第12話

「バサラ隊長! 今なら脱出することができます!」


「そうか、急ぐぞ!」


 外での戦闘は激化しているが、こちらが押している様子。

 イオとアルメリアの活躍のおかげであろう。

 俺は洞窟内で、中まで侵入してきた敵を倒す役目を務めていた。

 そんな中、バサラとアネモネも外で戦っており、そちらのほうからバサラと部下との会話が耳に入る。

 その会話は通信を通して皆聞いていたようで、洞窟で戦っていた皆も外へ向かって移動を開始した。


「ヒビキ、こっちだ」


「助かる、イオ」


 【ブラックバード】を装備したイオが俺を拾いにやって来る。

 俺はリューを抱き抱え、イオは俺を抱き抱えた。

 彼女の清潔な香り。戦いの最中だというのに不快な匂いが一切しない。

 少し下心を抱きながらも、黙って彼女に連れられる。

 しかし、気が緩んだのは一瞬。

 爆速で宙を舞う【ブラックバード】。俺の意識がブラックアウトしそうだ。


 一瞬で洞窟を抜け、敵の頭上を抜けて行く。

 下では数えきれないほどの王族の遺体が。

 激しい戦いが眼下で行われていた証拠だ。

 幸いなことに、仲間の犠牲は少ないようだが……それでもゼロではない。

 死んでしまった女性のことを思うと、胸の辺りが重たくなる。


 敵はまだ二百体以上残っているようだが、奴らは深追いしてくる様子がない。

 これ以上戦っても犠牲が増えると判断したのだろうか、とにかく追ってこないのは好都合だ。


『イオ、お前らはこのまま養人場に向かえ。人間の解放はそっちに任せたぜ』


 バサラからの通信が入る。

 突然のことに、イオは怪訝そうな表情を浮かべた。


「バサラ、どういうことだ?」


『ああ、なんてことはねえ。お前らは正面から。オレらは養人場の裏側から。挟み撃ちってやつだ』


「なるほど、了解した」


『イオ、無茶すんなよ』


「いつも通りやるだけだ」


 バサラの通信が途切れる。

 バサラは、イオのいつも通りを危惧しているのだろうが、口を挟まないでおこう。

 何を言ってもイオは自分らしく戦うはずだから、無駄になる。


「正面から叩くのはイオと私、それからエルクラウドのチーム。バサラとアネモネがエンデューラとギアトロンを率いて裏側に回ってる。戦力的にはちょうど半分ってとこかしら」


 アルメリアが俺たちに追いつき、横を飛翔する。

 二人は風圧に慣れきっているのか、平然としていた。

 慣れって凄いな、と俺は一人感心する。


「ああ。さっきの戦いでもそうだが、数はもう問題ではない」


「後は、中地以上の敵がいるかどうか……ね」


 いまだ中地との戦闘経験がない。

 小地相手なら圧倒的だし、上手くいけばいいんだがな。

 

「そうだ、イオ」


「どうした?」


 前方を見据えたまま、意識をこちらに向けるイオ。

 彼女に話しておかなければならないことがある。

 今回の作戦の一番の肝だ。

 バサラと相談し、俺たちが立ち上げた作戦の真の意図。


「……それは確かなのか」


「ああ。十中八九間違いないと思う。いや、確実だ。すでに確信がある」


「そうか……分かった。仲間たちにも伝えておく」


 ぼそぼそと通信をするイオ。

 上手くいけばいいのだけれど……全て上手くいけば誰も死なずに済むはず。

 だから失敗は許されない。


「見えたわ、養人場よ!」


 アルメリアの語気が強まる。

 人を育て、食料とする施設。それはアルメリアにとっても許せないことなのだろう。

 イオの顔も怒りに染まる。

 

