第8話

 これから何が起こるか分からない。 

 想定外のことが発生する可能性を加味し、俺はスーツの首元にあるボタンを押した。

 すると首元辺りから生えるようにして、ヘルメットが生じる。

 バイクのヘルメットよりは少々小さいぐらいだろう。視界は悪くない。前に関しては完全に見える。

 首元にヘッドホンを付け、俺は緊張しながら大気圏突入の時を待っていた。


 周囲の女性たちも同じようにヘルメットを装着し、そして船内に衝撃が走る。

 外の景色が赤くなった。どうやら惑星への侵入を開始したようだ。

 【ガーディアス】たちも隕石の如く、一筋の光と化して大気圏に突入していた。


「突入した。だが気を抜くんじゃねえぞ。ここから先は王族のテリトリー。安全なんなねえと考えておけ」


 バサラの声に全員が首肯する。

 俺はリューを抱き抱え、精神を集中するために目を閉じた。

 だがいつも通り、拡張されたように様々な音が耳に飛び込んでくる。


「?」


 そこで俺はとある違和感に気づく。

 数ある心臓音の中に、一つだけリズムの違うものが混じっていた。

 どうなってる……まさか、王族が紛れ込んでいる?


「王族です! すでに多くの敵が待ち構えています!」


「何!? こちらの動きがバレていたってことか……」


 驚きを見せるバサラ。

 敵の姿は船内からは確認できない。

 焦る戦士たち。だがイオだけは違った。


「私が先行して前に出る。ハッチを開いてくれ」


 イオはヘルメットを解除し、後ろの扉から出て行ってしまった。


「イオのやつ、どうするつもりだ?」


「やってくれるんだろ。一人でな」


 バサラはニヤリと笑い、イオを見送るのみ。それだけイオの実力を信じているわけだ。


「ったく。エルクラウド人、一人で行かせるわけにはいかないでしょ」


 イオが飛び出し、一人だけ立ち上がる者がいた。

 紫色の長い髪。耳が尖っているのでエンデューラ人であろう。

 蒼い瞳は強さを物語り、ピンク色の唇から出る声は綺麗で耳に残る。

 スーツには紫色のラインが走っており、胸は控えめのようだ。

 だがモデル体型とでもいうのか、スタイルは飛び抜けて良く、彼女の全身に引き付けられる。


 その美女は、イオが出て行った方向へと走って行く。

 

「アルメリア! 油断するんじゃねえぞ」


「愚問ね。そんな隙、私には無いわ」


 口の端を上げ、外へと飛び出すアルメリアと呼ばれた女。

 あの二人はどうやって外に出るのか。そのことが気になってはいたが、答えはすぐわかることとなった。


「飛んでる……いや、あの二人落ちてるぞ!」


 大気圏内にすでに侵入していた宇宙船。二人は船から出て落下している最中だった。

 俺は驚愕しながら二人の落ちる姿を眺めていたが、バサラたちは気にする素振りを見せない。


「あの二人なら問題ないでしょう」


 そう言ったのはアネモネ。穏やかな表情のままで窓の外を眺めている。


「私たちも参りましょう」


「はい!」


 ゆっくりと動き始めたアネモネに続き、他の戦士たちも外へと向かう。

 残ったのはバサラと、ギアトロン人らしき者たち、エルダテック人だ。

 外に向かったのはエンデューラ人だけか。


「オレたちは空中戦が不得意でね。アクロバティックな戦いは、あいつらに任せるよ」


 外に視線を戻す。

 するとイオに【ブラックバード】が近づいて行く様子を視認することができた。

 イオの背中にピッタリとつく【ブラックバード】。そしてそれは変形を開始し、イオに装着されていく。

 

 両手両足に黒き装甲。背中には一文字の大きな翼。

 【ブラックバード】の尻尾が武器に変形しており、それはイオの右手に納まっている。


「あれは……昨日見た機体」


 誰よりも迅く宇宙を駆け巡っていたあの正体は、イオだったのか。

 

 アルメリアには【パープルパピヨン】が接近し、さっきと同じく変形をする。

 背中には幻想的な四枚羽。手足には【ブラックバード】と比べると薄い装甲。

 手には大型のライフルを装着し、とうとう落下は終わり、宙に浮く。


「王族は殲滅する……例外なく皆殺しだ!」


「イオ! 足引っ張んじゃないわよ」


 左右に別れ、前方へ飛翔する二機の【ガーディアス】。

 窓からはここが限界。何も見えないのがじれったい。


「ヒビキ。前なら見えるぜ」


 手招きし、俺をコクピットの方へ招き入れるバサラ。

 コクピットの扉を開き、中へ入る。

 リューも興味があるのか、俺の頭のにチョンと乗っかかってきた。


「始まってる……というか、なんて数だ」


 大多数の敵。これだけの数、イオたちで何とかなるのか?

