6章 日と真実、月と幻
5日目:Ⅰ 伊織、裏切った友達と再会する。
「じゃあな、気をつけろよ。」
宮殿の入り口で秀が俺達を見送っている。
「ああ。そっちこそな。」
俺は微笑んだ。俺達は今、黄金の国を出発して未開の地を探している。理想の世界を作るために。
「でもさ、理想の世界って、本当に何でも叶うのかな。」
伊織が呟いた。
「確かに。死んだ人を生き返らせる、とかも出来るのかな?」
湊が言った。その言葉に、圭と頼果が振り向き、繰り返した。
「死んだ人を生き返らせる…か。」
「両親のこと?」
湊が圭に聞いた。
「そうです。でも、もう大丈夫です。死を受け入れて、僕が成長し、強くなる。それが本当の親孝行だって気付いたから。」
圭は俺を見て、優しく微笑んだ。頼果は俯いたままだ。
「けどさ、謎だよね。もしここが死後の世界だって言うなら、死んだ人に会ってるはずじゃん。」
伊織が言った。確かにそうだ。
「もしかして、未練者のことじゃないっすか?」
湊が言う。
「確かに、それならば未練者は椅子取りゲームに参加できないのが説明が付く。死んだ人がポンポン生き返ったら問題だからな。もっとも、何に未練があるのかは意味不明だが。」
「復活者も謎ですよね。あと、管理者も。なんでお面被ってるんだろう。」
圭が言った。本当に、謎が多い世界だ。
「ねえ、頼果、どうしたの?元気ないよ」
伊織が俯きながら歩く頼果に言った。そういえばあいつにしては静かだな。
「え、な、何でもないよ。ほら、元気だって。」
頼果はそう言って笑った。だが、何かを隠しているのは分かる。前からたまに、頼果は雰囲気が変わる時があった。
『そんなことないよ、死んでもいいなんて、絶対言ったら駄目だから。圭君が死んだら、皆心配するよ。』
圭が、死んだっていいと言った時の言葉だ。
『分かるよ、その気持ち。頼果も、大切な人失ったことあるから。』
圭が、両親が通り魔事件に巻き込まれて殺されてしまったという話をした時の言葉だ。頼果は何か辛い過去を抱えているのかもしれない。大切な人との死別。それも、単純じゃなさそうな。だがそれを無闇に深堀するのは頼果を傷つけるだけだ。そっとしておいた方がいいこともある。
「何か悩みがあるならいつでも相談してね。私たち、友達だから!」
伊織が言った。頼果は小さく頷いた。
「ねえ、あれ見てよ。」
突然、湊が叫んだ。湊が指さした方を見ると、地平線の端に、白い靄のようなものがかかっている。まるで、あの先には何も無いかのように。あれは…。
「あれが、未開の地…。」
秀が言っていた。黄金の国の北側には、広大な未開の地が広がっていると。この未開の地を押さえれば、黄金の国とも、その西側に位置するアップルナインとも接することになる。まるで三国志のようだ。俺達が今から開拓しようとしているのは、一番北側に位置している、魏の位置だ。
「よっしゃあ、これで僕も大金持ちだぁ!」
湊が叫び、走り出した。
「ちょっと、待ってよ~。」
皆は慌てて湊を追いかける。その時だ。湊の前に、一人の女が立ちふさがった。その後ろからぞろぞろと、兵隊が歩いて来る。
「だ、誰?」
先頭で湊が身構えた。
「あんたは、亀山遥…。」
伊織が言った。睨んだ目には、寂しさの色が浮かんでいた。
「知り合い?」
圭が尋ねた。
「前よりは仲間が増えたみたいね。」
女は言った。
「遥、あんたとは分かり合えると思ってた。でも、あんたは私を裏切った。私はあんたを許さない。」
「ちょちょ、何があったんっすか?そんな険しい顔して…。」
「おい、今は黙ってた方がいい。」
俺は湊をたしなめる。
「見た所、あの亀山遥って奴、アップルナインだ。」
「本当だ、紋章がついてる。それに後ろにいる軍隊も…。」
「伊織とは何かの因縁があるに違いない。」
俺は呟く。
「そうだ。こいつは私を裏切ってアップルナインに付いた。」
険しい表情のまま、伊織は俺たちに言った。
「あんたがアップルナインに来たらよかったじゃない。そうすれば、一緒にいられたのに。」
亀山遥が言った。伊織は舌打ちをする。
「とにかく、ここから先には行かせない。」
「残念だな、こっちには日野唯我がいる。」
伊織が亀山遥に言った。
