4日目:Ⅲ 頼果、唯我の真実を知る。そして…、

「感情が、無い…。」


 突然出た言葉に、私はそれを繰り返すことしか出来なかった。


「まあ無いと言っても、多少はあると思うんだ。だが、極端に薄い。」


「じゃあ、唯我が何が起きても全然動じないのも…。」


「そういうことだ。あいつは、全てを手に入れて完全無欠になった代わりに感情を失った。」


 暗闇の中、沈黙が続いた。信じられなかった。唯我には、感情が、無い…?


「そんなの、噓じゃないの?だって唯我、普通に笑ってるじゃん。」


 そうだ、きっと冗談だ。感情が無いなんて、想像がつかないよ。


「それが、あいつが変わったところだ。あいつは演技することを身に着けたんだ。昔はあんなに笑わなかった。さっき唯我と再会した時も、あいつは微笑んでくれた。けど…。」


「じゃあ、あれは噓…。」


「そういうことになるな。でも、あいつはあいつなりに気を遣ってるんだろ。」


 その後も秀君は、昔の話をしてくれた。感情が無いと判断するに至った経験談。生まれつき感情が極端に薄い障害があるということを聞いて、それが当てはまったことなど。信じられなかったけど、聞けば聞くほど納得してしまう。


「あり、がとう…。」


 お礼を言うと、私はその場を離れた。何だか寂しかった。私は唯我と分かり合いたかったんだって気づいた。けど、感情が無かったら難しいかな。でも、時折唯我が見せる優しい笑顔を、演技だとは思いたくなかった。昨日の夜、唯我が圭に言った言葉を思い出した。


『本当の幸せってのは、辛さを乗り越えた先にあるんだ。』


 幸せも、辛さも、唯我は感じたことが無いのに…。圭を救ったあの言葉も、口先だけの言葉だったの…?


「どうしたんだ、そんなに暗い顔をして。」


 聞き覚えのある声がした。声の方を見ると、唯我が立っていた。


「秀達がご馳走を振る舞ってくれるってよ。ほら、行くぞ。」


「うん…。」


 唯我は微笑んだ。でも、私は知ってしまった。これが演技だということを。唯我は唯我なりに気を遣っていると、秀君は言っていた。でも、ショックだった。唯我は私たちのこと、だまし続けてたの…?


  ○ ○ ○


「ご馳走様でした。」


 私は席を立った。


「どうしたの、頼果、食欲無いじゃん。」


 伊織が私に尋ねた。


「さっき露店でお菓子食べまくってたからじゃないの?」


 湊が言った。


「言ってそんなに食べてなかった気はしますけど…。」


 圭が湊に突っ込む。私は食堂を後にした。ちょっと考え事をしたい。さっき秀君と喋った屋上のデッキに向かった。暫くの間、私は屋上で風に当たっていた。


「どうしたんだ?」


 見ると、隣に唯我がいた。


「なんでここに…、私を心配して来てくれたの?」


「違う。」


 即答だ。


「じゃあ何で来たの?」


「まだ宮殿の中は見て回ったことが無いからな。所謂散歩だ。」


 喋るのが面倒くさい、という風に唯我は海を見ながら答えた。暫く、沈黙が続いた。


「ねえ、こういう時は普通さ、どうしたの、とか言うもんじゃないの?ヒロインが悩んでたら、主人公が悩みを聞いてあげるのが普通でしょ?」


「生憎だが、俺は普通じゃないからな。他人が何してようが、興味が湧かない。」


「はぁ、やっぱりそうだよね。」


 溜息をついた。これが、唯我だ。普通じゃない。


「ねえ唯我…、」


 私は唯我に言った時だ。ガサゴソと物陰から音がした。


「下がれ、頼果。」


 唯我が身構えた。見ると、宮殿の壁から屋上に這い上がって来る人影がいた。頭には角が生えている。あれは、鬼…?


「何が目的だ?」


 唯我が鬼に聞いた。鬼はこっちに気づき、睨みつけて来た。


「また人を襲うなら倒すだけだ。」


 唯我は刀を抜いた。その時、四方から、無数の鬼が顔を出した。


「ちょっと、多すぎでしょ…。」


「囲まれたな。」


 唯我は無表情で言う。この妙に落ち着いているのも感情が無い証拠、恐怖を感じないの…?突然背後から、鬼が飛び掛かって来るのを感じた。ヤバい、助けて…。


 炎が舞う。鬼は煙となって消えた。


「唯我…。」


「大丈夫だ。お前はそこでじっとしていればいい。」


 唯我は戦っている。私を守りながら。唯我の優しさは本物だ…。私は自分を責めた。何で疑っちゃったんだろ。例え感情が無くても、唯我は大事な友達だ。例えその言葉が口先だけだったとしても、その言葉で私たちは救われたのには変わりはない。例え結果として私たちを騙すことになっていたとしても、それは優しさ故のものなんだ。刀を振る唯我の顔は炎で赤橙色に染まっていた。いつ見てもカッコいいよ。


