4章 花は涙し、今に微笑む

3日目:Ⅲ 花京院圭、突然現れる。

「ねえ唯我、今日はどこで寝るの?」


 頼果が俺に尋ねた。歩き始めてすぐのことだ。


「さあな。」


 俺は適当に答える。取り敢えず道は歩いているが、どこに向かっているのかは分からない。いずれ役に立つであろう、周辺の地理感覚を得ておく必要があるから、出来るだけ多くの街を見ておきたい。


「ちょっと、まさか何も考えてないなんて無いよね。」


 頼果が俺を問い詰める。俺は頼果とは目を合わせずに淡々と答える。何も考えてない?この俺に限ってそんなことはない。


「この前の宿があっただろ。見つからなればそこに行けばいい。それにまだ日は高いだろ。先に進んで何か見つける為の時間は十分ある。おい、鳥羽伊織。この辺りに俺たちが泊まれる宿はあるか?」


「宿ねぇ…。」


 鳥羽伊織はゆっくりと俯きながら考え込んだ。


「確かこの道を先に行った所に街がある。そこに行けば、きっと宿の一つや二つはあるだろう。けど…。」


「どうした、不都合でもあるのか?」


「ああ。その街はアップルナインに服従している。私たちが行けば狙われる可能性は十分にある。」


 困った様子で鳥羽伊織は俺の判断を仰ぐように見つめる。


「敵の中に飛び込んでいくようなものですね。」


 湊は困ったように伊織と俺を交互に見比べる。


「何言ってるの、みんな?こっちには無敵の唯我がいるんだよ!」


 無責任な発言はやめてもらいたい。策なしに敵の中に飛び込んでいくほど俺は馬鹿じゃない。


「そうか、確かに!」


 伊織も賛成する。おいおい、冗談はやめろよ、なあ湊。


「そうっすね、そうと決まれば行きましょっか!」


 おい、湊!ふざけるな!俺はもちろん抗議する。


「おい待て、敵の真ん中に飛び込んでいくなんて、お前ら馬鹿なのか?」


「でも大丈夫でしょ、唯我なら。」


 三人は頷きあって道を進もうとする。おいおい正気の沙汰じゃねえよ。これだから多数決は駄目なんだ。それに、何者かに後を着けられている気配がする。嫌な予感だ。


  ○ ○ ○


「ほら、あっちに街が見えるでしょ?」


 見晴らしのいい丘の上に辿り着いた時だ。伊織が指差して言った。その方向には、平野に広がる街が見える。街の雰囲気はレンガ造りの建物が多い、所謂ヨーロッパ風だが、伊織の街よりは少し時代が進んだ様子だ。産業革命は起こった後のようで、街から一本の線路が太陽と反対方向に向かって伸びており、そこを機関車が黒い煙を吐きながら客車を引いて走っていくのが目に映る。


