6日目:Ⅲ 唯我、宝を探す。

「ここが宝島っすね。」


 真っ先に梯子から降りた湊は、砂浜に着地した。小さな島を囲む白い砂浜の奥には深い森が広がっている。あの奥に、何かの宝があるようだ。


「じゃあ、行こ!」


 頼果は森に向かって走り出した。湊も後に続いて走り出す。


「ちょっと待ってください、こういう森には猛獣とか、大蛇とかがいるかもしれません。慎重に…。」


 圭が声を掛けるも、二人は既に森の中に入ってしまっている。全く、慌ただしい奴らだ。俺達も向かうか。


「ほら、降りて。武器は没収。私たちと一緒に来なさい。」


 伊織が白山岩男とその手下の海賊達を引き連れて来た。いつの間にか完全に従えてしまっている。俺は歩きながら考えた。一人だったら、こんな場所になど来ていなかったかもしれない。皆の言う通り、仲間や友達というものは、いた方がいいのかもしれないな。これまで俺は、そういう物を必要としてこなかったし、むしろ知らなかった。いらないと思い込んでいた。


 そう思えば、偶然この世界に迷い込んでその大切さに気付くことが出来たのは、案外悪いことでは無いように思えた。だから後は帰るだけだ、元の世界に。迫り来るように腕を広げる深い森に俺は足を踏み入れた。


  ○ ○ ○


「あーあ、楽しくなって来そうだなぁ。ほんとに楽しくなりそう。」


 ウキウキとそう言ったのは、兎のお面を被った人影だった。


「一体どうしたんだい?」


 パンダのお面を被った人影が尋ねた。


「こいつを配ったのさ。」


 兎は、パンダの顔の前で一枚の地図をヒラヒラとさせた。


「これは、閻魔の武器の地図…、お前、なんてことを!」


 現れた虎のお面を被った男が、兎から地図を奪い上げた。


「いいじゃーん、別に。楽しくなりそうでしょ?」


「楽しくなるって、お前、ふざけているのか?閻魔の武器は参加者が持っていい代物じゃない。」


 虎は怒り、地図を地面に叩き付けた。パンダは何も言わずにただ黙っている。


「でもさ、これを使えば日野唯我にも勝てるかもしれないんだよ。何であんたがそんなに日野唯我を敵視してるのかは分からないけどさ。」


 相変わらず軽い口調で兎は言う。


「でも、閻魔の武器は選ばれし者しか使えないんじゃ…?地図を配った所で、どうせ使えないんだから…」


 パンダが恐る恐る聞いた。


「いやいや、それが違うんだよね。炎の刀は特別で、選ばれし者以外が使うと火が出てくるから別なんだけど、他の武器は誰でも使えるんだよ。まあ、相性の良し悪しはあるけどさ。強豪の競合って、楽しそうでしょ?」


「下らないオヤジギャグはやめろ。だが確かに、日野唯我一強の状況を崩せるなら…。」


 虎は呟いた。


「なんでそんなに日野唯我に固執するんですか?」


 パンダが尋ねた。


「あいつは他の奴らとは別格だ。我々管理者にとって脅威となる可能性がある。」


「だから、他の奴に力を与えて日野唯我を抑えるってこと。不和龍一郎とか、摩乃秀とか、強い候補はいるんだから。何事も楽しくなきゃ。望月頼果とかも、推せますよ。暗い過去抱えてるっぽいし~。」


 兎は軽く言った。


「案外、いいアイデアかもしれないな。ただ、閻魔の武器を五つとも解放するのだけは避けろ。あれが五つ集まるとマズい。」


「そうだよね~。」


 兎はやはり軽く流すと、どこかへ消えてしまった。虎とパンダは顔を見合わせた。


「全く、能天気な奴だ。楽しければ何でもいいと思ってやがる。」


「そうですね…。」


 パンダはそっと頷いた。


  ○ ○ ○


「ねえ、あれ見てよ。」


 伊織が指差した先を見ると、うっそうと茂った木々の奥に、青緑色の湖が広がっていた。俺達は茂みをかき分けて進む。


「凄い、めちゃめちゃ綺麗…。」


 湊が感嘆して言った。深い森の中にポツンと、美しいエメラルドグリーンの湖が広がっていたのだ。


「あ、あれは…。」


 圭が呟いた。見ると、湖の奥で白いしぶきを上げて流れ落ちている滝の傍に、何か宝箱のような物がある。


「わかるよ、ああいうのって絶対強化アイテムなんっすよね。取りに行くしか無いっしょ!」


「でも、あそこまでどうやって行くの?」


 頼果の言った通りだ。滝の裏、ここから湖の反対側までは十から二十メートル程はある。とてもじゃないが、手を伸ばして届く距離では無い。滝の傍には崖がせり出していて、陸からは到底近づけそうにない。


