!」
リューがいてくれて良かった。心からそう思う俺は、リューを抱き抱えたまま全力疾走。
飼育舎を抜け出し、外へ逃げる。
他の人は逃げだせたようで、俺の少し前を走っていた。
だが対して距離は稼げていない。
くそ、また引き付ける役をしないといけないのか?
俺は絶望感を覚えながら、再び背を向いた。
「痛かったじゃねえか、このチビ!」
「痛いの嫌いなんだけどな、僕」
「痛いのが好きな変態だったら良かったのに。それなら、リューに何度もぶたせて時間稼ぎさせたんだけどな」
敵は笑うことなく、一歩一歩こちらに近づいて来る。
すぐに追いつけることを理解しているようだ。こちらの実力は相手にバレている。
どうやって凌ぐか。そんな思考を巡らせていると、背後からエンジン音のような物が聞こえてきた。
「ヒビキ、早く逃げなさい!」
「アルメリア!」
アルメリアが来てくれた。
彼女は空を駆けながら、同時に射撃を開始する。
何発ものエーテル弾が敵を襲う。
全て直撃。
だが驚くことに、その全てが通用していない。
「何? 蚊でも当たった?」
「痛くねえ、でも俺に手を出した奴は殺す!」
アルメリアは急ブレーキをかけ、宙から化け物を見据える。
汗を流し、綺麗な目を丸くしていた。
「ち、中地のシャムル……まさかこんなところにいるなんて」
アルメリアの声から危険を感じ取る。
中地のシャムル……それが奴の名前か。
強敵を前にして、俺は喉をカラカラにさせていた。
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