第5話

 真っ白な部屋に通された俺。

 周囲には見慣れない機械ばかり。イメージは病院の中のような、そんな作り。

 立ちながら入るタイプのMRIのような機械に入れられ、俺は全身をくまなくチェックされる。

 リューも一応同じように検査を受け、俺たちが完全に王族ではないことを知ってもらえた。

 検査室のベッドに座る俺を、監視するかのように視線を向けてくるイオ。

 女医らしき女性に体を触られながら、イオの冷たい瞳に緊張していた。


「問題無いわ……でもだからこそ大問題」


「大問題?」


 女医はかけていた眼鏡をはずし、フーッと息を吐き出す。その姿が艶めかしく、色気を感じてしまう。


「健康な人間はこの世界には誰一人としていない。なのにあなたは驚くほど健康体で……こんなおかしなことがあるかしら?」


「さっきもあのバサラって人が言ってたな」


「貴様、ヒビキと言ったな」


 俺を見据えるイオの声。感情は感じられない。まるで機械やAIとでも話している気分。


「ああ。あんたはイオだろ」


「ヒビキはエルクラドから来たと言っていたが……本当はどこから来たのだ?」


「エルクラウドから来たというのは本当さ。でも、気が付いたらエルクラウドにいた。それで逃がしてもらってここに来たってわけさ」


 顔色を一つと変えることなく、イオは続ける。


「気が付いたらか……それ以前は?」


「さっき言ったように、地球さ。そして俺の憶測だけれど、俺は別の世界に来てしまったんだ」


「別の世界?」


 イオの右目がピクッと反応する。想定外の答えに驚いたのか、あるいは呆れているのか。どちらにしても俺の話の先が気になる御様子。


「ああ。誰も地球を知らないって言うし、俺がいた地球では宇宙に出る技術はあったけど、別の惑星に行くほどの科学力は無かった。それに、宇宙人とのコンタクトもなかったから」


「……信じがたい話ではあるが、嘘をついているようにも思えないな」


「その話が本当だとしたら……多分、君の言っていることは真実なのだろう。それなら、君の現状にも説明がつく。でももう一つの可能性だってあるわ」


 女医が口を開き、人差し指を立てる。

 もう一つの可能性とは何だろう。


「もう一つの可能性。それは、君が遠い場所から来たという可能性。別の世界ではなく、何かに巻き込まれてエルクラウドにやって来た。それもあり得る話よね」


「否定はできない。十分可能性のある話だ」


 別の世界から来た可能性も、ここから遠くにある地球からやってきた可能性だってある。

 だがそのどちらかを確認する術だけはない。これだけは確定しているのだ。


 自分がどこにいるか分からない。迷子の気分。

 家の帰り道が分からないのが一番辛いところだな。

 

 そんな思案をしている時、俺はふとあることを思い出す。


「ああ、そうだ。【マーセナル】って分かる?」


「【マーセナル】だと?」


 イオが一歩俺に近づく。

 聞いてはいけない話題だったのだろうか。少しお怒りしているような、そんな雰囲気に見える。


「あ、ああ……消えた女の子が教えてくれたんだ。俺の力の正体は【マーセナル】だって」


「…………」


 暇を感じているのか、パタパタと頭上を飛びだすリュー。 

 リューの羽音以外は聞こえてこない。イオも女医も、絶句しているようだ。

 何か地雷でも踏んでしまったか?


「【マーセナル】……確かにそう言ったんだな」


「あ、ああ」


「……もう一度ついて来てくれ」


 イオが入り口に近づくと、自動で扉が開く。

 俺はペコッと女医に頭を下げ、リューを抱いて外へ出る。


「なあ、そんなマズいことなのか、【マーセナル】って」


「マズくはない。だがヒビキの健康体以上に、信じられないことなんだ」


「信じられないこと?」


「ああ。【マーセナル】は、全てのエルクラウド人が所持していた力。その能力は百人百様。凄まじいパワーを発揮していたと耳にする」


「耳にする? 聞いたことあるだけ?」


 噂程度なのだろうか。彼女の言葉から、実際に見たことはないと断定する俺。


「ああ。私もエルクラウド人だが……その力は無い。【マーセナル】の力を発揮できたのは昔の話。今は誰もその力を扱うことができない」


「そ、そんな力を、俺が?」


 エルクラウドなんて、ここに来るまでその存在まで知らなかった。なのにそのエルクラウドにあった力を俺が使えるなんて……混乱するばかり。また疑問が増えてしまう。もう際限なく知らないことが増えていくな。