「泳いだら?」


 伊織が脳筋的な回答をした。


「危ないですよ、ワニとか、ピラニアとかが居たらどうするんです⁉」


 圭、お前、体は大きくて力も強いけど、意外と心配性だったんだな…。だが、圭の言うことも一理ある。それに、宝箱の中身が濡れたらいけない物だった場合、それを泳いで持って帰るのは無理だ。その時、俺はふと思い出した。


「海賊船にボートがあっただろ、それを持って来ればいい。」


「いいじゃん、じゃあ一旦戻ろ!」


 頼果が船に向かって走り出した。俺達も後を追う。だが、俺達は全く気づいていなかった。森林の中に潜み、こちらの様子をじっと覗っている人影には。


  ○ ○ ○


「あの宝箱、何が入ってるんだろ。気になるなぁ。」


 ボートを担ぎながら頼果が呟いた。


「無人島の宝箱と言えば、金貨じゃない?」


 伊織が言った。


「チッチッチ、分かってないな。こういうのは絶対、伝説のアイテムなんっすよ。」


 相変わらず湊は、アイテム説を推している。ゲームのやりすぎだ。


「新しい宝の地図、とか…?」


「ちょっと圭、変なこと言わないでよ。もしホントにそうだったらどうするの?嫌すぎるって。早くお宝欲しいよぉ。」


 重いボートを皆で担ぎ、俺達はさっき引き返してきた道を辿って行く。その時、左側の森の中から、ガサゴソと音が聞こえた気がした。左を見てみたが、特に何も見えない。


「今、何か音が聞こえなかったか?」


 俺は前にいる圭に聞いた。


「いや、特に何も聞こえなかったと思いますけど…。」


 じゃあ、気のせいか…?だが、確かに…。


「あ、見えて来たよ、湖。」


 先頭にいた伊織が言った。さっきのエメラルドグリーンの湖だ。


「よし、じゃあ僕と唯我さんで行きましょう。僕が漕ぐんで、唯我さんが宝箱を取ってください。」


 そう言って圭は、ボートを湖岸に置いた。


「ねえ、ちょっと待って、宝箱無くない?」


 頼果がボソッと呟いた。見ると、確かにさっきまで在ったはずの宝箱が消えている。


「ちょっと様子を見てくる。」


 俺と圭はボートに乗り込み、滝を目指した。やはり宝箱は無い。滝の裏をのぞいてみたが、結果は変わらなかった。


「一体、どうなっているんだろう、もしかして、時間制限があったとか?」


 湊は首を傾げた。


「私たちがここを離れていた間に、誰かが取った可能性もあるよ。」


 伊織の言葉に、俺はハッとした。さっきの物音、まさか…。そして叫ぶ。


「急いで行くぞ、海岸に戻れ!」


  ○ ○ ○


 俺達五人は、ボートを砂浜に投げ出してその場に座り込んだ。


「もう無理、限界。」


 息も絶え絶えになった伊織は、砂浜に倒れ込んだ。他の三人も同じようにしている。


「遅かったか…。」


 俺はその場に座って海を眺めていた。


「ねえ、何があったの?何で走ったの?」


 頼果が尋ねた。


「白山岩男達がいないだろ?」


 俺は辺りを見渡して言った。


「え、ほんとだ、全然気づかなかった。」


 頼果は驚いた様子で声を上げた。


「あいつらが先回りしたのか…。」


 湊は悔しそうに唸った。


「でも、さっきボートを取りに来た時は、まだここにいたよ。それに丈夫な縄できつく縛ったから、逃げられないと思うんだけど…。」


 伊織が言った。それもそうだ。だとしたら、考えられるのは一つ。


「他に協力者がいたのか…。」


 四人は一斉にこちらを向いた。


「誰かはまだ分からない。とにかく、一旦帰るぞ。」


 嫌な予感がする。白山岩男は俺のことを知っていて攻撃してきた。俺のことは虎のお面から聞いたと言っていた。虎は俺と敵対する存在なのか?そして、俺と敵対する白山岩男を助けたのは一体誰なんだ…?


 そしてあの宝箱、宝の地図は兎のお面から貰ったらしい。管理者から渡された宝というなら、かなり重要な物の可能性が高い。


 つまり、俺と敵対する誰かが、重要なものを手に入れたということだ。簡単に言えば、ライバルのパワーアップ。誰かはまだ分からない。だがそんなこと関係ない。俺は必ず頂点に立つ。そして、必ず元の世界に帰ってやる。拳を握り締めて船に乗り込んだ。日は傾き、足元からは長い影が伸びていた。

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