「よし、行くぞ~!」


 湊はそう言って、丘を駆け下りようとする。俺は慌てて引き留めた。


「待った。何も考えずに突っ込むのはやめろ。何事も準備が大事だろ。それに…。」


「それに、何よ?」


 俺は後ろを向いて指を指しながら言った。


「あそこに誰かがいる。さっきからずっと付けてるだろ。おい、何がしたいんだ?出てきたらどうだ?」


 俺は茂みに声を掛ける。茂みからガサゴソと音を立て、ぬっと大柄な男が現れた。


「いや~、バレちゃいましたか…。」


 その男は低めの声で、寝ぐせのついた頭を搔きむしりながら言った。背は俺よりちょっと高めだ。


「なになに、ストーカー?」


 目を細めて頼果が言った。


「違います違います!僕も仲間に入れて欲しくて…。さっきからずっと後をつけてたんですけど、タイミングを見失っちゃってずっと出られないでいたんです。」


「いつからつけていたんだ?」


「あなたたち四人が道を通りかかっているのを見て、それで…。」


「後をつけていた、ってことだな?」


「そうなんです。ごめんなさい。仲間に入れてくれますか?」


 一体目的は何だ?仲間になって何がしたいんだ?怪しい奴だ。関わらない方がいいな。ここはスルーしておくのが賢明だ…


「いいよ!」


 頼果が突然口を挟む。


「ほんとですか?ありがとうございます!」


 顔を輝かせて男は喜ぶ。


「おい、ちょっと待て。どう考えてもこいつ怪しいだろ。」


「いーじゃん別に。ほら、この瞳の耀き。素直そうでいい人っぽいよ。」


「お前はそうやって第一印象だけで人を判断しすぎなんだよ。お前の勘なんて信用できない。」


「僕も賛成っす。仲間は多い方がいいんじゃない?」


 湊は頼果の肩を持つ。


「あのなあ、分かってるか?これは仲間が多い程、後々面倒になるんだよ。椅子取りゲームの難易度が上がるだけだ。」


「それもそうかもね…。」


 伊織は俺に同調するようだ。良かった良かった。まだ話が分かる女だ。


「あ、その件なら大丈夫ですよ。僕、椅子取りゲームに参加する気は無いんで。ただずっと一人だったから、一緒にいる仲間が欲しかっただけなんです。」


「なんだ、そんな理由なら仲間に入れてあげようよ。賑やかな方がいいでしょ?」


 伊織も寝返ったな。俺は舌打ちをしながら疑いのまなざしを向ける。


「仲間にする気はない。そもそもお前らも仲間じゃない。」


「まだそんなこと言って、そんなにこの人嫌いなの?」


「いや、嫌いというわけじゃないが…。」


「じゃあいいじゃん!名前、なんて言うの?」


 頼果が尋ねる。


「花京院圭です。高校一年生です。よろしくお願いします。」


「僕と同い年っすね!僕は風間湊。よろしく!」


 そう言って湊は花京院圭に手を差し出し、握手を交わした。


「私は鳥羽伊織。よろしく。」


「わたし頼果!望月頼果ね。よろしくね、圭君!」


 三人は口々に自己紹介をした。


「この男は日野唯我。最強だけどコミュ力はゼロ。でも根は良い人だから、嫌わないであげてね。」


 頼果が勝手に俺を紹介する。


「日野さん、よろしくお願いします。」


 花京院圭は俺に手を差し出した。俺はそれを振り払う。


「勝手にしろ。俺はお前と仲間になるつもりは無い。」


「唯我、言い過ぎ。ごめんね圭君、こんなやつで。」


「いえいえ、僕の方こそ無茶なお願いをしてしまったので…。」


 花京院圭か。何か怪しい。椅子取りゲームのことを知っているということは参加者だろう。だが椅子取りゲームに参加はしないという。この世界を気に入っているのか?それに、いつから俺達をつけていたのだろうか。話によれば、伊織が騎士団長になっていた中世ヨーロッパ風の街を出た後に俺達を見かけてついて来たとのことだ。だが、街を出てからここに至るまで、人が住んでいるような場所は無かった。本当にたまたま通りかかっただけなのだろうか。とにかく謎が多い男だ。しばらくは警戒を強めておかなければ。三人に交じって談笑しているその笑顔がまるで取り外せる仮面であるかのように思えたのは、おそらく疑い深い俺だけだろう。


  ○ ○ ○


「これで仲間は五人!なんか、本格的に冒険って感じになってきたっすね。」


 しばらくの沈黙を破って湊が言った。暗い部屋の中、ガスランプの灯りが部屋を黄色く照らす。街に着いた俺達は、宿を見つけて泊っている。幸いなことに、アップルナインの兵士と思われる奴には出会わなかったし、街の人から何か言われるようなことも無かった。流石に俺たちの顔までは伝わっていないのだろう。


「冒険は一人でも出来るんだがな。」


 俺は答える。少なくとも、俺は誰にも「仲間になれ」とは言っていないからな。


「そんなことないよ。皆でワイワイやった方が絶対楽しいって。」


「俺はそういうのは好きじゃない。第一、これは楽しさを求めてるわけじゃないだろ?元の世界に帰れるか帰れないかを賭けた、本気の椅子取りゲームなんだよ。」


「あの~、今皆さん、この世界の事、どこまで知ってらっしゃるんですか?」


 尋ねたのは花京院圭だ。


「それを教えて何になる?お前は椅子取りゲームに参加する気は無いんだろう?わざわざ情報を知る必要はない。」


「別にいいんじゃない?知りたいって思うのは当然じゃないの?」


 伊織が口を挟む。


「そうっすよ、俺たちの情報整理にもなるし。この世界、何が何だか分かんな過ぎて混乱するっすからね。」


 仕方がない。だが、花京院圭が何を考えているのか探るチャンスでもある。


「分かった分かった。おい、花京院圭。お前が知っている情報から全て話してもらう。」


 俺は花京院圭を見上げる。


「分かりました。僕が知ってることを全て話します。」


 そう頷くと、長い話をする時特有の間を置いて、花京院圭は話し始めた。

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