第11話

 のどかな草原を進むと、大きめの洞窟がある。

 自然にできた洞窟らしく、奥行きはそこまでではないが、数十人の人が身を隠すにはうってつけの場所だった。


「ここならとりあえずは隠れられそうだ。落下地点が相手に知られてるから、長時間は無理だろうがな」


 バサラは洞窟内を見渡しながら、仲間たちに指示を出している。

 アネモネも同様に、エンデューラ人へと命令を下していた。


「ヒビキ。あの力が【マーセナル】か?」


「さぁ。俺には分からない」


 イオの問いに答えるように、能力を見せることにした。

 光を念じると、右手に刃が生じる。

 それを見上げながら、俺は続けた。


「でも皆が使えないってことは、そうなんじゃないか」


「魔術とは違うみたいね……そう。それが噂の【マーセナル】」


 興味深そうにアルメリアが、光の剣をまじまじと見ている。


「魔術というのは、使い方が違うのか?」


「そうね、【ガーディアス】の武器と同じで、エーテルを力に転換させるのが魔術。でもこれは仕組みが違うように見える……同じエーテルだけど、どこかが違う。詠唱も必要ないみたいだしね」


 詠唱というのは、呪文のことだろう。

 言葉を綴り、魔術を練り上げるということか。

 確かにそれと俺の能力は別物のようだ。

 俺の力には言葉が必要無い。念じるだけで使用できるのだから。


「後の問題は、中地以上の敵に通用するか、だな。それは我々の【ガーディアス】にしても同じことなのだが」


「ま、私たちの力があれば大丈夫でしょう」


「ああ。私はそう信じている。この力があれば、王族どもを壊滅できると」


 イオとアルメリアは自分たちの【ガーディアス】を過信しているようだが、どうなのだろうか。

 最悪のことを想定しておかないと、通用しない場合に動きが鈍る。

 相手に効かないこともあるとあらかじめ考えておいたら、実際その状況に陥ったとしても、冷静に対処できるはずだ。

 

 俺は死にたくない。生き残り、そして元の世界に戻るのが一番。

 人助けも大事だと思うが、それは自分が生き残ってこそのこと。

 他人のために死ぬ真似はできない。

 冷たいかも知れないが、俺はそう自分に言い聞かせる。


「おい、ヒビキ」


「バサラ。どうしたんだ?」


 バサラが俺に声をかけてくる。俺は彼女に近づき、二人で洞窟の外に視線を向ける。


「人見知り、治ったのか?」


「え? ああ……必死で忘れてた」


 イオたちだけでなく、初対面であるアルメリアとの会話も普通にできてる。

 人と接するのに、もう少し緊張していたはずだが、そんなことを気にしている状態じゃなかった。

 それだけで人と普通に接していられることに、俺は驚きを抱く。


「ま、そのことはいい。それより、イオのことだ」


「イオ? イオがどうかしたのか?」


「ああ……あいつは王族に対して、激しい憎悪を抱いている。王族との戦闘になると完全に冷静さを失っちまうんだよ」


「確かに、そう言われれば」


 イオは王族との戦闘時、感情をむき出しにして敵と戦っていた。

 憎しみを持っているのは一目瞭然。

 戦場では平常心を持って挑まなければならないだろう。

 なのに、彼女はその真逆。頭に完全に上っている。


「どうして、そんなに恨みを?」


「……エルクラウドを乗っ取られたからな、王族の奴らに。もちろん、大勢の犠牲が生まれた。その中にはあいつの友人や大事な人もいたんだろうよ。オレがあいつと出会った頃、すでにあんな状態だったから、オレも詳しくは知らねえ」


