第10話
俺はヘルメットを解除し、アルメリアの方を見る。
紫色の髪を撫で上げながら、彼女はこちらを見つめ返してきた。
そのあまりの美しさと、先ほどまで死に直面していたことに心臓の鼓動が激しくなる。
「アルメリア……って名前だよな、あんた」
「あんたはヒビキでしょ。聞いてるわ。中々やるみたいね。ま、私ほどじゃないけど」
俺とアルメリアは会話をしながら上空を確認する。
敵は撤退、四散しているようで、バサラたち量産型の【ガーディアス】が大岩を地面に叩きつけるような音を立てて着地していく。
「ヒビキ。力を扱えるようになったようだな」
去って行く敵を鋭い眼光で睨みつつ、イオがこちらへと降りて来る。
その瞳に寒気を覚えながら、俺は答える。
「みたいだな」
「やはり来てもらって正解だったな。その力があれば今回の作戦、有利に進めることができる」
「あ、でも最後の力は無理だと思う。あれは自分でもどうやったのか分からない」
イオとアルメリアが同じタイミングで【ガーディアス】の装着を解く。
黒い鳥と紫色の蝶々は、彼女らの背後で浮き、新たな命令を待っているように見えた。
しかし近くで見るとやたらとデカいな。人間よりははるかに大きい。
「不確かな力か……だが、それまでに使っていた力でも十分だな」
「見てたのか、俺が戦ってるところ」
「一応な。助けに行ける距離ではなかった、とだけは付け足しておく」
「いや本当、死ぬ寸前だったよ。アルメリアがいなかったら、どうなってたか」
「リュー」
リューがゆっくりと降下してくる。
そして俺の肩辺りに乗り、頬ずりをしてきた。
「ああ。お前もいなかったら危なかった。助けてくれてありがとうな」
「そういえば、この動物はどこで拾ったのよ?」
アルメリアがツンツンとリューの頬を突きながらそう聞いてくる。
「目覚めたらいたんだぞ。その前はどこで何をしてたのか、こいつがどんな生き物なのかも知らない」
「危険……には見えないわね。いい仕事するし、細かい事はいいんじゃない?」
アルメリアの耳が小刻みに震えている。
リューに触れる手は止めない。もしかして、気に入ったとか?
そんな彼女の様子が微笑ましく、俺はクスッと笑う。
「無事で何よりでも皆さん。ヒビキもよく生きていました」
「アネモネ……バサラも無事みたいだな」
「ああ。怪我してるやつもいるが、主戦力の二人が無傷なのはありがたいな」
「無傷はいいが、結構な数を取り逃してしまった次こそは一人残らず抹殺してみせる」
激しい意思。殺意に満ちた目。怒りに震える腕。
イオは王族に対して、ただならぬ感情を抱いているようだ。
彼女の過去に何があったのか。聞いてみたい衝動に駆られるが、アネモネがそれより早く口を開く。
「まずはどこか、身を隠せる場所を探しましょう。一度の戦闘でしたが、【ガーディアス】たちの休息が必要でしょう」
「だな。すまないが、どこかいい場所を探してくれ」
バサラの命令に、数人のギアトロン人が探索を開始する。
周囲はのどかな場所で、田舎という言葉が相応しい。
「いい場所だな」
「ああ。実際にいい所だ。王族に支配される以前までは、だがな」
イオの刺すような視線。今は見えない王族を睨んでいるようだ。
「元々ここで生活をしていたガスルード人。彼らも土地と同じく、穏やかな人種だったと聞いている。だが王族が牧場に一番適していると判断し、この惑星を制圧した」
アルメリアがイオの話を聞き、綺麗な顔を歪めていた。
彼女も怒りを覚えているのか、舌打ちをして話し出す。
「水も綺麗で気候も言うことなし。全てが適してたのよね……」
「…………」
牧場。
それは先日に聞いた話だ。
王族は自分たちの食料を確保するために牧場を作ったと。
そのためのガスルード制圧。
いや、制圧なんてものじゃなかったらしい。虐殺だったと。
そして一番耳を疑った話は――
その牧場で育てているのは、人間だということ。
「『
「はい。ここからずっと南の方角に……」
バサラと部下の声が聞こえる。
『養人場』――食べるための人を育てている場所。
人を生ませ、人に餌をやり、人を育てる非人道的な施設。
話を聞くだけで気分が悪くなり、あまりのおぞましさに寒気を覚える。
今回の作戦は、その『養人場』にて捉えられている人々の解放、およびに施設の完全破壊。
この話を聞くまではガスルードに来るつもりもなかったが、どうしても非協力的でいることができなかった。
