第6話

 脱衣所にて不意の出逢い。

 ロッカーがいくつも建ち並ぶ、広い空間。奥には扉があり、そちらがシャワールームであろうと安易に予想がつく。

 その扉のすぐ手前に、彼女はいた。


 緑色の髪はロングでストレート。

 背はそれほど高くない。だが胸は大きい。

 その胸に関してだが、我が人生において初めて生で見てしまったことに、大きさも含めて感動すらも覚えている。

 容姿の水準は非常に高く、元の世界で言えば人類すべてと比較しても一、二を争うレベルにあるだろう。


 そんな美人の裸。

 眩暈を覚えるほどの裸体。

 見ているだけで意識が遠のいていくようだ。ああ。すいません。そしてありがとう。


「あの……」


「え、あ……すいません!!」


 俺は顔を赤くして彼女に背を向ける。

 背後で動いている気配はない。気にしている素振りがみえなかった。


「男性……ですよね?」


「はぁ、男性です」


「どの惑星の方ですか?」


「あなたが知らない星から来ました」


「まぁ。素敵。まだ私の知らない惑星があるだなんて」


 手を叩いて喜ぶ気配。

 手を叩くより俺を叩いてくれ。いっそのこと、その方が罪悪感を忘れることができる。


「あなたのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」


「響。四十九院響」


「ヒビキ様ですか。わたくしはアネモネと申します。以後お見知りおきを」


 自己紹介まで始まってしまった。この状況、どうすればよいのか。

 事故だとしても、俺に非があるのは明確。元々この場にいたのはアネモネなのだから。そこに入って来た俺が悪い。


「すいません! とにかく出ます!」


「え? これからシャワーを浴びるのでしょう。一緒に入ればよろしいじゃありませんか」


「は?」


 後ろから自動扉が開く音が聞こえる。

 俺は爆発するような心臓を押さえながら、俺は振り向いた。


「一緒に入りましょう」


 アネモネの美しい背中。傷一つない陶芸のようだ。


 彼女の後姿に見惚れていると、アネモネは気にする素振りも見せずにシャワー室へと入って行く。


「…………」


 どうしたものか。

 ここで逃げ出していいものかどうか……迷うばかりだ。

 俺はふと、一つの可能性に感づく。もしかすると、ここでは男と女の裸の付き合いは当たり前なのかも知れない。

 地球の常識とここでの常識は一致しないと考えるのが妥当な判断だろう。

 裸を見たいわけじゃないけど、号に入れば郷に従え。

 ま、入ったところで人付き合いが苦手だから、これ以上のイベントは起きないのだろうが。


 乾いた笑いを洩らし、俺はシャワーを浴びることにした。

 シャワー室に入ると、数えきれないほどのシャワーが壁に備えられており、区切りはあるものの、アネモネの姿が前方に確認できる。

 右手、手前から五つ目のシャワーだ。

 彼女の胸から足元ぐらいまで見えない。うん。これぐらいなら最悪でも見えてないで通せるだろう。


 俺は左手の一番手前のシャワーを使用する。

 温度は適温。疲れが取れるようで気持ちいい。

 シャンプーの良い香りが漂ってくる。

 チラッとアネモネの方を見る。向こうはシャンプーをしており、頭が泡だらけになっていた。


「ん?」


 アネモネの後ろ姿を見ていると、彼女の耳が尖っていることに気づく。

 イオともバサラとも違う。違う人種……別の惑星の人間か。


「ねえヒビキ。あなたはここにいつ来たのです?」


「つい数時間前だよ。その前はエルクラウドにいたんだけどね」


「へぇ……エルクラウドにですか。あなたはエルクラウド人?」


「俺はアネモネの知らない星から来た人間。エルクラウドは今日まで知らなかったよ」


 背後でシャワーの音が止まる。 

 それからゴシゴシと丹念に体を洗う音が聞こえてきた。


 俺は素早くシャワーを終わらせ、アネモネより先に退室することに。

 これ以上いたら気がおかしくなりそうだ。