 ガスルードに来ている宇宙船は五隻。

 全員で迎え撃つなら何とかなるかも知れないが、イオとアルメリアと呼ばれてた女の子だけで戦うのか?


 俺の不安を感じ取ったバサラは、豪快に俺の肩を叩いてきた。


「大丈夫だ。あいつらは強い。量産型しか使えないオレたちなんかよりもよっぽどな」


 バサラはそう言うが、この目で確かめるまでは安心できない。

 心配しながら戦いを観測していると、アルメリアの攻撃から戦闘が始まった。


 敵から距離を取り、遠くから遠距離射撃を始める。

 手にしたライフルから、青い弾丸が火を吹く。

 狙いは当然、王族。

 空を飛んでいた翼が生えた熊の化け物の肉体を容易く貫く。

 その威力に敵一同が唖然。俺も敵と同じく驚きを隠せないでいた。


「30㎜エーテル砲【フレイヤード】。エンデューラ人が扱える大型ライフルだ。オレたちギアトロン人は元より、エルクラウド人にもあれを扱えるのはいねえだろうな」


「扱えない? 相性でもあるのか?」


「エーテル数の問題さ。体内にあるエーテルを操作し、外に充満しているエーテルを扱う。それが魔術って呼ばれるものなんだがな、【ガーディアス】に内蔵されている重火器ってのは、安易に魔術を再現し、簡単な形で放出できる装備なのさ」


「魔術の再現……なら、それはバサラたちにも道具を使えば可能なんじゃないのか?」


 俺は疑問を彼女にぶつける。

 バサラは「まぁ待て」と言いたげに手の平をこちらに向け、話の続きをした。


「あくまで安易に再現できるってだけで、オレたちにはそれが扱えなんだよ。エーテルの量が違うから、あれだけの火力を生み出すだけの力を集められないのさ。そしてアルメリアと【パープルパピヨン】のコンビなら――連続発射も可能だ」


 威力の高い武器を連続で連射できる。

 バサラのその言葉に違わぬ行動を見せるアルメリア。

 彼女は遠距離から着実に化け物たちの数を減らしていく。


「す、すごいな……楽勝じゃないか?」


「ああ。このまま行けば、だけどな」


 油断はできない。バサラの目は緊張感を持ちながら戦いを見据えている。


「イオが敵とぶつかるぜ」


 イオは左手に小型の拳銃を装備しており、それを連続で敵に叩き込んでいる。

 攻撃はそれなりに効いているようだが――アルメリアの攻撃ほどではない。

 彼女は一撃で屠っているが、イオにはそれだけの威力が無いのだろう。


 だがイオは右手にある大型の武器を肩に担ぎ、さらに敵に接近していく。


「あれはイオの武器、【ヴィシュラーナ】。端的に言えば、チェーンソーだな」


 イオの武器が動きを見せた。

 武器が高速回転を始め、黒い刃に赤が灯る。

 それで敵に斬りかかると、接触面から火花が散っていた。

 

 真っ二つになった化け物は、そのまま地面に落下していく。

 そこからイオの凄まじい猛攻が開始する。

 【ヴィシュラーナ】で次々に敵を切り伏せていく。


 イオとアルメリアの猛攻が続く中、アネモネたちが出撃する。

 アネモネたちエンデューラ人が装着している【ガーディアス】は同じ形をしており、蜂型の機体が変形したもののようだ。

 イオたちが装備しているのと基本的な形態は同じらしく、両手と両足に黄色い装甲が武装され、背中には蜂の羽が生えている。

 彼女たちはマシンガンタイプの武装で敵を攻撃し、集団で力を合わせ、一体ずつ撃破していく。

 

 敵の攻撃を回避しつつ、着実に数を減らしていくイオたち。

 このままなら問題ないか。

 俺は安堵のため息をついた。


 しかし。


「なっ――」


 俺たちの乗っている宇宙船に敵が急接近。

 眼前まで迫った王族は、俺たちを殺そうと大口を開いていた。

 このまま――死ぬ?


 世界がスローモーションのようになる。

 開かれた口から放出するエネルギー。

 そして俺たちの船は、たった一匹の化け物に撃墜されるのであった。

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