 バサラは振り向き、イオの冷淡な表情を眺める。


「感情は戦闘中にしか見せねえ。普段のあいつはあの通り、機械みたいな奴だ。ギアトロンのオレが言ったら皮肉にしか聞こえねえかもしれねえがな」


「…………」


「だからじゃねえけど、あいつのことを気にしててやってくれ」


「俺が? 別にいいけど俺が気にして、どうなるっていうんだ?」


 バサラは目を細めクスリと笑みを浮かべる。


「分かんねえよ」


「分からないのかよ」


「でも、お前なら何かを変えてくれそうだろ?」


「まさか。そんなことできやしないよ」


 彼女は俺のことを買いかぶり過ぎだ。

 少し変わった力があるだけで、俺には何もできない。

 何かを期待するほどの人間ではないのだ。


「敵に攻め入るってときに、タイミングよくお前がオレたちの前に現れた。それは奇跡って言葉で説明が終わるかもだが、オレはそうは思わねえ。機械の体を持っているが、意外と運命論者なんだ。オレはお前が現れたことを、運命だと思ってる」


「バサラ……俺は」


 バサラは俺に手の平を突き出し、言葉を遮る。


「オレがそう思ってるだけだ。お前はイオやアルメリア……連合軍の運命を変えてくれるような気がする。【マーセナル】の力を見たときに、そう感じちまったのさ。ま、変に背負わなくてもいい。頭の片隅にそんなことを考えてるやつもいるってこと、覚えておいてくれ」


「あ、ああ。分かったよ」


 運命。俺の運命。それからイオたちの運命。

 その全ての帰結はまだ定かではない。

 俺は生き残ることが先決だが、彼女たちにも死んでほしくないと考え始めている。

 人と接していると、他人のことまで思案してしまう。

 これは良いことなのか、悪いことなのか。

 そのどちらとも判断はできないが、皆が笑っていられる未来を望む気持ちだけは確かだと信じたい。


 腕を組み、物静かなイオ。

 リューを抱きしめ、耳を赤くしているアルメリア。

 仲間と相談事をしているアネモネ。 

 力強く指示を出しているバサラ。

 そして数々の仲間たち。

 どうかこの戦い、無事に生き残ってくれ。

 そう願い、俺は洞窟の外から差し込む光を眺めていた。


「た、大変です! 王族がこの洞窟を取り囲んでいます!」


「バカな……こんなすぐ発見されちまうなんて!」


 バサラを始め、周囲の戦士たちが困惑を示す。

 見つかるのが早すぎる。俺は早鐘を打つ自分の心臓音を聞きながら、敵の出方を窺っていた。


「アネモネ、後ろは任せるわ。あんたは私が守るから」


「ありがとうございます、アルメリア」


 アルメリアは仲間たち、そしてアネモネを守るために最前に位置する。

 その隣に立つのはイオ。

 エースである二人は、戦いの覚悟が決まっているようだ。


「アルメリア。私が前に出る。サポートは頼んだ」


「分かってるわよ。でも無茶はしないでよね」


 イオとアルメリアは正面を見据えながら会話を続ける。


「言っとくけど、あんたを心配して言ってるんじゃないわよ。あんたがいなかったら、作戦成功率が下がるから言ってんの」


「承知している。私は奴らを滅ぼすまで、死ぬつもりは毛頭ない」


 洞窟の外から悲鳴が聞こえてくる。

 どうやら二人の【ガ―ディアス】が暴れているようだ。

 そして洞窟内へ登場し、イオとアルメリアの装備へと変身する。


 武器を構え、飛翔するイオ。

 後に続くアルメリアは洞窟内から射撃を開始した。


 敵を切り裂く音。破裂音。叫び声。

 合唱するかのように色んな音が一斉に飛び込んでくる。

 まぁ、合唱といっても不協和音なのだが……


「イオたちに続け! 私たちもあいつらと戦う力があるのだ!」


 戦士たちが咆哮する。

 自身を奮い立たせるように。仲間を鼓舞するように。

 次々と【ガーディアス】が到着し、武装して戦場へ向かって行く。


 俺は視覚で確認できない戦いを、耳で聞きとるために目を閉じる。

 

 皆が戦闘に突入し、イオとアルメリアが大暴れしているな……

 仲間たちの心臓音。そして王族の心臓音。目をつぶるとその違いが手に取るように分かる。

 王族の心臓は聴きなれない音がするから、間違えることはない。


「……バサラ」


「どうした、ヒビキ」


 俺は目を開き、バサラの元へと駆け寄る。


「バサラに話すことがある」

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