7章 不穏な宝、月の記憶
6日目:Ⅱ 唯我、海賊の船を奪う。
俺達五人は港町にやって来た。あの意味不明な形の城から少し東に歩いた所に海がある。波の穏やかな砂浜が広がる海岸の近くには、村が広がっていた。港町と言っても大きいものではなく、城から続く街道付近に小さな建物が点在する漁村のようなものだ。波止場には幾つかの小さな木製の船が泊まっている。
「これからどこに行くの?」
頼果が俺に尋ねた。
「航路を開拓する。海岸線に沿って進み、地形を把握する。ずっと言っているだろ?地理感覚を付けておけば、後々絶対に役に立つ。」
「ふーん、それで船に乗って行くってこと?」
「ああ。ずっと歩くのも疲れるだろ?このまま南へ行けば黄金の国に着く。取り敢えず、そこまで向かうつもりだ。」
「その後は、まだ行ったことの無い場所に行く、ってことっすね?」
湊が言った。
「ああ。黄金の国のさらに南に行ってもいいし、逆にここから北に行ってもいい。」
「あのさ、今更なんだけど、なんで北とか南とか分かるの?あのクルクル回るやつも無いのにさ。」
頼果の言葉に、一同は呆然とした。
「頼果さん、それは僕でも分かりますよ…。太陽が昇るのが東、沈むのが西ですよ。」
「そうそう、クルクル回るやつって、もしかして方位磁石のこと?語彙力が…。」
普段真面目な圭や伊織でさえも呆れている。だが本人は全く気にしていないようだ。
「あ、そうそう、方位磁石。忘れてた~!」
全く、こいつは大丈夫なんだろうか。
○ ○ ○
「あの、ちょっといいっすか?」
波に揺られながら湊が言った。
「どうした?」
「なんでこんなにボロい船なんっす⁉これじゃあ折角大金持ちになったのに、意味ないじゃないっすか。」
札束のかわりにオールを持ちながら湊は嘆いた。
「そうそう、まだマシな船あったんじゃないの?か弱いヒロインに船を漕がせるなんて、扱い雑すぎ。」
つられて頼果まで愚痴を吐き始めた。
「黙ってろ、方位磁石も思い出せなかったくせに。ほら、圭と伊織を見てみろよ。ちゃんと漕いでるぞ。」
「自分は漕いでないくせに、よくそんなこと言えますねぇ。地図作り、なんて言って逃げてるんじゃないの!」
「頼果、お前、ほんとにうるさい奴だな。だったらお前が地図描くか?正確に描くんだぞ。ほら。」
俺は頼果に紙と鉛筆を手渡した。
「いいよ、頼果、絵上手いし…」
自信満々で俺から描きかけの地図を奪い取った頼果の顔から、一気に自信の色が薄れていった。
「残念だったな。俺は絵も上手いんだよ。」
「ちくしょうっ、なんでよ!」
渋い顔をして頼果は地図と鉛筆を返して来た。そして小さなボートから身を乗り出し、海に指を突っ込み始めた。
「一々拗ねんな、ほら、漕げ。」
そう言った時だ。突然辺りが暗くなった。何か大きな物の影に入ったみたいに。直後、ドシンと大きな音が響き、俺達の船は大きく揺れた。
「ちょ、何?」
「大変です、ほら、デカい船!」
見ると、大きな木造の船が、俺達の小舟のすぐ傍に浮かんでいた。
「なんだ、喧嘩を売ってるのか?こっちには無敵の唯我さんがいるんだぞ!」
大声で湊が叫ぶ。お前の方がよっぽど喧嘩を売っているように見える。
「そうか、お前らが日野唯我とその仲間か。無敵だかどうだか知らねえが丁度いい、倒してやる!」
大きな船の上の方から声だけが聞こえた。そして直後、上から四角い木箱が投げられてきた。
「危ない、避けろ!」
木箱は俺達の船の端にぶつかり、船はバランスを失って転覆した。俺達は海に投げ出された。
「ああ、僕の札束がぁ~。」
湊の胸ポケットから落ちた、濡れたお札が海面に漂っている。
「え、めっちゃ服濡れた、最悪ぅ。」
頼果が言った。
「クラゲに刺されたらどうしよう、サメに襲われたらどうしよう、大変だ、早く海から出ないと!」
圭は大慌てでもがいている。お前、意外とビビりだな。
「ちょっと、今は、あの船何って反応する時でしょ?反応おかしいって。」
伊織、今はツッコまなくていいんだよ。
「唯我もなんでそんな余裕にしてるの?リーダーなんだからパニックになってる仲間を助けなさいよ!」
「知るかよ、溺れてないんだから大丈夫だろ。伊織、船をひっくり返すから手伝え。」
「どうだ、思い知ったか!」
船の上から声がした。誰かが顔を覗かせている。
「なんで船をひっくり返したんだよ!僕の札束をどうしてくれるんだ!」
「湊、どうして札束なんか持ってきたの。バカじゃないの?」
「いいじゃないっすか、僕の部屋にあったんだから僕の自由っすよ。」
「あんたの部屋にあったからといって、あんただけの物じゃないからね?分かってる?」
「まあまあ二人とも落ち着いて、お金ならまだ城にあると思いますよ。」
「塩でベタベタだって、ほんと嫌になるんだけど。」
