第7話

 翌日。

 俺は【スターホープ】とは違う宇宙船の中にいた。

 それは大型の船で、百人以上搭乗できる宇宙船だ。

 無機質な空間で、壁際に長椅子があり、中央には測ったように規則正しく椅子が並べられている。

 そんな中には大勢の女性、女性、女性……男は俺しかいない状態。

 怪異でも見るかのような視線が、俺へと降り注がれている。

 あまりの居づらさに、抱いていたリューの体に力を込めた。


「よう、どうだ。スーツの調子は」


「ああ、悪くないと思う。B.R.A.V.E.ブレイブスーツだったよな」


 女性陣と同じスーツ姿となった俺に声をかけるバサラ。

 両肩辺りから白いラインが下へと伸びているそれは、B.R.A.V.E.スーツという名称らしい。


 Battle Reactive Activate Variable Ether Suit 。

 略してB.R.A.V.E.スーツ。


 世界にはエーテルと呼ばれる力が流れており、その力は人間の体内にも流れている。

 そしてこのスーツは体内のエーテルを活性化させ、身体能力と防御能力を飛躍的に上昇させる装備らしい。

 スーツ自体にも防御性能が備わっており、宇宙空間で息ができていたのも実はこいつのおかげとのことだ。

 

 元の世界では信じられないような、異次元科学。それを纏っているだけで不思議な感覚を得ていた。実際、身体能力が上昇しているのを肌で感じている。


 俺は長椅子の端に座っていたのだが、バサラがドスンという音を立てて隣に座る。


「バサラは確か、ギアトロン人だったよな……科学が発展している惑星の人だっけ」


「ああ。ギアトロン人は体内に秘めたエーテルは少ないが、高い科学力を有している。この船だってスーツだって、作ったのはギアトロン人だ」


 ギアトロン人とは科学が発展している星らしく、そして機械との共存を選んだ人種。

 機械の肉体に改造することを常識としているようだ。

 バサラの右目が機械なのもそれが理由。

 

 俺はバサラの目に視線を注ぎながら会話を続けた。


「肉体を改造してるって言ってたけど、実際どれだけ改造してるんだ?」


「四十九%」


「?」


「改造の限界値。それが四十九%だ。それを超えると人間性を失ってしまうってことで、それを越えた改造は法律で禁止されてんだよ。事故なんかで肉体を失ったなんて理由がない限りはな。ちなみにオレは四肢に右目を機械化してんだ。その分、身体能力は他種族を上回ってるんだぜ」