 その後イオは口を閉じ、黙って廊下を突き進む。

 用途の分からない装置や、数々の扉が備えられている廊下。

 通路は枝分かれしている様子だが、道は覚えていない。イオとはぐれたら入り口さえも分からないぞ。

 俺は彼女とはぐれまいと、急ぎ足でイオの背後につく。そしてイオは俺をとある部屋まで俺を先導した。


「バサラ。入るぞ」


 返事を待つことなく、イオは部屋に入る。

 自動扉が開くと、中は作戦会議室のような部屋。

 いつくもの椅子が備え付けられており、入って右手には大きなモニターがある。


「どうした、イオ」


「…………」


 イオはバサラに近づき、彼女の耳元で何かを伝えていた。

 リューを手放してやると、やつは俺の足元でウトウトし始める。


「……そんなバカな。【マーセナル】なんて、おとぎ話なんだろ?」


「どうなのだろう。エルクラウドでは実際に使っていたとは聞いたことがあるが……」


 バサラは首を振ると、こちらに興味を持ったのか、俺の前へと接近してきた。

 その大きさに驚きはするが、しかし敵意は感じられない。

 俺は至極冷静に対応する。


「ど、どうしたんだよ?」


「ふむ……」


 何か思うところがあったのか、顎に手を当て思案顔のバサラ。

 そう言えば、バサラの服装が変っている。

 パンツにロングコートという、色気もへったくれもない服装。でも彼女らしさはあると思う。


「お前、人付き合いが苦手なのか?」


「うっ……」


 俺は視線を泳がせる。得意ではないのは重々承知。

 でも無視するわけにもいかないし、会話は続けなければいけない。

 元の世界では孤立していて、人と接する必要も無かったから楽だったなと、元いた場所のことに想いを馳せる。


「まぁいい。それより、その【マーセナル】の力を見せてくれないか?」


「見せろと言われてもな……一度出せただけで、どうやって使うか分からないんだ」


 俺は自分が力を振るった時のことを、二人に説明する。

 バサラとイオは思案顔をして俺の顔に目を向けていた。


「光か……オレらの技術じゃねえし、エンデューラの魔術ってわけでもなさそうだな」


「かと言って、【マーセナル】と決めつけるのは早計ではないか?」


「だな」


 バサラは会話を切るように肩を竦め、はははっと笑ってみせた。


「詳しい話は後にしようぜ。今はヒビキも疲れてるだろ」


「あ、ああ」


「よし。まずはシャワーでも浴びてこい。服、泥だらけだしな」


 自分の服に視線を下ろす。

 エルクラウドで逃げ回ったからだろう。バサラの言う通り泥だらけになっていた。

 こんなことにも気づけないほど色んなことが起こっている。その状況に辟易するも、抜け出すこともできないだろうと諦めの境地にいたる。


「シャワー室へはオレが案内する。イオは少し待っててくれ」


「ああ。後は頼む」


 バサラたちと部屋を出ると、イオは右手に、バサラと俺は左手へと進んで行く。

 それからエレベータ―に乗って、別のフロアへ移動し、似たような道を進む。


「ほら。ここがシャワー室だ。入ってこい」


「ありがとう」


 開いた自動扉をくぐり、背中で扉が閉まる音を聞く。

 

「はぁ……疲れた」


 ドッと疲れが襲いくる。

 俺は怠い体を引きずるようにして、奧へ進む。


「あれ……どなたですか?」


「へ?」


 奥へ進んだはいいが――そこにはシャワーに入るろうとする美女の姿があった。それも裸でだ。

 なんで? どうして? 裸の女が?

 突然のことに思考が停止し、俺は彼女の綺麗な裸に釘付けとなっていた。

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