第1話

 俺の名前は四十九院響つるしげひびき

 高校二年。変哲のない暇な日々を送り、今日も学生服に身を包み学校に向かっていた。

 はずなのだが――


 気が付くと砂漠にいた。

 砂塵によってぼやける景色。その景色はベージュ一色。

 どこまでも砂、砂、砂。

 砂以外に何も見当たらない。

 もちろん、人っ子一人いやしない。

 何もないし誰もいない。なんだここは?

 せめて誰かがいてくれたら、安心なんだけどな……誰か出てきてください。


「リュー」


「!?」


 盲点だった。自分の頭上に、視界の外に、まさかの場所に生き物を発見。

 白い体躯に白い翼。グリーンエメラルドの大きな瞳。

 しかし、十七年という短い人生の中で見たこともない生物。

 若干の緊張感を覚えるも、不思議と死の予感はなかった。


「リュー」


 その生物は『リュー』と高い声で鳴くだけで何もしてこない。

 殺気どころか、好意的な印象を受ける。

 体は小さい。俺の頭より少々大きいぐらいだ。

 俺は安心し、その生き物の頭を撫でてやった。

 硬い感触、でもその中身は柔らかいような気がする。

 よくできたタコ焼きかよ。


「お前……リューでいいな。リューって鳴くから、リューな」


 リューと名付けたそいつ、そして周囲を見渡しながら現状を確認する。

 まず、リューだ。こいつは見たこともない生き物。

 イメージだけで言えば……ドラゴン。

 ただし、サイズは物凄く小さいけれど。

 その愛らしい見た目に、俺はほっこりとする。

 誰もいないこの状況。こいつがいてくれるだけで


 癒され、冷静に状況を判断する。

 砂漠みたいだけど、温度はさほど高くないらしく、少々暑いぐらい。

 視界はそこまで良くなく、仕方なく俺は音に集中することにした。


「……足音?」


 熱を帯びた風の音。

 その風に揺れる砂の音。

 そして、遠くの方に聞こえる、足音のようなもの。

 いや、足音のようなものではない。これは完全に足音だ。


 俺は耳が良い。

 とてつもなく良い。

 あまりに良すぎて、離れた場所のヒソヒソ話まで聞こえてしまうほどだ。

 ある日聞いたヒソヒソ話が、不快にならないものなら良かったのだが……残念ながら、それは俺に対する悪口であった。

 静かすぎてキモいだとか、何考えているか分からないとか。

 それから適当な作り話を言いふらされ、誹謗中傷さえも受けたものだ。

 そんなことを毎日のように聞くので、俺は周囲を避けるようになり、いつの間にかぼっちになっていた。

 ま、元々ぼっちだったのだけれど……今はそれはいい。


 問題は今だ。過去のことは置いておこう。

 とにかく俺は耳が良く、まだ見ぬ何かの足音を捉えていた。

 まるでレーダー探知機で敵影を発見したような気分。

 怖さ半分、嬉しさ半分……と言いたいところだが、今は怖さしかない。

 頼むから良い発見であってほしいものだ。

 足音の数は……四つ。二足歩行の足音が四つ分だ。

 恐らくは人間によるものなのだろうが、この目で見るまでは安心できない。


「助けてくれたらいいんだけどな……」


足音は、こちらに接近している。

確実に。俺のことを認識しているように。

リューを抱きしめ、固唾を飲み込む。


「おい、あれじゃないか?」


「王族……人間か?」


 四人の男性の姿を発見。

 自身の心臓音を聞きながら、引きつった笑みを向ける。


「……人間だな。王族じゃねえ」


「よし。殺すか」


「殺してから、喰うか!」


 男たちは小さな声で怖い事を言う。

 俺は一目散に逃げる。

 相手はこちらを殺すつもりだ。その上、喰うだと!?

 バカなこと言ってんじゃないよ。人を食うなんて、非人道的にも程がある。


「逃げたぞ」


「はぁ……面倒な奴だ。人間が逃げても意味なんてねえのにな」


 俺と並走し、宙を飛ぶリュー。

 背後から声は聞こえるも、足音は聞こえて来ない。

 追って来る気配はないが、逃がすつもりもないのは会話から簡単に推測できる。


「はぁはぁ……なんなんだよ、これは!」


 状況をまだ把握できていないってのに、俺を殺そうとしている男が四人!

 どうにかして逃げ切らなければ。後ろを振り向き、男たちの姿を再確認。

 相手は点になるぐらい小さくなっていた。このままなら……逃げられる?


