3日目:Ⅱ 伊織、唯我を信頼する。

「残念だったな。俺にはその攻撃は効かない。」


 俺はその場に立ちつくす。炎は全て、燃える刀が吸収した。俺自身はノーダメージだ。


「貴様…。」


 悔しそうに不和龍一郎は唸った。鋭い目線が俺を睨みつけた。俺も負けじと刀を構える。


「ならばこの俺が直々にぶっ殺してやる。」


 大きな斧を手に取り、俺に向かってそれを打ち付けてくる。まともに受けたらひとたまりもない。俺は素早く身をひるがえし、攻撃をかわした。ドスンと鈍い音がして、地面が砕けた。危機一髪だ。しかし不和は何度も巨大な斧を振るってくる。仕方が無い。俺は腕に力を込め、刀から炎を出した。


「何、刀が燃えた⁉」


 突然噴き出した炎に、不和は思わず後ずさりした。よし、隙が出来た。俺は刀を振る。熱い炎が不和の頬をかすめた。


「上等じゃねぇか。こっちも本気出させてもらおうか!」


 不和は、傍にいたアップルナインの兵士から大鎌を受け取ると、左手で構えた。斧と鎌の二刀流か。確かに近づき難いが、どちらもサイズが大きいため互いに干渉し合って大きく振るうことが出来ない。スピードは低下するだろう。だが当たれば危険なのに変わりはない。俺は少し距離を取った。


 俺は別に不和の首を狙う気は無い。人殺しなんて全くの御免だ。だが向こうは本気でこちらの首を狙っている。あまり油断は出来ない。俺は燃える刀を構えた。この距離なら大丈夫だ…。


「死ねぇぇ!」


 不和が突然、斧を投げつけて来た。信じられない。あの巨大な斧をここまで飛ばすなんて、どんな腕力なんだよ…。俺は素早くかわす。かなり危なかった。不意を突かれた格好だ。だが、負けた訳じゃない。今、不和が持っているのは鎌だけだ。鋭いが、斧よりは軽い。刀で受け止められるだろう。


「おらぁぁぁ!」


 大鎌を振り上げて、不和は俺に向かってきた。俺の数十センチまで来たところで、不和は鎌を振り下ろした。


「危ない!」


 頼果と湊が叫ぶ。だが、心配は要らない。首元に振り下ろされた鎌の刃を刀で受け止め、弾き返す。それにしても、向こうからこっちに近づいて来てくれるとは有り難いものだ。隙が出来た不和の腹部に、俺は燃える刀をかすめる。鎧の下に来ていた服が燃え始めた。


「アチャチャチャチャ!き、貴様、卑怯だぞ!」


 不和は慌てて逃げ出した。卑怯だとしても、斬り捨てるよりは余程ましだ。人殺しだけは御免被りたい。俺は刀を鞘にしまった。


「貴様、覚えてろよ!この借りはいつか必ず返してやる!」


 怒り狂った不和龍一郎は、服を焦がしながら慌てて去っていった。アップルナインの兵士たちも、彼に続いて撤退していく。ひとまずは一件落着かな。焦げ臭いにおいが鼻をついた。その時だ、大きな咆哮が響き渡った。ドラゴンだ、忘れていた。恐ろしいドラゴンは踊るように暴れまわり、次々と建物を破壊していく。


「やめろ!私の街を壊すな!」


 鳥羽伊織は必死に叫んだ。だがドラゴンには人の言葉が分からないようで、炎は渦を巻いて建物を燃やしつけている。


「私が、何とかしなくちゃ…、私しかいないから…。」


 鳥羽伊織は一人でドラゴンに向かって走って行く。


「無茶だよ、伊織ちゃん!」


 頼果が叫ぶ。今回ばかりは頼果と同意見だ。無茶すぎる。邪魔が入った、と言わんばかりにドラゴンは女騎士を突き飛ばすと、彼女に向かって炎を吐き出した。


「伊織さん!」


「伊織ちゃん!」


 湊と頼果が叫ぶ。見てられないな。俺は鳥羽伊織の方に向かって駆け出した。俺は燃える刀を突きだし、ドラゴンの吐いた炎を吸収した。


「あんた…。」


 塞いだ目を恐る恐る開いて鳥羽伊織は俺を見た。


「無茶はすんな。死んだら終わりだぞ。」


 俺はドラゴンに刀を向けながら言った。


「あんたに、あんたに何が分かるんだ!」


 鳥羽伊織は俺を睨みつけた。俺は黙ったまま女騎士団長を見つめ、言葉を待った。


「無茶しなきゃ、この街は守れない。この街を守れなければ私には、生きていく資格など…。」


 鳥羽伊織は俯いた。相当責任感が強いのだろう、彼女の目からは一筋の涙が流れていた。悔し涙というやつか…。


「私の気持ちが何も分からないあんたの助けなんか必要ない、私に関わるな!」


 女騎士団長は怒鳴った。


「あぁ、分かんねぇよ。俺には分かんねぇ。自分の弱さが悔しいなんてこと、感じたことが無いからな。今まで悔しさなんて、一度も感じたことが無い。だから、お前に同情することすら出来ない。」


