第2話

「お主たちを殺したくはない。じゃが、この者を譲れと言っても譲ってはくれないじゃろ?」


「譲ってやるよ? てめえの命を差し出せばな!」


 仲間の死を垣間見、化け物たちの目が血走る。示し合わせたかのように、勢いよく一斉に女の方へと飛び出す。

 

 女は一度嘆息し、手にしていた刃を振り、血を落とす。

 彼女が持っていた銀色の刃。それはまごうことなき日本刀であった。

 片刃の刃に黒い鍔。特殊な模様の柄。

 彼女と、彼女の持つ刀は異様な魅力を発しているように思え、俺は息を飲む。


「はぁあああああああ!!」


 女の右側から襲い来る化け物。

 彼女の全身を覆うフード付きのコート。それをなびかせながら女は敵の攻撃を避けてみせる。

 コートの動き以外は静かなものであった。静かに行動し、敵の横側につく。


「――っ」


 持ち上げるように、上段に刀を振るう。 

 敵の胴体をその一撃で切り裂く。

 豆腐に刃を通すように、音も無く、躊躇無く、抵抗無く。


 真っ二つになった化け物は、彼女の頭上で血の雨を降らせた。

 生き残っている化け物はさらに激昂し、加速して彼女へと接近する。



「ワシらを見逃してくれるなら、お主らの命を奪うつもりはない」


「見逃すか! てめえはこのまま地獄行きだ!」


「そうか。ならば容赦はせん。地獄に行くのは貴様の方じゃ」


 化け物は女の眼前まで迫る。

 俺は硬直したまま、その様子を眺めていた。

 女は恐ろしいほどまで落ち着いた様子で、くるりとその場で一回転する。

 横回転する彼女。手にある日本刀が怪しい光を放つ。


 スパッという音と共に、化け物の頭部が地面に落ちる。

 凄まじい速度で敵の頭を切り離したのだ。


 何という速度。何という強さ。何という美しさ。


 俺は呆けた表情で彼女の攻撃を視認する。


「くっ……」


 最後の一匹。化け物が急ブレーキ。

 猛スピードで駆けていたが、一気に減速し、女を警戒する。

 勝てないと悟ったのだろう。

 だが仲間たちの仇を打たないわけにはいかない。

 逃げるつもりもなければ、死ぬつもりもない。

 敵の表情から、そんな意思を感じ取れた。


「そうだ……」


「え?」


 敵の視線がこちらに向く。

 心臓が飛び跳ね、緊張感が走る。だが身動きは取れない。

 俺は完全に委縮し、足に釘を刺されたかのように、動けなかった。


 化け物は骨の翼をはためかせながら、俺の背後につく。

 その腕の太さ、身体の大きさ、そして異臭に俺は吐き気を催す。


 女はゆっくりと俺たちの方へ向き、嘆息を漏らす。


「おい……こいつを殺されたくなければ俺を見逃せ」


 化け物は低い声でそんなことを放つ。

 女は元々、こいつらを殺すつもりはない。

 だから逃げるだけなら可能なはずだ。

 だが俺を人質として取ったところを見れば、やはり彼女を殺すつもりであろう。


「熱い抱擁を受けているみたいじゃな」


「羨ましいなら、変わってやるけど」


「いらんわ。ワシの好みではない、そやつはの」


 化け物は俺の体を抱き抱えながら、彼女へと近づいていく。

 彼女との距離を殺し、襲うつもりだな。

 俺はバクバクする心臓音を聞きながら、敵の動きに注視する。


「動くなよ……動いたらこいつを殺す」


「分かった分かった。動きはせん」


 人質作戦は成功。

 そう解釈したのか、化け物は口角を醜く上げる。


「こいつに死んでほしくないのなら……その剣を手放せ」


 女は一度肩を竦め、それから躊躇なく刀を足元に落とす。

 これで武器は失った。

 武器を持たない彼女では、流石にこの化け物を倒すことは不可能である。

 彼女は殺されるし、当然俺も殺されるんだろうな。

 絶望と不安交じり合い、胸の中を駆け巡る。



 武器を手放し、敵は勝機を悟ったかのように一気に駆け出す。

 俺の体を持ち上げての加速。だが何も持っていないかのような速度。


「バカな女め! そんなにこの男が大事か!?」


