4日目:Ⅱ 唯我、親友と再会する。
向こうが恐る恐る口を開いた。
「日野、お前なのか?」
「ああ、お前こそ摩乃だよな?」
徐々に俺達二人は目を見開いて行った。そして、ほぼ同時に声を上げた。
「マジかよ、久しぶりだな!」
「え、知り合い?」
伊織が言った。
「ああ、小学校の時のな。」
「まさかこんな所で会うとは…、人生何があるかわからないな。」
摩乃は言った。
「お前、何でこの世界にいるんだ?」
俺は摩乃に尋ねた。
「お前こそ、どうして…。」
○ ○ ○
「こいつは摩乃秀。俺の小学校時代の親友だ。」
広い通路を歩きながら俺は彼を紹介した。
「まさか、ここで会うとはな。」
摩乃は繰り返す。
「唯我にも友達いたんだね、よかった。」
頼果が安心したように言った。余計な心配だ。
「何でこの宮殿に?」
「大統領に会おうとしてたんだが、捕まったんだ。何とか脱走してた所だ。出来たら大統領に会わせてくれるか?」
俺はゆっくりと言った。
「大統領、ああ、俺のことね?」
突然の事実に、皆目を丸くして驚いた。
「お前が、大統領…?」
「そうだ。二週間前にこの世界に来て、そこからこの国を創った。」
「二週間⁉早っ…。」
湊が言った。
「俺は今日で四日目だ。適当に歩いていたら仲間が増えたが、領土は増えない。」
「その喋り方、変わらないな。」
「お前こそ、永遠にハゲ頭だな。」
「ハゲじゃない、坊主だ。」
秀はそう言って笑った。俺も微笑む。なんていう偶然だろうか。まさかこんな所で会えるとは予想だにしなかった。
「で、何の用なんだ?」
「情報を交換したいんだ。元の世界に戻るためにはまず、この世界をよく理解しておくのが大事だからな。」
「なるほど、そういうことか。」
秀は頷いた。
「俺達がはっきりと分かっているのは、この世界には参加者、未練者、復活者、管理者がいて、元の世界に戻るためには頂点に立つ必要がある、ということだ。」
それから俺は知っていることを全て話した。
「どうやら、狐のお面が案内役らしい。そして、そいつが俺達参加者に平等に初期情報を教えてくれるようだ。お前も会ったか?」
俺は秀に尋ねる。
「ああ。会った。」
やはりな。これで狐のお面についての仮設はほぼ証明されたようなものだ。
「お前たち、“狭間の神殿”についての噂は聞いたことないのか?」
秀は、聞き慣れない言葉を発した。
「狭間の神殿?」
「この世界、“魂の迷宮”の中心に、まだ誰も辿り着いたことの無い神殿があるらしいんだ。そこに行けば頂点に立てるらしい。」
初耳だ。つまり、頂点に立つということは、この世界の中心の神殿を見つけ、そこに行くということなのか。
「それは誰から聞いたんだ?」
「パンダのお面の人からだ。」
「パンダ?可愛いね。」
頼果が口を挟む。喧嘩を売ってるのかなぁ。
「会ったこと無いのか?」
「うん、私たちが会ったのは狐と虎だけ。」
「俺は虎には会ったこと無いな。」
その時だ。バタバタと走る音が聞こえて来た。
「大統領、大変です…、あ、あんた達は⁉」
声の主は、明ケ戸達也だった。
「なぜ脱走している?」
「さっきはよくも僕たちを騙してくれたな!」
湊が身構える。その瞬間、遠くから悲鳴が聞こえた。
「大統領、またあの化け物が来ました。」
「何だと、またか…。」
秀は奥歯を嚙み締めた。
「化け物?」
伊織が聞いた。
「ああ。ここ数日で急に化け物が街を襲うようになったんだ。その度に何人もの犠牲者が生じている。もう追い払うのも限界で…。」
「そいつなら、俺に任せろ。」
秀が話し終えるのを待たずに、すぐさま俺は悲鳴の聞こえた方へ歩みを進める。化け物、ということは復活者か。
「おい、危ないぞ。軍隊を動かすから…。」
秀の叫びを背中で聞きながら、俺は化け物を探した。一刻も早く、人々を助けないと。
「大丈夫、唯我なら。軍隊より強いよ!」
キョトンとしている秀と明ケ戸達也に、満面の笑みで頼果が言った。
○ ○ ○
そこには、人々を襲っている、鬼の姿をした復活者がいた。金棒を振って建物を破壊し、中にいる人をも襲っている。辺りには犠牲となった人達が倒れている。
「鬼退治、するか。」
俺は刀を抜くと、いつものように炎が吹きあがった。
「なんだ、あれは?」
明ケ戸達也が言ったのが聞こえた。
「貴様ァ、死にたいのか?」
鬼は重そうな金棒を大きく振って襲い掛かる。