 アルメリアが見つけた養人場。

 それは大きな農場で、人が買われているようには見えない。

 だが現実は、あそこで人が飼われているのだ。

 激しい動悸のようなものを覚え、俺は大きく息を吸い込む。


 牧場には大きな飼育舎が五つある。

 その周囲を数人の人が歩いていた。

 健康な体つき。あれは王族と見て間違いないだろう。


 イオは減速し、ゆっくりと着陸をする。

 そこもまた自然豊かな場所。現実を忘れてしまうほど、素晴らしい土地だ。


「迅速に任務を遂行する。突撃の準備はいいか?」


「問題なし。いつでもやれるわ」


 仲間の状態を確認するように、イオは周囲に視線を向ける。

 アルメリアを筆頭に、皆はやる気十分。

 怪我人も少なく、戦いの準備は整っているようだ。


「では、行くぞ」


「了解。いつも通り、私とイオで先行するから、あんたらはフォローをお願い」


「了解!」


 イオとアルメリアが上昇を開始する。

 空を飛ぶ機能をもたない【ガゼル】を装備したエルクラウド人たち。

 装備は両手にガッチリとした装甲で足元は四足歩行となっている。

 背中にはブースターを背負っており、地上戦を得意とした【ガーディアス】らしい。


 エルクラウドの面々は加速を開始する。

 素早い動き。迅速に養人場へと接近して行く。

 上空に上がったイオとアルメリアはそれを確認し――加速する。


「迅いな……リュー。俺達も行くぞ」


「リュー」


 【ガゼル】を上回る速度を誇るイオとアルメリア。

 俺の足で追いつくにはどれほど時間がかかるだろうと不安になる。

 距離は二キロほどありそうだ。


「あれ? そうか、身体能力が上がっているんだな」


 あまり長距離走るのが得意ではない俺であったが、スーツのおかげで能力が飛躍的に上昇していることを思い出す。

 普段の自分では信じられないような速さで大地を駆ける。

 リューも難なく俺の横をついて来ており、その速度のまま駆け続けた。


 戦闘が始まる音。

 アルメリアが仕掛けたようだ。 

 それに続き、応戦する敵の怒号。

 エルクラウドの皆が合流するのもあと少し。


 戦いはイオたちに任せるとして、俺は俺のできることをしよう。

 光の剣で戦闘に参加するのもいいが、皆と比べて機動力と防御力に不安が残る。

 なら俺ができることといえば?

 それは牧場で捉えられている人々の救出だ。

 もし捕まっている人たちが人質にでも取られたら、イオたちが困惑してしまう。

 行動に制限をかけられ、圧倒的不利に陥ってしまうのは目に見えている。


 それを阻止するのが俺のできること。

 皆を死なせない最善策だ。


 飼育舎を避けるようにして、イオたちは戦闘をしているようだ。

 王族たちは飼育している人間のことなどどうでもいいのだろう。それらを無視してイオたちに応戦している。

 戦場は徐々に飼育舎から離れていき、無人状態になったように見えた。

 

 この隙を狙って、皆を解放する。

 俺は身を隠すようにして、飼育舎へと侵入した。


「これは……酷いな」


 飼育舎の中は、まさに家畜を育てているような状態で……百に近い人々が敷きわらの上で寝そべっている。

 希望さえも抱いていないのか、虚ろな瞳をしているのみ。

 辛うじて布一枚を身に纏っており、人間の尊厳は感じられなかった。

 頭に血が上る。同じ人間がこんな目に遭わされているなんて。


「皆、助けにきた。ここから脱出しよう」


「…………」


 一人の男性がこちらに視線を向ける。

 その男性の体つき、骨と皮しかないようなガリガリの体型で、憎々しさは皆無。

 女の人はそうではなく、必要以上に肥えている人が多い。


 食用ってわけか……考えるだけで苛立ちが込み上げる。

 しかしそうなると、男性の体型には説明がつかない。

 だがこの世界の常識を思い出し、これが男性の姿なのかと驚嘆する。

 本当に体が弱い男ばかりなんだな……


 皆喜んでくれるとばかり思っていたが、だが反応はない。

 意識のない病人を相手にしているような感覚になる。


 生きる意志さえなく、食料として生まれた自分の運命を受け入れてしまっているのか。

 でもそんなもの、運命ではない。

 生きるためなら全てを変えられる。俺だって生き残るために必死になってるんだ。

 こんなところで諦めさせてなるものか。

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