6日目:Ⅰ 頼果、兎のお面に気に入られる。

 目を覚ますと、白地に金の模様が入った高い天井が目に入った。ふっかふかのクッションが体を包み込んでいる。身体を起こすとそこには、豪華な部屋が広がっていた。


「ここは…。」


 私は屋根付きのベッドから降り、扉を開けた。赤い絨毯が敷かれた、長い長い廊下が左右両側にどこまでも続いている。あれ、どっちに行けばいいんだっけ…。


「頼果、おはよう!」


 挨拶をして来たのは湊だ。分厚い札束を胸ポケットに入れて、嬉しそうだ。


「おはよう、ねえ、どっちに行ったらいいか分かる?」


 私は湊に尋ねた。湊は首をかしげる。


「いや、僕も分かんないんっすよね。朝ごはんは食堂に行けばあるはずなんっすけど、食堂がどこだったか忘れちゃって。」


 湊は苦笑いする。


「何してるの、二人とも。」


 伊織と圭が歩いて来た。


「あのさ、食堂って、どっちだっけ…?」


「え、覚えてないの?昨日一緒に見に行ったでしょ?ほら、こっち。」


 伊織がスタスタと歩いて行く。なんで覚えてられるのよぉ…。


  ○ ○ ○


「あれ、そういえば唯我は?」


 私はパンをかじりながら言った。豪華なシャンデリアと、白いテーブルクロスが掛かった長机。何度見ても凄い、夢みたい。何故かいるコックさんが、食べ終わって空になった食器を調理場に持って帰っていく。


「昨日から見てないですね、どこ行ったんでしょうか。この城広すぎて、探すにも探しきれないし…。」


 圭が言った。


「いやぁ、大金持ちになった気分っすよ~。」


 胸ポケットに札束を入れたままの湊は、ナイフで牛肉を切り頬張った。朝からステーキ食べてるよ…。


「凄いよね、なんか夢を見てるみたい。」


 そう言って伊織はスープを飲み干した。


「そういえば、部屋に忍者の武器があったんっすよ、ほら。」


 ステーキを食べ終わった湊が立ち上がり、その場で宙返りをした。次の瞬間、湊は忍び装束を着ていた。


「忍者の道具の一式が揃ってるんっすよ、手裏剣は当たり前、吹き矢に撒菱、部屋には鎖帷子もあって…、」


 流石忍者オタク、聞いたことの無い武器名を挙げまくって来る。


「私も、部屋に甲冑と剣があったよ。」


 伊織が嬉しそうに言った。


「これで僕たちも戦えるっすね!まあ、唯我さんに比べたら全然っすけど。」


 湊、楽しそうだ。そういえば私の部屋には何かあったのかな…、一通り部屋は見たけど、特にそういうのは無かった気がする。私も何か、そういうの欲しかったなぁ。あれ、そういえば圭の部屋はなんかあったのかな?


「圭はなんかあった?」


「武器とかは無かったんですけど、僕、なんかさっきから力が湧いて来る気がするんです。なんか力が強くなってる感じで。」


 言われてみれば、なんか一回りゴツくなってるかも。強そう…。


「なんか武闘家って感じでカッコいいじゃん。」


 伊織が言った。


「そうですか?でも、昔空手習ってたから、いいかも。」


「へえ、空手習ってたんっすか、道理でなんか強かった訳だ。いい戦力になるっすよ!」


「でも唯我が全部片付けそうじゃない?」


「確かに。最強の唯我さんに最強の燃える刀なんて、まさに鬼に金棒ですよね。」


 三人は談笑している。ちょっと待って、何も変わってないの私だけ?なんかショック…。


「頼果、ちゃんとなりたい自分を想像した?」


 伊織に言われてハッとした。そうか、開拓した時になりたい自分のイメージが無かったから…。


「結局私、モアイ像しか創ってない…。」


 なんか、自分が何もしてない感じ。


「あ、唯我。」


 圭が言い、皆一斉に振り向いた。食堂の入り口には、深刻な顔をした唯我が立っていた。どうしたんだろ。


「お前ら、今から出発だ。」


 え、今から…?