「こいつら、何が狙いだ?大統領か?」


 呟きながらも、唯我は次々と襲い掛かって来る鬼を斬っていく。相変わらず、無表情で。急に、唯我が可哀そうに思えてきた。本人はそんなこと思ってないかもしれないけど。喜びも、怒りも、哀しみも、楽しさも、感じない。今まで幸せを感じたことも無い。なのに、誰よりも人の心を動かしてくれる。唯我は自分が感情を知りたいが故に、あんなに皆を励ましてくれていたのかもしれない。だったら…。


「唯我、私、決めた。」


 唯我がこっちを向いた。鬼が唯我に襲い掛かって来る。でも、唯我なら大丈夫。私は話を続けた。


「私が教えてあげるよ、感情を。幸せを、感じてほしいから。」


 唯我の顔が一瞬驚いたような表情を浮かべた。分かったよ、唯我。唯我は感情が無いんじゃない。ホントは感情があったんだよ。でも、それを忘れちゃった。だから私が思い出させてあげる。


「秀の奴、余計なことを…。」


 舌打ちをしたその顔は、笑っているように見えた。燃えるような瞳は、輝いていた。


「お節介なんだよな、お前は。勝手にすればいいさ。」


 唯我は刀を大きく振った。炎が渦巻き、斬撃が全ての鬼を燃やした。辺りは煙で満ちた。煙の中で唯我は刀を鞘にしまう。流石、唯我だ。私は唯我の手を引いた。


「ほら、行こ!」


「ちょっと待て、まだ散歩の途中なんだよ。」


「じゃあ私も一緒に行く!」


 約束する。私が絶対、感情を取り戻させてあげるから。夜の街を、神秘的な月明かりが照らしていた。


  ○ ○ ○


「じゃあ、またあいつらが来ていたのか…。」


 明ケ戸達也が言った。俺達は今、大広間で会議をしている。


「ああ。秀、たぶんお前が狙われてるぞ。」


「でも何でだろう。魂を奪うだけなら誰だっていい気はするけど。」


 伊織が腕組みをして首をかしげた。


「一つ、心当たりがある。」


 俺は秀を見て言った。


「と、言うと…?」


「あいつらはアップルナインの手先かもしれない。」


「アップルナイン⁉」


 一同は口をそろえて言った。


「前に会った時、あいつらは復活者を瓶から召喚していた。それに、奴らは完全な頂点に立つ為に全ての勢力を排除しようとしている。そう考えれば、黄金の国という一大勢力の大統領である秀を狙った理由が説明できる。」


「でも…、」


 明ケ戸達也が何か言いたそうにしている。


「なんだ?」


「アップルナインとは友好条約を結びました。それで、あの鉄道の建設に至ったんです。」


 俺達が乗って来たあの鉄道か。


「あいつらだけは、信じちゃ駄目だ。」


 伊織がボソッと呟いた。


「僕も伊織さんに賛成です。表では友好的にしていても、裏では悪いことをしているなんてこと、いっぱいあるから。」


 湊も言った。


「例え今仲良くしていたとしても、いつかは必ず戦わなければいけない相手だ。簡単に信じたら、身を滅ぼすことになる…。」


「けど、今の俺達じゃあいつらには勝てない。黄金の国の軍隊を増強しないとマズいな。」


 秀が言った。明ケ戸達也も頷く。


「ちょっと、唯我どこ行くの?」


 その場を去ろうとした俺を、頼果が呼び止めた。


「これ以上は俺たちが関わることじゃない。黄金の国のことだ。」


「え、なんで?一緒に協力してアップルナインを倒したらいいじゃん。」


 頼果が聞いた。相変わらず単純思考だ。


「事はそれ程単純じゃない。黄金の国、特に秀とはいつか戦う日が来る。今のあいつはまだ強くないが、いつか必ず、あいつは成長する。」


「そっか…。」


 頼果は顔を曇らせる。


「取り敢えず、僕たちも拠点を作りたいっすよね。ほら、ずっと宿に泊まってばっかりだし。」


 湊の言うのにも一理ある。拠点があった方がいいのは同感だ。


「ああ。まずは未開の地を見つけないと。明日出発するぞ。」


「えぇ~、まだ全然ここ楽しんでないのに。」


 頼果が不満を言う。


「頼果も来たら良かったのに。楽しかったっすよ。」


 湊が言った。俺と湊、伊織、圭は今日、黄金の国を一通り回ったからな。


「ああ~…。」


 頼果が唸った。こいつは今日、秀に俺のことを聞いていたに違いない。


『私が教えてあげるよ、感情を。幸せを、感じてほしいから。』


 さっきの言葉が頭をよぎる。秀の奴、余計なことを…。だが、無駄なことだ。俺には、感情が無いんだから…、多分…。

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