「じ、じゃあ、お先に」


「はい。これからよろしくお願いしますね」


「こちらこそ」


 アネモネの方を見ることなく、シャワー室を後にする。

 着替えもさっさと済ませ、脱衣場を脱出するが、ここで困ったことが発生した。


「……どこに行けばいいんだ」


 廊下を歩いている女性が数名。

 仕方がない。ここは彼女らに聞くしかなかろう。

 俺は勇気を振り絞り、女性に声をかけることにした。

 ナンパでもしている感覚。そんなつもりはないんだけどな。


「あのさ……バサラかイオのいる場所、教えてくれない?」


「バサラ隊長とイオなら、作戦室にいるんじゃないかしら。作戦室には――」


 男である俺に警戒心を抱いているのだろう。だが親切丁寧にその女性は、作戦室の場所を教えてくれた。

 教えられたルートを辿ってみると、覚えのある道。エレベーターに乗り、また廊下を進む。

 作戦室は、バサラと会話をしていた場所だ。


 俺はノックをし、再び作戦室へと足を踏み入れる。

 そこにはバサラとイオ、それからリューがおり、リューはバサラの足元で眠っているようだった。


「スッキリしたようだな。これ、着替えだ」


 バサラが俺に服を手渡してくる。

 俺はそれを受け取りつつ、さっきあった出来事を報告することに。


「ああ、そうだったのか。わりぃな。アネモネがシャワーを浴びてるとは思ってなくてな。でもそれはアネモネが悪いと思うんだよ、オレは。だってこの時間はシャワー室を使用していないはずだからな」


「そ、そうなの? 後もう一つ確認したいんだけど、この世界じゃ、男と女が一緒にシャワーを浴びるのか?」


「へぇ。あんたがいた世界じゃ、面白い風習があるんだな」


「いや、無いから! いや、厳密にはあるか……」


 混浴なるものが存在するのはするが、常識なんかじゃない。

 しかし、バサラの様子からすれば、この世界でも混浴などは常識ってわけじゃないんだな。


「あのアネモネって人、気にしてないように見えたけど」


「あいつはどこか抜けてるところがあるからな。でもああいうちょっと抜けてるところに異性は弱いんだろ?」


「好みもあると思うけど」


 バサラは豪快に笑っているが、一緒にいたイオは笑っていない。

 イオもバサラと同じく、服装が変っている。

 黒いマントを羽織っており、その下にはショートパンツを履いているのが見えた。

 肉付きのよい太腿。しかし彼女の左足には包帯が巻いてある。

 それに左腕にも包帯が巻かれており、左の手足がどうなっているのか確認できない状態。

 動きやすそうなピッタリとした服。胸はあるほうなのだろう。その豊満な高原は人の目を引き付ける。


 イオは俺の視線を感じてはいるはずなのだが、意に介さず口を開いた。


「ヒビキ。お前に頼みがある」


「頼み? 痛いことと、さっきみたいなトラブルみたいなのは御免だけど」


「ある意味じゃ、もっと悲惨なことになるかもな」


 バサラの冗談のような冗談ではない言葉。

 彼女は真剣な表情で俺を見ていた。


「明日、オレたちと一緒に行ってほしい場所がある」


「まさか……エルクラウド?」


「違う。我々が明日向かう場所は――惑星ガスルード」


 イオが何かを操作しながらそう言うと、前面のモニターに、立体型の情報が映し出される。

 それはこの辺り一帯の情報らしく、いくつかの惑星が表示されていた。

 文字も書いてあるが……見たこともない。

 しかし不思議なことに、意味は理解できる。

 軽い戸惑いを覚えながらも、イオの話を聞くことにした。


「惑星ガスルード。ここから少し離れた場所にある惑星。元々は自然豊かなところで、のどかな星だった」


「だった? 過去形なのか」


「ああ。惑星ガスルードはすでに王族に支配された星。私たちはその惑星に降り立ち、作戦行動を取る」


「その作戦行動に、俺に付き合えと」


「ああ。そういうことだ」

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