  ○ ○ ○


 私は今、自分の部屋で大急ぎで身支度をしている。唯我によれば、のんびりしている暇は無いとのことらしく、まだ誰も行ったことの無い『未開の地』に向かうと言う。昨日ここを創ったばっかりなのに、早くない?とは思った。でも、唯我のことだから何か考えてるんだろうな。その時、突然頭の後ろで声がした。


「君、不運だね。何も力を得られなかった。」


 どこか幼いようで不気味な声。異様な気配を感じて、私は後ろを振り向いた。


「だ、誰?うさぎ…?」


 そこには、兎のお面を被った人影があった。


「そう。そんな可哀そうな君に、いいこと教えてあげる。」


 兎はケラケラと笑った。どこか不気味だ。


「いい、こと…?」


「うん。君にとっては大事なことだよ。」


 兎はウキウキとした様子で言った。


「死んだ魂を生き返らせる方法。」


「え…、」


 突然放たれた突拍子な言葉に、私は返す言葉が見つからなかった。死んだ魂を生き返らせる方法なんて、あるの?その時、ハッとした。ここは多分、死後の世界。だから、死んだ魂を生き返らせる方法っていうのは、この世界、魂の迷宮から元の世界に戻ることなんじゃないかな。私、なんか冴えてるぅ。


「ねぇ、教えて。この迷宮から出る方法。私たち、死にかけてるんでしょ?元の世界に戻りたい。」


「えっと、何か勘違いをしてるのかな。ここは死後の世界じゃないんだよ。」


「死後の世界じゃ、ないの…?」


 じゃあ何なの、魂の迷宮って?


「そうだよ、違うんだ。このこと、つまり死んだ魂を生き返らせる方法を君だけにしか教えないのは、そういうこと。君、大切な人を生き返らせたいんでしょ?」


「…。」


 私は何も言えなかった。意味が分からなかった訳じゃない。ずっと願っていたことだったから。


「図星って感じだね。今まで言ったことと、これから言うことは、誰にも秘密だよ。いい?」


 私はコクリと小さく頷いた。あの人を、生き返らせることが出来るなら…。


「頼果、そろそろ行くよ!」


 その時扉が開き、伊織が入って来た。ちょ、今いいとこだったのに…。部屋を見回すと、兎のお面を被った人影はいなくなっていた。


「ほら、早く。皆待ってるから。」


 伊織に腕を引かれ、私は慌てて部屋を出た。さっきの兎は一体…。死んだ魂を生き返らせる方法、だって。何だったんだろ。きっと幻だったに違いない、そんな都合のいい話なんて無いよ。そう自分に言い聞かせた。


 でも、本当は分かってる。心の底ではそれを欲しがってる。期待してる。あぁ、駄目だ、また思い出す。ねぇ、なんで死んだの…。


  ○ ○ ○


「おい、禁書が無くなっているんだが、知らないか?」


 広い神殿に、虎のお面の男の声が響いた。


「いえ、知らないですよ。」


 答えたのは狐のお面だ。


「まあまあ、そんなに怒らないで。」


 パンダのお面が言った。


「あの本は、魂の迷宮の根幹を書いた本だ。重要な物なのは分かっているだろう?」


「まあまあ、あれを読んだからといって、我々に影響は無いんですから。それに、本当に重要なのは閻魔の武器ですから。」


 兎のお面が言った。


「閻魔の武器、か。日野唯我が使ったあれだな?」


「何で使えたんでしょうね。特に、炎の刀は使うのが一番難しいのに。」


 パンダのお面が言った。


「あれが五つ揃えば、強大な力が生まれる。閻魔の武器といい、禁書といい、セキュリティがガバガバだ。もし禁書が参加者の手に渡った時、この世界の根幹が知られる。それはマズいのではないか?」


 虎のお面が言った。


「まあ、いいんじゃない?禁書は探せば出てくるでしょ。それに閻魔の武器を集めたら、面白いことが起きるんだから。」


「兎、お前は相変わらず呑気すぎる。参加者にこの神殿に辿り着かれたら、殆ど元の世界に戻られることと等しいのだからな。」


「ちょっとぐらい帰ったっていいんじゃない?そんなことより、面白くなる方がいいでしょ。その為に参加者を集めてるんだから。」


 兎のウキウキした表情が、お面越しに伝わって来る。狐は黙ってその場を離れていく。


「参加者を魂の迷宮に閉じ込めるなんて、こんなの間違っている。」


 狐は神殿の外を見た。神殿の四方は、白い霧に包まれていて何も見ることが出来ない。狐はそっと強く拳を握った。


「頼む、兄さん…。」

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