 自分の右側の上腕二頭筋を叩いてみせるバサラ。

 ガンガンと鉄を叩く音がし、それは真実だと思い知る。


 視線を上げ、逆側の長椅子に座っている美女、アネモネの姿を確認。

 彼女のように耳が尖っている人物が複数人。彼女たちはエンデューラ人。

 エルクラウド人とギアトロン人と比べて高いエーテル数を誇る人種。


 そしてエルクラウド人は、二種族と比べるとバランスのいい肉体をしているらしい。

 エンデューラ人はエーテルの扱いが上手いらしいが、身体能力が低め。

 ギアトロン人は機械の体の分力が強いが、エーテルの力が弱い。

 エルクラウド人はそこそこの身体能力にそこそこのエーテル力を内包しているとこのことだ。


 顔の半分が機械化している女性や、耳が尖っている女性たち。

 宇宙人同士が手を組み、そして王族と戦っているといわけだ。


 俺は俯き、大きく息を吐き出す。

 これから戦争が起こる。

 目を閉じると、周囲の心臓音が聞こえてきた。

 くそ、耳が良過ぎて癇に障る。

 視界を失うと耳に集中してしまい、普段は聞こえないような音まで聞こえてくる始末。

 ゆっくり思案することも許されない。こんな時のために防音ヘッドホンを常備しているのだが……イオの声が聞こえてきた。


「どうした。気分でも悪いのか?」


「あ、いや……耳が良過ぎてな。色んな音が聞こえてくるんだよ」


「音? どんな音だ?」


 俺の前で腕組をしてそう聞いてくるイオ。

 彼女も例外なくB.R.A.V.E.スーツを身に纏っている。


「心臓音。周囲皆のね」


 珍しく眼を丸くするイオ。

 すると彼女は顎に手を当て、神妙な面持ちを見せる。


「そう言えば、王族の心臓音は人間とは異なるらしい」


「そうなのか?」


「ああ。もしかしたら、ここぞの時に役に立つかも知れんな」


 心臓音の聞き分けが役立つって、どんな状況だよ。

 俺が呆れていると、バサラが肩に手を回してきて言ってくる。


「王族の中には、人に化ける奴もいるらしい。あいつらも普段の姿はエルクラウド人と同じだが、別人に成りすます技能を持ってるやつもいるらしいぜ」


「別人になりすます?」


 バサラの表情が真剣なものに代わる。


「ああ。王族、大地だいちのカメルケ」


「カメルケ……大地?」


 イオが「何も知らないのだな」と言った表情を見せつつも、説明を始める。


「王族には階級がある。王を頂点にし、そのすぐ下に四超天しちょうてん。そしてそこから順番に、大天だいてん中天ちゅうてん、 小天しょうてん、大地、中地ちゅうじ 、小地しょうち。普段私たちが相手取っているのは小地。一番戦闘力の低い、いわば雑兵だ」


「雑兵の小地……そのカメルケってのは大地で、それなりの力を持ってるってことか。実際のところ、どれぐらいの戦闘力があるんだ?」


 バサラとイオは同時にため息をつく。


「まだ中地とも戦ったことねえんだよ、オレらは。【ガーディアス】が開発されたのがまだ半年前。ようやく反撃の準備が整ったところだ」


「小地を相手にすることは問題ない。だが中地以上のは戦闘データがないのだ。そして今話に出たカメルケが、惑星ガスルードの責任者なのだ」


 惑星ガスルード――現在、俺たちが向かっている星。

 そこのボスがカメルケというわけだ。


「人の姿に化けるカメルケ。でも心臓音までは誤魔化せはしねえだろ。ヒビキの耳が切り札になるかもな」


「…………」


「それから【マーセナル】。ヒビキにガスルードに来てもらった一番の理由はそれだ。って、昨日話したよな」


 重大な役目を押し付けられたような気がして、俺は気が滅入る。

 まだ自分の力の使い方も分からないのに、どうすればいいのだろう。


 外の景色に視線を向け、気分転換。

 宇宙船の外は、当然ながら宇宙。

 だがその宇宙空間には、機械で造られた動物たちが宇宙船を並走している。


 蜘蛛型の機械、蜂の形をした機械、ガゼル型の機械。 

 それらが宇宙空間を飛んでいるのだ。

 そしてその中で一際目立つ存在が二つあった。

 一つは大型の黒い鳥。

 そしてもう一つは紫色の蝶々型の機械だ。


「【ブラックバード】に【パープルパピヨン】。あれがオレたちの最大戦力。こいつらで抵抗できないようじゃ、この先オレたちに未来はねえ」


「未来……平和を取り戻すための戦いか」


 俺と同じく外の【ガーディアス】に視線を向けているイオとバサラ。

 バサラは俺の言葉を聞き、クククッと押し殺したような笑い声を出す。


「平和か……ま、確かにそういう名目でオレたち三種族は同盟を組んでるけどな」


「名目って……違うのか?」


「ああ、違うね。オレたちが求めているのは【創世の王冠】。それがあればこの世界の王になることができる。現に王冠を手にした王族が、この世界を支配しているだろ? オレたちは皆、それを求めているのさ」


 イオは反論をすることもなく、静かにバサラの話を聞いていた。


「とりあえずの目的は一致している。王族をぶっ倒すこと。その後は王冠を虎視眈々と狙っている、オレたちの戦いになるだろうな」


「世界の平和だけのために我々は戦っているわけではない。自分たちの種族が頂点に立つための戦いでもあるというわけだ」


 エルクラウド人とギアトロン人とエンデューラ人。

 今は協力して王族と戦っているが、いずれはお互いが王冠のために殺し合いをするのか……

 奇妙でありながら絶妙なバランスで成り立っているのが、連合軍なんだ。


「それで、王冠を手に入れたらどうなるんだ? 世界の王になれるってことだけど、具体的には何が起こる?」


「さぁ? 何が起こるか見たわけじゃねえし、オレは知らねえ」


「…………」


 バサラは鼻で笑いながらそう言い、俺から離れて行く。

 イオは何か考えごとをしているのか、無言のまま立ち尽くしていた。


 【創世の王冠】……それを手に入れたらどうなるのか。

 全ての種族が欲し、世界を支配する力……一体どんな物なのか。


「そろそろガスルードに到着する。数分後に降下を開始。戦闘体勢に取りかかれ」


 そんな声が前方から響き渡る。

 周囲の緊張感が増す。

 戦場が刻一刻と近づいているようだ。

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