5章 月は輝き、夜を照らす

4日目:Ⅰ 唯我、黄金の国に行く。

「ねぇ、今日はどこ行くの?」


 宿の階段を降りながら、頼果が俺に尋ねた。


「まだ決めてないな。」


「もう、やることは多いはずなのに、どこから手を付ければいいのか分からないんっすよ~。」


「弱音を吐くな。俺がいる限り何とかしてやるよ。」


「流石っす、唯我さん!」


 湊はおだてるような口調で俺に言う。


「風間君、支払い頼むね。」


 伊織が湊の肩に手をポンと置いて言うと、湊の顔がスッと真顔に戻る。


「分かりましたよ。どうせ僕は財布担当か。」


 不服そうな顔をして湊は支払いに向かった。


「ちゃんとしたお金を持ってるのはあいつしかいないんだから仕方ないんだよな。」


 俺は呟く。


「それにしても、この世界でもお金は要るんだね。」


 頼果が言った。それもそうだ。だが貨幣の存在は重要だ。貯蓄や交換が楽になることによって生活に余裕が生まれる。例え死後の世界であろうと、貨幣があってもおかしくはない。


「ちょっと、皆本当にお金持ってないんっすか?」


 支払いを終えた湊が尋ねる。


「私持ってない。」


「頼果も持ってないよ。」


「ほとんど無いです。」


 皆口々に言った。


「なんでだよぉ。」


 頭を抱えて湊は言った。


「そうだ、未開の地に行けばお金持ちになることも出来るんじゃないですか?」


「それだ!」


 圭の言葉に湊は手を叩いた。


「よーし、皆で未開の地に行くぞ~!」


 湊はスキップしながら宿を飛び出し、道の真ん中で宙返りをした。

「おい、ちょっと待てよ!」


 俺達四人は慌てて湊を追いかけた。忍者を名乗るのに相応しい運動神経だ。


  ○ ○ ○


「駅がありますよ。これで遠くまで行けます。」


 圭が言った。俺達は今、街にあった大きな駅の前にいる。駅はレンガ造りの建物で、汽車が留まっている。駅の隣には車庫や転車台がある。恐らく、始発駅なんだろう。時折黒い煙を吐きながら機関車が走っている。


「この列車はどこまで行くんですか?」


 伊織が駅員に聞いているのが聞こえる。


「だが、列車に乗ったとして、その先に未開の地があるかどうかも分からないですよ。列車があるってことは、既に誰かが足を踏み入れたことがあるってことですよね?」


 圭が俺に言った。それはその通りだ。


「確かに…、でもさ、行ってみるのもありじゃない?」


 頼果が言った。俺もそう思う。後々何が起きるか分からない。様々な場所を見ておくことも大事だ。


「皆、ちょっと聞いて。」


 伊織が戻って来て言った。


「この駅から出発する列車は、いくつか種類があるらしくてね、一つはアップルナインの首都に行くらしい。」


 そう言って伊織は切符売り場の路線図を指さす。


「今アップルナインに行ったら捕まっちゃうよね。」


「ああ。他にはどこ行きの列車があるんだ?」


「黄金の国行きの列車があるって。」


「黄金の国?」


 皆口をそろえて復唱した。黄金の国なんて、まるでマルコポーロの東方見聞録に出て来るジパングのようだ。


「うん、黄金の国って言う場所があって、そこはアップルナインとは別の国らしいよ。行くならそっちかなって思うんだけど、どう思う、唯我?」


「ああ、そうだな。そっちしか無いならその黄金の国とやらに行くしか無さそうだ。」


「了解、じゃあ風間君、切符買って来て。」


「はいはい、どうせ僕が財布係なんだよな。」


 ブツブツ言いながら湊は切符売り場へ向かった。


  ○ ○ ○


「来た来た、機関車だよ、私初めてかも!」


 頼果が騒いでいる。俺も汽車に乗るのは初めてだ。長い客車を引きながら、黒いSLは蒸気を吐いてプラットフォームに停車した。俺達が乗るのは三号車、五両編成の丁度真ん中だ。扉を開けて俺達五人は車内に入る。二人席にそれぞれ頼果と伊織、湊と圭が座る。俺はその奥の二人席の窓側に座った。直後、汽笛が鳴り響き、列車はゆっくりと走り出した。


「動いた動いた、すごい!」


 相変わらず反応が一々幼い。汽車が動かなかったら大問題だ。


「隣、失礼します。」


 声がしたので俺は振り返った。見ると、一人の白いシャツを着た若い男が立っていた。


「どうも。」


 軽く会釈で返すと、男は俺の隣に座った。


「一人旅ですか?」


 男が俺に尋ねる。


「いえ、あそこの四人と一緒です。」


 俺は前で騒いでいる四人を指さした。


「それは失敬。黄金の国に行かれるのですか?」


「そのつもりだが…。」


「やっぱり、実は私も黄金の国に帰る所なんですよ。少し用事があってこの街に来ていたんですが。」


 よく話す男だ。関わるのが面倒くさそうなので、俺は眠る振りをしようとした。しかし、その前に男が話しかけて来る。


「黄金の国へは、これまで行かれたことはあるんですか?」


「いや、無い。」


「じゃあ、よろしければご案内しましょうか?」


 余計なお世話だ…、と思ったが、よくよく考えればそうして貰った方が余程楽だ。俺は首を縦に振って頷く。


「そうして頂けるなら有難いです。」


 俺の言葉に男はニコッと笑う。


「申し遅れました、私、明ケ戸達也と申します。」


「俺は日野唯我。」


「よろしくお願いします、日野さん。」


「ああ。」


「何やってんの、唯我?」


 前から頼果が覗き込んできた。


「自己紹介。」


「え、唯我が、うっそお⁉」


「黄金の国の住人らしい。案内してもらうことになったが、文句は無いな?」


「別に無いけど、唯我がちゃんと自己紹介できるなんて、頼果感動…。」


 涙を拭う振りをしながら頼果は言った。こいつ、舐めてやがる。


「黄金の国って、どういう所なんですか?」


 頼果の隣から伊織が言った。


「どういう所って、例えば?」


「えっと、街の大きさとか雰囲気とか、どんな感じなんですか?」


「大きいですよ。海岸沿いに位置していて、各地から商人が集まって来るので豊かな所です。都の中心に大きな建物があって、大理石と金で出来ているので黄金の国と言われるようになりました。」


