5日目:Ⅱ 唯我、狐のお面から禁書を受け取る。

「お城、だよね?」


 頼果が言った。平野の上には大きな門とレンガ積みの高い塀を持った西洋風の城があった。しかし、門の内側にあった建物はまるでキメラの様に、出鱈目に混ざった謎の雰囲気を醸し出していた。


「なに、これ。右は西洋、左は和風じゃん…。」


 伊織が言った。


 門の内側には石垣が積み重なり、その上には西洋風の城が空に向かって伸びている。しかし左側からは漆喰と瓦を備えた日本城が突き出ている。よく見れば、至る所からさらに調和を乱さんとせんばかりに、現代チックなガラス張りの展望台の様な物が突き出している。さらに、大きく飛び出したベランダの上には空中庭園が広がっている。綺麗なのは認めるが、何が何だか分からない。混乱の極みだ。こんな物、作ろうとしても作ることが出来ない。俺は少し後ずさりをして何かにぶつかった。振り向くと、大きなモアイ像が置いてあったのだ。


「モアイ置いてあるじゃん!」


 頼果が叫んだ。一体どうなっているんだ?


「和風のお城を作ったらカッコいいと思ったんだけど、なんかおかしくなっちゃいましたね…。」


 圭が言った。


「私は洋風のお城を建てたいなって思ったんだけど…。」


 伊織が言った。


「あそこの展望台っぽいのは僕が考えてた感じっすね。」


 湊が言った。


 なるほど、全員のイメージが混ざったようだ。どうやら頭に何となく思い浮かべるだけで、世界を創ることができるということらしい。


「私モアイ像のこと考えてただけなのに…。」


 お前の仕業か、頼果…。


「とにかくお金があれば何でもいいじゃないっすか!」


 湊は意気揚々と門を開き、謎すぎる建物に飛び込んでいく。扉を開けるとそこには豪華な大広間があった。しかし四人は興奮しているのか、ソファーやシャンデリアには目もくれず、四方に散って行ってしまった。全く、バラバラな奴らだ。ふと俺は、大広間の奥に設置された、金の扉のエレベーターを見つけた。折角だから俺も探検してみるか。俺はエレベーターに入ると、最上階のボタンを押した。


  ○ ○ ○


 俺は今、謎すぎる建物の頂上にそびえる、一際突き出した塔の最上階にいる。ここからは周囲を見渡すことができ、なかなか便利な場所だ。仲間がいるのもいいけれど、やっぱり一人が落ち着く。俺は窓の向こうを眺めた。俺たちが歩いて来た道だ。奥には黄金の国が広がっているのだろう。地平線ギリギリの所には煌びやかに輝く街並みの様な物が見えた気がした。左側には畑が広がり、所々に家がある。小さな集落と言った所だろうか。その奥には薄っすらと青い海が広がっている。右を見れば、そこには深い森林が広がっていた。その奥にはきっと、俺達がまだ足を踏み入れたことの無いアップルナインの本拠地があるはずだ。


 突然、俺はただならぬ気配を感じた。背中が凍り付くような、それでもってどこか懐かしい気配。後ろを振り向くと、そこには狐のお面を被った子供の人影があった。


「お前、どこから入って来たんだ?」


「開拓、おめでとうございます。」


 俺の質問には答えず、狐の人影は言った。


「これであなた方も、新しい一歩を踏み出すことが出来ました。」


 狐はそう言うと、俺に一冊の本を手渡した。


「これは…?」


「この本は禁書です。決して誰にも見せてはいけません。もちろん、私がこれを渡したことも言ってはいけません。」


「禁書…?」


 どういうことだ?突然すぎて理解が追い付かない。だが、ただでさえ謎が多いこの世界において、禁書という物が存在するということ自体が意外だった。一体、これには何が書かれているのだろうか。


「この本には、この世界の理の一部が書かれています。」


 俺の考えていることを見透かしたように、狐は言った。


「この世界の理…、つまり、死後の世界についての事、と言うことか。」


 それなら確かに禁書になっていたとしても不思議ではない。簡単に人々が死後の世界の理を知ってしまうのは、確かにタブーなような気はする。


「死後の世界…?」


 狐は首をかしげて不思議そうに言った。


「何か勘違いをしているようですね。本を読んでください。」


 勘違い、だって?俺は本を開き、序章を見て手を止めた。


『魂の迷宮とは、…』


 そこに書かれていた真実を、俺は信じることが出来なかった。確かに、俺たちの予想―魂の迷宮とは、死後の世界であるということ―というのは近い所を行っていた。しかし、こんな世界が存在していたなんて…。そうか、だから禁書になっていたのか。存在そのものがあり得ない世界。存在こそが最大のタブーである世界。それが、魂の迷宮。参加者、未練者、復活者、そして管理者。この四つの区分も、ほとんどが繋がった。俺は狐に尋ねた。


「なぜ俺にこれを教えたんだ?俺だけに。」


「いずれ、分かりますよ。それに、あなたなら私が何も言わなくても分かることが出来る。」


 そんな訳無い、と言い返そうとした時には既に、狐の姿は消えていた。


「まさか、こんなことだとはな…。」


 俺はしばらく本の表紙を見ながらボーっとしていた。この真実は、誰にも言ってはならない。俺は目を擦り、もう一度ページを開いた。夢なんかじゃない。これが、現実であり、真実なのだ。


『―序章、魂の迷宮とは― 魂の迷宮とは、生の世界と死の世界、その狭間に位置する、本来は無いはずの世界である。そこに存在する者は皆、生きているのでも死んでいるのでも無い、迷子の魂。魂の迷宮とは、そんな魂の溜まり場である。』


 ページをめくる。


『未練者とは、現世への未練が大きく、死後、本来の死後の世界に行くことが出来なかった者である。復活者とは、一度死後の世界へ行った者が、強い怨念などを持ち、魂だけ復活した存在である。その為、異形の姿をしている。』


 では参加者と管理者は…?参加者はこの世界に無理矢理連れて来られた存在。だから「参加」なのだろう。そして、管理者。この世界の管理人、ということか?謎が解ける度に謎が生まれる。俺は壁に立て掛けた燃える刀を見た。あれも謎なんだよな。窓から月明かりが差し込んでいる。俺は傍にあったベッドに寝転がり、目を閉じた。

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