「あの、無視しないで…。」
船の上の声は、段々威勢が無くなって来た。
「お前、何者だ?」
俺は聞いた。
「海賊、白山岩男だ。お前らを倒して俺が頂点に立つ!」
ここぞとばかりに、威勢の良い声がした。
「海賊なのに山とか岩とか、陸っぽい名前だよね。」
頼果が呟いた。確かに。
「うるさいうるさい、気にしていることを言うな!」
本人も気にしてるのか…。
「つまりはお前も参加者って訳だな。さっきの言葉からすれば、俺達のことを知っている様子だったが。一体誰から聞いたんだ?」
「簡単に教えると思うなよ?お前らはここで終わり、もしくは俺の手下になる…」
「手下にはならない、戦ってやる!」
白山岩男の言葉が終わる前に俺は濡れた刀を抜き、船に突き刺した。
「お前ら、最後まで話を聞け!」
白山岩男は上から銃を向けた。
「抵抗するなら命の保証は無いぞ。」
上から一斉に銃口が向けられた。どうやら仲間は多いようだ。
「どうするんっすか、唯我さん?相手多そうだし、しかも銃っすよ…。」
「簡単なことだ。勝つ。」
船に突き刺した刀が炎を噴き出し、船の壁が燃え始めた。
「お前がそういう力を持っているのは知っている。だがここは海の上、簡単に水を汲んで消火できるのさ。」
白山岩男は得意げに笑うと、上から紐に結ばれたバケツが下がって来た。よし、狙い通りだ。俺はバケツを掴むと、紐をつたって船に上り始めた。
「何だと、させるか!」
銃口がこちらを向き、焦げ臭い火薬の臭いと共に銃声音が鳴り響く、かと思われた。だがそんなことはさせない。銃は、撃たせないに限る。撃たれる前に、俺は燃える刀を投げ上げた。鋭い刃物が突然向かって来て、白山岩男は怯んだ。持っていた銃に刀が当たり、白山岩男は銃を手放す。刀は甲板に突き刺さった。白山岩男の手から銃が落ちて来る。俺はすかさずそれを掴んだ。
「さあ、こっちも銃を持っているぞ?」
俺は甲板によじ登ると、近くにあった浮き輪を四つ、海に向かって投げた。
「使え!」
「ありがとう、唯我!」
俺は甲板に突き刺さっていた刀を抜くと、銃を白山岩男に向けた。
「さあ、降伏して船を開け渡せ。死にたくはないだろ?」
○ ○ ○
「さーて、話を聞かせて貰うね。」
伊織が自分の剣を持ってウロウロしながら、柱に縛り付けられた海賊たちに言った。
「まず、なんで私たちの船をひっくり返したの?」
「それは、お前らを倒そうと思って…。日野唯我は厄介だって聞いたから…。」
「誰から聞いたの?」
「それはえっと、虎です。」
「虎?」
伊織は聞き返した。
「はい、虎のお面を被った人に、言われたんです。日野唯我を倒せって…。」
「虎のお面の人なんかいたっけ?」
伊織は首を傾げた。
「ああ。俺と頼果は以前会ったことがある。」
「虎の人だよね、会った会った、覚えてるよ!」
あいつ、俺達を妨害しようとしているのか?何故…。そういえば、あいつは魂の迷宮からは帰る方法は無いと言っていた。だが、狐は帰ることが出来ると言っていた。何故ここ二人の言葉が食い違っているのか。考えられることは一つ、どちらかが嘘をついているという可能性だ。
狐と虎、どちらの言葉を信じるか。俺は狐から渡された本を思い出した。昨日の夜、徹夜で読んだあの本。残念ながらこの世界から帰る方法は書かれていなかったが、沢山の謎が解けたのは事実だ。一方、虎は特に何も俺達には与えてくれていない。狐の方が協力的だ。虎が隠し事をしていると考えたい。白山岩男の話を聞く限り、虎は俺と敵対しそうな様子だ。警戒しておいた方がいい。
「これは何ですか?」
圭が白山岩男のポケットに入っていた紙を取り出して言った。
「へぇー、何かの地図みたい。この島に書かれたバツ印は、もしかしてお宝⁉」
相変わらず湊は財宝が好きな様子だ。
「その地図は、兎のお面を被った人に貰ったんです。」
「兎の、お面…。」
頼果が繰り返すように呟いた。何か心当たりがあるのか?
「頼果、知ってるの?」
伊織が尋ねた。
「いや、何でも無いよ!」
頼果は笑って誤魔化すように言った。何か、隠しているのか…?
「じゃあ、次はこの宝島に向かおうよ!これで僕らも大金持ち~!」
「僕も賛成です。なんか楽しそうじゃないですか!」
「うん、私も行きたい。冒険って感じで面白そう!」
何だか勝手に話が進んでいる。だが、行ってみるのは俺も賛成だ。丁度大きい船も奪えたことだし、準備は出来ている。俺は方位磁石を取り出して頼果に渡した。
「頼果、ほら、方位磁石だ。任せたぞ。」
「何それ、喧嘩売ってるの?性格悪いって…。」
言い返してくる頼果には反応せず、俺は海の向こうを眺めた。遥か先は白い霧で霞んでいた。
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