「大理石と金…。」


 唐突に出たパワーワードに伊織は驚愕している。


「恐らく、この周辺では一番発展していると思います。あそこより発展した国はこの世界では見たことが無いです。」


 なるほど、相当凄い所らしい。


「達也さんは何の仕事してるの?」


 頼果が尋ねる。


「私は大統領の補佐をしております。」


「えっ、じゃあ超お偉いさんじゃん!」


「いえいえ、大統領に比べたら私なんてちっぽけな存在ですよ。」


「大統領って、そんなにすごい人なの?」


「はい、彼が一からあの国を作ったんです。」


 そんなにすごい人なのか。是非とも会ってみたいものだ。


「ちょっと、何話してるんっすか?僕たちを仲間外れにしないでくださいよ。」


 遠くから湊と圭が覗いている。やれやれ、また一から説明し直さないといけない。


  ○ ○ ○


 汽車は汽笛を鳴らしながら終点に到着した。出発から一時間程が経っている。ホームに降りると、爽やかな海風を感じた。


「あそこに見える大きな建物が、都市の中心となる宮殿です。」


 遠くからでも目立って見える、その大理石で出来た建物は、まるでイスラム教のモスクのような形だ。栗のような形をした屋根は、金箔で覆われている。


「大統領制なのに宮殿があるのか?」


「はい。観光名所として人気です。大統領は街の象徴としてあれを造りました。」


 そう言いながら明ケ戸達也は改札を出た。俺達五人もそれに続く。


「凄い…。」


 皆感嘆した。賑わった通りの両側には露店が立ち並び、その奥には白と金の建物が立ち並ぶ。そして街の中心には豪華な宮殿がそびえ立っている。


「取り敢えず、宮殿に案内しますね。」


 明ケ戸達也は言った。


「ちょっと待ってくれ。」


「何ですか?」


「大統領に会わせてもらえないか?」


 俺は言った。会っておきたい。恐らく参加者だろう。こんなに大きな街を創ったということは、かなり前からここに来ていたに違いない。ならば何か情報を知っているかもしれない。


「なぜですか?大統領は忙しいと思うのですが…。」


「俺達は参加者だ。大統領に会うためにここに来た。」


 そう言った時だ。明ケ戸達也の顔色が一瞬変わった。が、次の瞬間明ケ戸はニコリと作り笑いをして言った。


「分かりました。そういうことならいいでしょう。」


「ちょっと、何が起きたんっすか?」


 湊が俺に囁く。


「大統領は参加者、そして明ケ戸達也、あいつも恐らく参加者だ。参加者という言葉を知っていた。これから大統領に会って情報を集める。」


 俺は返答する。


「そういうことね。分かったわ。」


 伊織も言った。圭も頷く。頼果は…、何をしているんだ?


「ほら、姉ちゃん、食べてごらん。」


「美味しい!」


 露店のおっちゃんと仲良く喋りながら菓子を頬張っている。相変わらずだ。


  ○ ○ ○


 しばらく歩くと宮殿に着いた。


「大統領の所に案内します。」


 そう言って明ケ戸達也は扉を開けた。さあどうぞ。俺達五人は扉の中に入った。しかし、灯り一つ点いていない。まずい、罠だ。俺はすかさず扉の方を振り向いた。バタンと音がして扉が閉められた。


「あなた達は後々邪魔になる。」


 明ケ戸の声がして、鍵がガチャリと閉められる音がした。


「ちょっと、何するの!」


 頼果が叫ぶ。


「すみませんが死んでもらいます。まあ野放しにしていても、どうせ後々大統領に倒されるのだから同じことでしょう。」


 足音が遠ざかっていく。俺としたことが失敗してしまった。


「ねえ、どうしよう。このままじゃ私たち死んじゃうよ…。」


 頼果は泣き出した。


「落ち着け、俺がいる。」


 俺は刀を抜き、扉の隙間にそっと差し入れた。そしてスッと燃える刀を振り下ろし、鍵を斬った。


「え、開いた?」


「あいつ、まだまだ甘いな。刀に気づかないとは。」


 俺は刀を鞘にしまった。


「行くぞ。危険はあるかもしれないが、ここからが本番だ。」


「分かった、頼らせてもらう。」


 伊織が言った。俺達は灯りが消されて暗くなった通路を歩いて行った。


「いいか、音を立てるな。」


 俺が言った途端、後ろでガシャンと音がした。


「ごめん、花瓶割っちゃった。」


 頼果が両手を合わせた。なんて奴だ、言った傍から…。


「おい、静かに!」


 俺は振り向いて囁く。足音が聞こえたからだ。道の角から通路の様子を覗おうと、恐る恐る覗いた瞬間だ。坊主頭の男と目が合った。金色の派手な服を着ている。顔をじっくりと見て、俺は言葉を失った。男も同じ様子だ。


「お前、まさか…。」

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