3日目:Ⅳ 唯我、魂の迷宮の正体について仮説を立てる。

「この世界は『魂の迷宮』と呼ばれている、謎の世界。誰も足を踏み入れていない『未開の地』に行けば、理想の世界を作ることができる。この世界に住んでいるのは参加者、未練者、復活者、管理者がいる。」


 暗い部屋の中、花京院圭は話を続ける。風が窓枠をカタカタと鳴らす。


「僕たちが参加者で、管理者は動物のお面を被っている人だよね。それ以外の人間が未練者で、幽霊とかの人の姿をしていない奴らが復活者。花京院君も参加者なんだよね?」


 湊が聞いた。


「そうです。」


 やはり参加者だったか、花京院圭。だが何を考えているのだろうか。参加者ならば元の世界に戻ろうとしないのか?


「復活者って、そういうことだったんだ…。」


 伊織が呟いた。


「昼に戦ったドラゴンも、きっと復活者だ。剣で斬った後の消え方が、まさしくそれだった。」


 煙のようになって消えていったドラゴン。この世界に来た日に襲われた、あの幽霊と完全に同じ消え方だ。


「そうだったんだ…。狐のお面の人から聞いたときは全く分かんなかったよ。」


 驚くのも無理はない。まさか復活者だけが人外だなんて、思いもよらないだろう。そもそも管理者たちは俺たちに情報を与えなさすぎる。謎が深まるばかりだ。


「伊織も狐のお面の人に会ったの?」


 頼果が尋ねた。


「うん、会ったよ。初めてこの世界に連れてこられた日の夜に。皆もそうなの?」


「ああそうだ。俺と頼果も初めてこの世界に来た時と、昨日の夜に会った。湊は俺たちと会う前に、狐のお面とは会ったのか?」


「うん。僕も初めてこの世界に来た時、あの狐のお面の人に会って色々教えてもらった。そこで忍者になったんだ。」


 やはり皆、初めてこの世界に来た日のうちに狐のお面の人に会っている。あいつはルール説明役なのだろうか。


「お前はどうなんだ?」


 俺は花京院圭を見て言った。


「僕も同じです。会いましたよ、狐のお面の人に、この世界に来た日の夕方に。」


 こいつも同じか。正に狐につままれたような感じだ。正体も目的も不明。だが、皆一度は狐のお面の人に会っているという情報が分かった。案内役だと推測する。


「最後に、参加者は僕たちが元いた世界から連れてこられた存在。元の世界に戻るためには頂点に立つ必要がある。」


 そう言うと、花京院圭は言葉を切った。


「それだけ?」


 頼果が尋ねる。


「これが、僕が知ってる全てです。」


「なんだ、私たちと同じじゃない。何にも新しい情報が入ってこないよ。」


「そうだな。俺たちが知っているのもそれだけだ。どうやら初期情報は平等らしい。」


 全く、手がかりなしか。無駄な会話だったな。


「ねえ、みんなはどうやってこの世界に来たの?」


 頼果が聞いた。また無駄話を…、いや、待てよ。どこからこの世界に来たのか、規則性を見つければ、帰る方法が分かるかもしれない。俺は口を開く。


「俺は近所にある暁刀神社という神社の、境内の奥の方にある林に入ったんだ。そしたら意識を失って、そのままここに来た。」


「へぇー、そうだったんだ。それにしても、唯我から話すなんて意外じゃん。」


「湊はどうなんだ?」


 頼果には反応せず、俺は湊に振る。


「実は、僕も神社です。正確に言うと、神社の手前っすね。家の近くに山があって、ちょっと登った所に鳥居があるんっすけど、その鳥居の10メートルぐらい前で意識を失って…。」


「伊織は?」


「私、登山とか結構好きなんだよね。それでこの前、登山中に大きめの滝を見つけて、行ってみようって思ったわけ。それで滝の傍まで来た時、急にめまいがしてこの世界に来た。」


「花京院、お前はどうなんだ?」


「僕は、海岸です。僕、人通りが少ない海岸でよく海を眺めるんです。あの日はそこからちょっと離れた、大きい岩がいっぱいある場所に行ったんです。どれぐらい大きいかって言うと、本当に大きくて。高さが二メートル以上ある岩もあるんですよ。岩の隙間に入ったら外から見えなくなるぐらい。僕はその時岩に登ろうとしたんです。でも足を滑らせて隙間に落ちて、頭をぶつけてしまって。いつの間にか気を失っていたようで、目が覚めたらこの世界にいました。」


 花京院圭は、落ち着いてゆっくりと言葉を吐いた。


「なるほどな。で、お前はどうなんだ?」


 俺は頼果に聞いた。


「え、私…?」


「そうだ。っていうかそもそもお前が言い出したんだろ?」


 分かった、と頷いて、頼果は話し始めた。


「学校の近くに山があるんだ。いつも帰り道に傍を通るんだけど、その日は朝から晴れてたのに急に雨が降ってきて、あんまり酷い雨だから、時間もあったし雨宿りをしようと思って木の下に入ったのよ。そしたらめまいがして…。」


「この世界に来たって訳だな。」


 話は一通り聞いた。神社二つ、滝、海岸、山の傍。共通点は無さそうだ。手がかりは途絶えてしまったのか?その時、湊が口を開いた。


「なんかさ、全部いわゆるお化けが出そうな場所、って感じだよね。怪しい感じで…。」


 湊の言葉に俺はハッとした。お化け?