「ああ。大事じゃ。そやつはこの世界の希望そのものなのじゃからな」


 女は真っ直ぐにこちらを見据え、真っ直ぐにそう告げた。

 そこまで言ってもらって悪いのだが、俺はそんなことを言ってもらえるような人間じゃない。

 友人らしい友人もおらず、何の力も持っておらず、ここで死んでいくような男だ。

 彼女が死ねば、俺も間もなくあの世行き。

 覚悟なんてできないし、納得できないがそれが現実だ。


 だが彼女は続ける。真実を語るかのように。


「お主には力があるはずじゃ。その男を倒すことなど容易いほどの力がな」


「そんな力があれば、あんたに助けに入ってもらう状況になるかよ!」


「それはお主がまだ知らなんだけじゃ。お主に秘められた凄まじい力にの」


 彼女の黄金色の瞳が、迷うことなく俺の瞳を見つめている。


「信じるのじゃ、お主自身を。信じるのじゃ、お主の運命を!」


「信じる……?」


 自分を信じ、運命を信じる?

 こんなところで死ぬ運命にない。さきほどの彼女の言葉が、頭の中に蘇る。

 

 俺は……死にたくない!

 こんな場所で死んでたまるか。何も知らずに死んでたまるか。こんな化け物に――殺されてたまるか!


 自分の胸の中が熱くなる。

 絶望を希望に変え、不安を勇気に変化させ。

 そして自身の胸の熱さを放出するかのように、腕を振り上げる。


「なっ――」


 俺の手から光が生じる。

 その光は化け物を飲み込み、奴の肉体が消滅していく。

 粒子と化し、光の中へ溶けだす。

 光は天を突き、そしてゆっくりとその存在が消えていく。


「はぁ……はぁ……」


 何が起きたんだ?

 自分の手から光が発生して、敵が消えて……自分自身で起こした現象なのだろうが、把握しきれず困惑するばかり。


「リュー」


「リュー……いつの間に」


 パタパタという音に上を向く俺。

 リューが俺の頭上に浮き、愛らしい表情をこちらに向けている。


「やはり、ワシの目に狂いは無かったようじゃな」


 女は微笑を浮かべ、地面に落ちる刀を拾い上げ、コートの中の鞘へと納める。


「さて。では行くとするか」


「行くって、どこに? というか、ここはどこだ? それにあんたは……」


「説明はしてやる。じゃがいつまでもこんな場所にはおれん。追っ手が来るぞ」


「それは怖いな……」


「じゃろ。じゃからさっさと逃げるぞ」


 女は駆け出す。だが追いつけない速さではない。

 俺が付いて行けるように、ある程度手を抜いてくれているのだろう。

 俺は彼女の横を並走し、砂漠の中を駆ける。



「ワシはミカ。お主の名前は?」


「ミカ……俺は四十九院響」


 彼女は俺の名前を聞き、小さく「響か」と漏らし、そのまま続ける。


「ここはエルクラウド……見ての通り、人の住みやすい所ではない」


「エルクラウド……地球じゃないんだな」


 俺の言葉に、ミカと名乗った彼女の口元がピクッと反応する。

 日本はおろか、地球ではないと思っていたが……エルクラウドとな。

 どんな世界で、どんな生き物がいて、どんな生活をしているのか。

 聞きたいことは山ほどあるが、今はそんな余裕はない。

 彼女の横を走るのは、息が切れる。

 とにかく生き延びることが先決。今は必死で走るのだ。


「色々聞きたいという顔をしておるが……まずはお主を連れて行かねばならぬ場所がある」


「連れていかないといけない場所!?」


 ひーひー言いながら、俺はそう聞き返す。

 丁度その時、彼女のフードがはだけ、ミカの露わになる。

 美しく絹のような長い黒髪。大きな瞳は引力が発生しているかのように、飲み込まれそうなほどの魅力を発している。

 桃色の唇の片頬を上げ、そして彼女は上空を指す。


「上……ソラ?」


 ミカは「ああ」と言い、クスリと笑う。


「そうじゃ、その通りじゃ」


 俺が視線を上に向けると、ミカは楽しそうに告げる。


宇宙そらじゃ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る