 一瞬、ホッとため息をつく俺。

 であったが、それは大きな勘違いであった。


「な、な、な……何だよ、あれは!?」


 男たちの体が震える。

 すると奴らの方から、ガラスが割れるような音が聞こえてきた。

 そして男たちの肉体は、大きな変貌を迎える。


 人間であったはずの男たち――それが今は化け物の姿となっていた。

 豚のような外見に、背中には骨でできたような翼。

 声色まで変化し、嫌な笑い声を上げている。


「げへへ……走るのが速い。意外と美味いのかもよ、あの人間」


「だったら――俺が喰わせてもらうぜ!」


 人間の倍ほどの大きさになった化け物が、こちらに一直線で飛んでくる。

 その速度は俺が走る速さの比ではない。

 まるで車が走っているような、そんな速さであった。


「いただきまーす」


「飯を食いたきゃファーストフードでも食ってろよ!」


 豚を醜くしたような顔面を、嬉しそうに歪める化け物。

 風を切る音が耳に届く。

 こんなところで死にたくない。

 すんなりと食われてなるものか。

 俺は正面を向き、背後から迫る音に集中する。


 一気に迫る翼の音。

 それから癪に障る笑い声。

 それらが寸前まで迫ったところを耳で見極め――横に飛ぶ。


「ぶひっ?」


 回避成功!

 ガチッという、化け物が歯を合わせる音が聞こえる。

 完全に俺を食うつもりだったな……化け物の少し呆けた顔が眼前にあった。


 しかし……この場面、どう切り抜ける?

 不安と緊張、それからこんな状況に頭がおかしくなりそうだった。

 そして状況は、さらに悪い方向へと変化する。


「お前は失敗した。次は俺な」


「バカ言ってんじゃねえ。次は俺の番だろ」


「いやいや、俺だろ? そうだろ?」


 四方を化け物に囲まれる俺。

 逃げ道は完全に塞がれた。ピンチなんてもんじゃない。絶体絶命。

 死の香りが漂ってくるようだった。


「くそ……お前らは何だ!?」


「何だ? おめえ、そんなことも知らずにこんなところにいるのか?」


「知ってたらそんなこと聞くか。知らないから聞いてるに決まってるだろ」


 異臭が酷い。

 化け物たちから漂う匂いだ。

 不安な上に不快感まで上昇する。


 ニタニタと笑う化け物たち。

 奴らの嬉しそうに心臓が跳ねるような音が聞こえ、不快感はさらに増す。


「あれこれ言っても仕方ねえ……ここは早い者勝ちってことでどうだ?」


「賛成。なら俺が全部食っちまうか」


 来る! 緊張感が走る。

 もうどうしようもない。

 邪気のないリューの顔をチラ見し、俺は微笑を浮かべた。

 俺が喰われている間に、逃げろよお前。


 死の覚悟をした。

 俺はここで殺されてしまうのだろう。

 覚悟が決まり、死ぬことに対しての恐怖心が薄れていく。

 死ぬのなら、せめてリューを逃がしてやらねば。

 自分の方に引きつけ、リューを奴らから遠ざける。

 化け物たちはリューよりも俺の肉を欲しているようだ。

 どちらかと言えば、リューの方が美味いのではないかと思案するが……どうでもいい。


俺は、リューとは逆方向へと走る。


「このまま素直に食われてやるつもりはない! 食いたきゃ捉えてみろよ。これは狩りだろ!」


「げへへへ」


 一斉に飛び掛かる化け物たち。

 初速が想像以上で、逃げられるものではない。

 これは完全に死んだ。

 どうなってるんだ、俺の人生は。 

 楽しいことなんて一つもなくて、いきなりこんな場所に放り込まれて。


 俺は生を諦め、ギュッと目を閉じた。

 それと同時に、女性特有の甘い香りが鼻孔に侵入する。


「お主はこんなところで死ぬ運命にない。お主は――この世界を救う宿命があるのじゃからな」


 化け物のうちの一匹の肉体が、二つに分断される。

 俺を食おうと眼前に迫っていた化け物。

 その肉体が、俺を避けるように左右へと倒れた。


 何が起きたんだ?

 他の化け物たちの視線を独占する姿。

 俺も同じように、その方に視線を向けた。


 するとそこにあったのは――茶色いフードをかぶった女性の姿。

 彼女の黄金色の瞳と目が合い、その美しさに、俺は心を奪われた。

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