感情のまま行動することは初めてだ。
だがそれだけ許せないことであり、間違ったことだと考える。
化け物だと思っていた王族は、想像していた以上に下衆連中のようだ。
「ヒビキさん。そんなに怖い顔をして、どうしたのかしら?」
「許せないんだよ、『養人場』のことが……他人事なんだろうけど、無視はできない。自分の世界のことじゃないけど、他人事として捉えられない」
「……優しいのですね」
穏やかに微笑むアネモネ。
そんなことないと否定したいが、俺は照れて顔を逸らす。
「おい。身を隠せる場所があったらしい。早めに移動すんぞ」
偵察に出ていた者はすぐに隠れ場所を見つけたらしく、バサラの言葉に従い移動を開始。
場所はそう遠くないらしく、歩いて行動することに。
【ガーディアス】の動力源はエーテルリアクターという物を使用しているらしい。
エーテルをエネルギーに変換する装置。
そして【ガーディアス】には、自動充電機能が備わっているらしいのだが、戦っていない状態の【ビーストモード】の時の方が、効率的に回復できるようだ。
なので危険が少ないときは、極力装備をしないとのこと。
【ガーディアス】を装備していないアルメリアが俺とリューの隣を歩く。
アネモネとバサラ、それからイオは少し前を歩いている。
「あんた、アネモネと知り合いなんだ」
「いや、知り合いってほどじゃない。昨日ちょっと、ね」
何があったかは伏せておこう。その方がアネモネにとっても俺にとってもいいはずだ。そう信じたい。
「アルメリアは、知り合いなのか? 同じ種族みたいだし。バサラやイオとの付き合いも長いのか?」
「質問が多いわね。バサラとイオと知り合ってから一年もたっていないわよ。【ガーディアス】の開発に協力し始めて……それからの付き合い」
「【ガーディアス】って、ギアトロン人が造ったって聞いたけど、アルメリアも関係してるのか?」
「私というか、エンデューラ人。それからエルクラウド人も関係してるわよ。確かに造ったのはギアトロンの連中だけど、私たちたちエルクラウド人の協力がなければ、エーテル関係はまったくだったし、エルクラウド人の知恵がなくても完成してないわよ」
「なるほど。三種族が力を合わせて完成したってわけだ。いい関係なんだな」
複雑な表情を浮かべるアルメリア。
俺は彼女の顔色を視認し、バサラが言っていたことを思い出す。
三種族は【創世の王冠】を求めている。
傍から見ればいい関係に見えるが、実際のところは煩雑な繋がり。
それを想起し、アルメリアはこんな顔をしているのだ。
「えーっと……それで、アネモネとは古い付き合いなのか?」
「まぁ、それなりにね」
「へー。友人なんだ」
「そんなんじゃないわよ。アネモネは、ただの命の恩人」
「ただって、もっと深い関係じゃないか! そうなんだ。命の恩人か」
アルメリアは過去のことを思い出しているのか、歩きながら目を閉じる。
「何年前か、王族が私たちの住む星を制圧しにきたの。エンデューラ人が持つ魔術のおかげで、何とか撃退することはできたけど……星に住む人々は大きな傷を負ったわ。心の中にもね」
彼女の瞳に、怒りの炎が宿るのを感じる。
悲惨な事件だったのだろうと、俺は察した。
「私も王族に襲われて、殺されそうになったのよ。そのとき助けくれたのがアネモネ。彼女、私を庇ってくれてね」
「アネモネがいなかったら死んでたってことか」
少しはにかみ、アルメリアは頷く。
「私の代わりに王族に斬られたのよ。爪で背中を。本人は大丈夫だって言ってくれてるけど、いつか恩返しをしないと思ってる。そしてそれが今なの。この連合軍にいるのはアネモネを助けるためでもある。私たちのリーダーを助けるのが、私の役目だと考えてるわ」
過去にそんなことがあったのか。
アネモネは穏やかで優しく人なのだなと、俺は素直に納得をしていた。
「もちろん、アネモネだけのためじゃないわ。【パープルパピヨン】を扱える私が、エンデューラの未来を守る。それが私の使命なのよ」
そしてアルメリア。
彼女は彼女なりに考えがあり、こうして戦いに参加している。
それは未来のため。
俺は自分が生きることしか考えていない。
彼女の意思と俺の意思。その大きな違いに少し恥ずかしさまで覚える。
俺は尊敬の念を抱きながら、彼女の横顔を見つめていた。
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