「ちょっと聞いてくれ。」


 俺は口を開いた。蝋燭の灯火がゆらゆらと揺れている。


「なになに、心当たりでもあるの?」


 頼果が言った。


「もしかして、ここは死後の世界なんじゃないか?」


「え?」


 一同は驚いた様子で俺の顔を見つめる。


「死んだ人は、魂だけになって死後の世界に行くって聞いたこと無いか?ここが死後の世界だって考えれば、魂の迷宮と呼ばれているのかが何となくわかるだろ?」


 しばらくの間沈黙が続く。衝撃的な事実にたどり着いてしまったのかもしれない。


「じゃあ私たち、死んだってこと…?」


 伊織が顔を伏せた。


「そんな…、嘘だよ。私生きてるもん!だって心臓動いてるよ!」


 振り払うように頼果は叫んだ。皆恐る恐る自分の胸に手を当てる。微かな心臓の鼓動を感じ、俺達は安堵の念を覚えた。一息つき、俺は考えを述べる。


「ああ。俺たちは本来は生きているはずだった。だが、生きながらにして死後の世界に迷い込んだ。でも、たくさんの人が生き返ったら何か不都合がある。だから生き返れる人間の数は少なく、帰りたい人を絞り込むために椅子取りゲームを開催してるんじゃないか?ただ、これはあくまでも仮設だからな。違う可能性も否定はできない。だが、これ以外に説明する方法は思いつかないが…。」


「…。」


 全員が黙った。言葉を失ったと言った方が合っているかもしれない。暗い沈黙の中、蠟燭の炎だけが不安定に揺れている。俺だって信じたくはない。自分が死後の世界に迷い込んだなんて。鳥肌が立った。参加者、未練者、管理者、復活者の区別も、これと何か関連づいているのは間違いないだろう。戻ることは出来るのだろうか。


「お前、この話を聞いてもまだ帰りたくない、なんて言うのか?」


 しばらく経って俺は尋ねた。花京院圭は蠟燭を見つめながら言った。


「帰る気は、ないです。」


「じゃあ死んでもいいって言うの?」


 頼果が叫ぶ。


「この世界にいれば願いが叶うんですよね?幸せになれるなら、僕は死んだっていい。」


 暗い表情を浮かべて花京院圭は呟いた。


「そんなことないよ、死んでもいいなんて、絶対言ったら駄目だから。圭君が死んだら、皆心配するよ。」


 頼果らしくない、悲しく、そして力強い声だ。こいつ、もしかして、何か重い過去を背負っているのか…?


「僕には、心配してくれる人なんかいないんですよ。」


 そう言うと花京院圭は立ち上がった。


「どこ行くの?」


 頼果が尋ねる。


「少し外の空気に当たりたくなって。気にしないで下さい。」


 そう言うと花京院圭は部屋を出ていった。


  ○ ○ ○


 暗い夜の町を、青白い月明かりが照らしている。ガス灯の傍にあるベンチに腰掛けて、花京院圭は空を見上げる。


「お前、何を隠してるんだ?」


 驚いたかのように花京院圭はこちらを振り向く。


「いつの間にいたんですか?」


「ずっと付けてた。お前はアップルナインのスパイかもしれないからな。野放しにしておくわけにはいかないんだよ。」


 俺は花京院圭を見る。


「まだ、信頼してもらえてないようですね。」


「当たり前だ。お前みたいに得体の知れない奴なんか信じられるかよ。」


 溜息をつき、寂しそうな表情で視線を落とした花京院圭の目には深い感情が宿っているように見えた。その時だ。鋭い殺気を感じ、俺は素早く身を翻した。右腕を鋭い物がかすめ、数滴の血が滴り落ちる。


「お前、やっぱり…。」


 俺は花京院圭を睨む。ベンチには小型のナイフが突き刺さっていた。ナイフの柄には、リンゴの紋章が描かれている。アップルナイン…。


「貴様、日野唯我だな。アップルナイン国王、不和龍一郎様の命令により、貴様の命を頂く。」


 花京院圭とは違う声だ。振り向くと、西洋甲冑に身を包んだアップルナインの騎士が俺に剣を突き付けている。花京院では無かったようだ。なぜかホッとした。よし、戦うか。刀を抜こうと腰に手を当てた時に気づいた。無い。しまった、刀を部屋に置いてきてしまった。俺としたことが、準備不足だった。


「あの刀が無ければ貴様など無力だ。」


 俺は急いで宿の方へ走ろうとした。しかし建物の陰からぞろぞろとアップルナインの騎士が現れ、行く手を阻まれてしまった。


「貴様の首と胴体は泣き別れだ。」


 アップルナインの騎士は、剣を振り下ろす。雲は月を隠し、ガス灯の灯りを一層際立たせている。

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