「もちろんそれは知っている。不和さんから聞いている。だが、同じ手は通用しない。お前についてはもちろん対策済みだ。」
亀山遥がパチンと指を鳴らした。すると、背後の兵隊が一斉に銃を出した。
「え、ちょっと待ってよ。ガチのやつじゃん…。」
頼果が慌てふためく。
「どんなに強い燃える刀でも、離れていれば斬られることは無い。死んでもらおうか、日野唯我!」
「嫌だね。俺は死にたくない。」
俺はゆっくりと言った。
「おまえ、舐めているのか?剣じゃ銃には勝てない。」
「そう思うなら撃ってみろよ。」
「ふざけるな!」
亀山遥が怒鳴った。と、同時に、背後の兵隊が一斉に銃を構える。
「伏せろ!」
伊織が叫ぶ。だが大丈夫だ。銃弾が放たれることは無い。俺は素早く刀を抜き、地面に突き刺した。次の瞬間、地面から炎が噴き出す。兵隊たちが怯んで銃を下ろした。今だ。俺は刀を持つと、亀山遥の方へ近づき、彼女の首元に刀を当てた。
「なん、だと…。」
「残念だったな。誰も俺には勝てない。命を失いたくなければ撤退しろ。」
チッと舌打ちをして、亀山遥は俺を睨む。
「あんたとは、昔みたいに仲良くしたかった。でも、アップルナインに付いた以上、それは出来ない。」
伊織が亀山遥を睨みつける。
「撤退だ。」
悔しそうに言い、亀山遥と兵隊たちは引き返して行った。
○ ○ ○
「知り合いか?」
俺は伊織に尋ねた。
「ああ。元の世界でも友達だった。一緒にこの世界に迷い込んだんだ。」
「確か、滝に行ったんだったよね。」
頼果が言う。
「そうだ。あの日、私と遥は一緒にハイキングをしていた。そして、一緒にこの世界に来たんだ。最初は二人で騎士をやっていた。だがある日、アップルナインが私たちの町を襲った。奴らには完敗だった。それで、遥は私を裏切ってアップルナインに付いた。私は命からがら逃げたんだ。」
「一度裏切られていたから、俺と初めてあった時あんなに一人で突っ走ってたんだな?」
「あの時はそうだった。今は信頼しているけどね。」
そう言うと、鳥羽伊織は微笑んだ。
「でも唯我さんすごかったですよね。あんな技もあったなんて。知ってたんですか?」
圭が不思議そうに聞いた。
「いや、知らなかった。だが、俺がやろうと思えば刀が応えてくれるんだ。」
「そういうものなんだ…。不思議だなぁ。」
湊が言った。俺だって不思議だ。何で俺だけがこの刀を使うことが出来たのだろうか。
「遥…。」
伊織は寂しそうに呟いた。
「大丈夫、いつか分かり合える日が来るっすよ。友達だったんでしょ?」
湊が言った。
「私だって、遥を信じたい。でも、アップルナイン側にいる限り、それは出来ない。アップルナインは、特に不和は、私を…。」
「遥さんだって、仕方なくアップルナインに従ったんじゃないっすか?不和龍一郎、あいつ滅茶苦茶怖いし。」
「ああ。お前は視野が狭くなりやすくなる傾向がある。一度冷静になれ。亀山遥と仲直りがしたいなら、まずあいつを信じなければいけないだろ?」
俺は言った。
「そうだよね、分かった。信じてみるよ。」
「じゃあ、未開の地に行きましょっか!」
湊がウキウキしながら言った。喜びを抑え切れていないようだ。
「何を創るかしっかり考えておいた方がいいぞ。」
俺は言ったが、誰も聞く耳を持たない。一目散に走って行く。
「待て、ちゃんと考えてから…」
その時だ。白い霧が次第に薄れ、段々と大きな建物の影が見え始めて来た。マズい、このまま行けば滅茶苦茶になる。俺も慌てて走る。
「なんか、何もしてないのに勝手に出来上がって来るんだけど…。」
頼果が言った。どうすれば新しい世界を創れるのだろうか。方法が分からずに、俺はその場で立っていることしか出来なかった。
少しずつ霧が晴れ、次第にその建物の全貌が現れてきた。しかし、その姿に俺達は目をこするばかりだった。
「なんだ、これは…。」
俺達五人の前には、見渡す限りの意味不明な風景が生まれていたのだ。右を見れば黄金の穂を実らせた小麦畑が広がり、左を見れば暗くて深い森が飲み込むように広がっている。そして奥の方には岩山が連なり山脈を生み出している。そして目の前にそびえ立つ建物は…。
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