「だったら尚更私に関わるな!大切なものを守りたいなんて気持ちが無いあんたに、助けてなんか貰いたくない!」


 鳥羽伊織は泣きながら俺を押しのける。そして、再び剣を持ってドラゴンに向けて構える。


「私が、やらなくちゃいけないんだ。それが騎士団長の役目…。」


 彼女の足は震えていた。それが激しい感情によるものか、それともドラゴンへの恐れなのか、俺には分からない。だが、これだけは言える。俺は鳥羽伊織を見て言った。


「一人で抱え込むんじゃねぇよ、頭を冷やせ。お前は感情的になりすぎている。」


「頭を冷やせって、舐めてるのか?見透かしたようなことを言うな!」


 涙を流しながら鳥羽伊織は言う。


「お前は悔しいのかもしれない。責任感の強さ故に自分を責めてしまうのかもしれない。それ自体は別に問題ない。だがお前は感情的になりすぎて、思考が凝り固まってる。優先順位は感情じゃなくて論理で付けろ。」


「何の話をしているんだ?一体何が言いたいんだ?」


「お前が今一番やるべきことは、ドラゴンを倒すことだ。そして、お前は自分の力だけではドラゴンを倒せないと分かっているはずだ。それなのに、下らないプライドとか責任とかに縛られて、一人で突っ走ってる。それじゃあ誰も助けられない。悔しくても、誰かに助けを求める必要があるだろ。」


「つまりそれは、あんたに助けを求めろということか…?」


 鳥羽伊織は俺を睨んだ。


「あぁ。悔しいとか、自分がやらなきゃいけないみたいな責任に縛られて何も出来ないよりは、よっぽどましじゃないか?それに、誰かに頼ることは恥じゃない。その場を上手く乗り越えるための知恵だ。少なくとも、俺はお前と敵対する気は無い。」


「私に何をさせたいんだ?」


「一旦プライドとか責任を捨てて、俺を利用してみろ。本当にやるべきことをするためにはそれが最善の手だと思わないか?本質を忘れるな。守りたい物が、あるならば。」


 俺は鳥羽伊織の目をしっかりと見た。しばらく考えているのか、沈黙が続いた末に、女騎士団長は俺に言った。


「私と手を組め。ドラゴンを倒すために。」


 鳥羽伊織の眼は真剣だった。


「俺に命令するな。」


 淡々と言って、俺は刀を構える。俺の背を見て、鳥羽伊織は微笑んだ。


「やった、仲直りだよ!」


 頼果と湊は興奮した様子で俺と伊織を見た。


「元々仲は良くないし、今も良くない。だから仲直りとは言わない。」


 そう言いながら俺はドラゴンに斬りかかる。まずは翼を破る。続いて足を斬る。同時に伊織も剣でドラゴンの足を斬りつける。動きを封じられたドラゴンに、隙ができた。


「俺がやる。任せろ。」


 俺は刀を振って、ドラゴンの首を真っ二つに斬った。絶命したドラゴンは、煙になり、燃えて灰となった。


「一撃…。」


 驚愕する伊織をよそに、俺は刀を鞘にしまう。そして、崩れ落ち行く灰を眺めていた。


「このドラゴン、まさか復活者だったのか…?死に方があの幽霊とそっくりだ…。」


「確かに。あの幽霊も唯我が倒した時こんなんだったよね。」


 頼果は納得したように頷いた。やはり復活者は人の姿をしていないのか…。


  ○ ○ ○


「さっきはありがとう。」


 伊織が俺に言った。


「まあな。だが、俺の言ったことばかりを気にしなくてもいい。お前はお前がやりたいことをやれ。ライバルとして戦う日が来たら、正々堂々勝負しようぜ。」


 俺はそう言って、街を出ようとした。


「ちょっと待って。」


「なんだ?」


「私も仲間に入れてくれない?」


 伊織が言った。


「やったー、伊織ちゃん、一緒に来てくれるんだ!」


「伊織さんがいたら心強いね!」


「おい待った、そもそも俺は仲間をとったつもりはない。」


「噓つき。頼果ちゃんと湊くんとはどういう関係なのよ。」


 不思議そうに俺を見られても困る。勝手について来ているだけなんだから。


「私は唯我に守ってもらうためにね!」


「僕は唯我さんを尊敬してるからさ。」


 伊織は驚いたような顔をする。だから、そんな反応されても困るだけなんだが…。


「じゃあ、私はあんたを利用させてもらうわ、日野唯我。頂点に立つためにね。」


 伊織は笑った。迷惑千万、笑い事じゃない。また増えるのか…。


「でも、この街はどうするの?」


 湊が尋ねた。


「確かに私もここに固執しすぎたかなって思って。唯我のおかげで気が付けたよ。結局は元の世界に戻りたいからさ。あんたに任せるわ。」


 伊織は傍にいた騎士の肩を軽く叩いた。


「ってことで、着いて行くね!」


 全く、どいつもこいつも自分勝手な奴ばかりだ。だが、こいつらの自由を俺が侵害する権利は無い。仕方が無い。


「そんなに付いて来たいなら勝手にしろ。のろのろしてると置いて行くぞ。」


 俺は歩き出した。次はどこに向かおうか。後ろでは三人が楽しそうに話している。


「よかったね、伊織ちゃん!あれ、着いて来て良いってことだよ。」


「それにしても唯我さんすごいでしょ?僕も唯我さんのおかげで目が覚めたんです。」


 皆が皆、面倒な奴らばかりだ。だが、勝手に着いて来ているだけなら別に問題はない。案外、友達というものも良いものなのかもしれない、と思った。

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