「甘い、隙だらけだ。」
俺は刀を振った。がら空きになっていた鬼の腹部に刀が通った。鬼は煙のように消えていった。やはり復活者だ。
「え、ちょっと待て、終わったのか?」
秀が困惑している。
「言ったでしょ、唯我は強いんだよ。」
頼果が自慢げに言った。お前が自慢することじゃない。
「唯我、ありがとう。」
秀が言う。
「しばらくここに泊って行けよ。その様子じゃ、まだ拠点も作れて無さそうだしな。」
ご名答。流石秀だ。泊らせてくれるなら助かる。
「ああ、頼む。敵が来たら任せろ。」
俺は微笑みながら言った。
「お前、変わったな。」
「…。」
秀の言葉には何も返さず、俺は宮殿を出ようと門へ向かった。この街も見ておこう。地理感覚を身に付けておくことは、色々な面で有利に働く。
「ねえ、どういうこと?唯我って変わったの?」
頼果がしつこく話しかけてくる。
「うるさいな、どうだっていいだろ。」
「だって、唯我のこと気になるもん。あ、これは恋愛とかじゃなくて、完璧マンのことが興味深いって意味ね。」
「そういうのがウザいんだよ。しばらく黙っといてくれるかな?」
俺は言った。
「うん、ごめん…。」
案外素直に頼果は頷き、どこかへ行ってしまった。俺は門を出ると、街に向かった。
「待ってよ、私たちも行く!」
湊、伊織、圭までついて来る。頼果は来ないのか…?意外だな。
○ ○ ○
「秀君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい?」
私は摩乃秀に尋ねた。
「えっと、望月さんだっけ、どうしたの?」
「唯我のこと、教えて欲しいんだけど、時間とか大丈夫?ほら、大統領なんでしょ?」
「ああ、それは全然問題ないよ。信頼できる大臣たちがいるからね。」
仲間のことをちゃんと信頼してる。いい人だなぁ。
「確かにあいつ、自分のこと全然喋らないからな。いいよ、俺の知ってる範囲なら教えられる。」
秀は優しく微笑んだ。
「ありがと!」
私は話し始めた。唯我について。私、唯我のこと知ってるようで、全然知らない。ずっと前からの知り合いのような気がするけど、まだ会ってから四日しか経ってないんだ。
「唯我って、変わったの?」
さっき秀君が呟いてた言葉。妙に耳に残っていた。
「ああ、変わったよ。昔のあいつは、もっと閉鎖的で、優しくなかった。あいつが普通の仲間を連れていたから、俺は結構驚いたんだ。」
「そうだったの?」
「ああ。あいつは昔から尖ってて、自分以外のほとんどを見下してた。でも、なにをやっても完璧だから、誰も唯我を非難できなかった。あいつの親友と呼べるのは、俺を含めて二人だった。孤立こそしていたが、あいつはそれで落ち込んだりはしないのは想像できるだろ?」
そうだったんだ、唯我…。確かにそんな感じのタイプではある。
「秀君は何で唯我と友達になったの?」
「俺?俺は、変人だったからだよ。あいつとは話が合ったんだ。もう一人の奴も変わり者だった。自慢じゃないけど三人とも頭は良い方で、多分皆から一目置かれてただろう。けど、唯我はあまりにも尖りすぎていた。俺ともう一人の奴は、いろんな人と話したり遊んだりしたけど、あいつは好かれなかったからな。それに、唯我は一人を好むだろ?」
「唯我は変わってるよね。私なんか、皆から嫌われたら心病んじゃうよ。悲しいとか思わないのかな。」
一呼吸置いて、秀君は話を続けた。
「小学校を卒業して、俺達は違う中学校に進学したから、あの後あいつがどんな人生を送ったのかは分からない。だけど、かなり成長したよ。」
「うん、すっごい頼りになるのはもちろんだし、冷たい所もあるけど、根はやさしいのが凄く伝わってくる。」
段々日が暮れていく。金色の美しい建物が、朱色に染まっていく。
「そうか、あいつも変わったのかな…。けど、変わってない所はある。」
「やっぱり、完璧マンな所とか?」
「それもあるけど、実はな…、」
秀君は遠くを眺めながらボソッと呟いた。
「どうしたの?」
「今から言うこと、唯我には言うなよ。」
真剣な眼差しで、秀君は私を見ずに言った。日が没していく。燃えるような夕陽が、私たちの顔を赤く照らす。
「おそらく唯我には、感情が無いんだ。」
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