3日目:Ⅰ 唯我、騎士団長に喧嘩を売る。

「ねぇ、ほんとにこっちであってるの?全然着かないよ~。」


 頼果が愚痴を呟いた。


「疑うなら着いて来るな。それに、まだ一時間も歩いてないだろ。」


「そうそう。そんな早く着くならこの世界は楽だよ。僕の記憶が正しければ多分こっちであってると思うけど。」


 俺たち三人は今、女騎士団長がいるという中世ヨーロッパの町に向かっている。


「あ、あれだ。ほら、あの家見て。ヨーロッパ風だよ。」


 湊が指さした方向には、一軒のレンガ造りの建物があった。辺りには畑が広がっているが、作物は植わっておらず、裸の土が太陽に照らされてひび割れているだけだ。俺は家の扉を叩いた。


「ごめんください、誰かいますか?」


 返事は無い。どうやら空き家のようだ。錆びた鍬とシャベルがレンガの壁に立て掛けられている。


「仕方が無い。進むか。」


 俺たちは道に沿って歩いて行った。段々道幅が広くなり、少しずつ建物の数も増えていったが、相変わらず人気は無い。空き家が続いている。その時だ。ガシャンガシャンと金属がぶつかる音を立てながら、空き家の影から銀色の鎧を纏った騎士が、ぬっと現れた。


「お前たち、アップルナインの使いか?」


 女の声だ。騎士は俺たちに向かって剣を突き出した。


「ひぃ、殺さないで…。」


 頼果が両手をあげて首をすくめる。


「アップルナイン?何だそれは。多分人違いだ。」


 俺は堂々と答えた。


「そうか。確かに、正式なアップルナインの奴ならリンゴの紋章を付けているはずだ…。」


 女騎士は、俺たちの顔を眺めた。どうやらアップルナインは組織名のようだ。


「噂は聞いてるぜ、あんた、参加者なんだろ、女騎士団長?」


 俺は尋ねた。


「ああ、そうだ。アンタたちも、参加者なのか?」


 女騎士は俺の目を見つめた。後ろでまとめられた長い黒髪が風にたなびいている。


「そうだ。俺は元の世界に戻るために情報を集めている。魂の迷宮について、お前が知っていることを教えてくれないか?」


「魂の迷宮…。」


 そう呟いて、女騎士は腕を組んで考え込んだ。その時だ。遠くの町の方から一人の軽装備の騎士が馬に乗って走って来た。


「団長、アップルナインの使いが来ました。急いで帰ってきてもらいたいっす。」


「ああ。分かった。お前たち、少し話がしたい。一緒に来てもらえるか?」


 俺たちの方を向いて女騎士は言った。


「分かった。来るなら来い、頼果、湊。」


「え、ちょ、待ってよ。相変わらず行動早すぎ。どういう頭の回転してんのよぉ。」


 二人の騎士と俺たちは、中世ヨーロッパ風の町へ入っていった。


  ○ ○ ○


「自己紹介が遅れた。私は鳥羽伊織。この町で騎士団長をやっている。」


「僕は風間湊!元忍者だよ。」


「私は望月頼果。この無愛想な男が日野唯我。よろしくね、伊織さん!」


「お前ら、初対面の人に馴れ馴れしいんだよ。」


 俺は苦言を呈した。


「私は全然気にしないよ。大丈夫。」


 鳥羽伊織が言った。


「ほら、大丈夫だって。そんなんだから友達出来ないんだよ。」


「余計なお世話だ。」


 俺は舌打ちをする。とことん面倒で嫌な奴だ、頼果は。


「ごめんね、こんな奴で。でも滅茶苦茶すごい人だから嫌わないでね。」


 頼果が鳥羽に言う。勝手に紹介しないで貰いたい。


「鳥羽さんは何歳なんですか?」


 湊が尋ねた。すると、頼果が湊の頭を思いっきり叩いた。


「ちょ、ちょっと、なにするんだよ。痛いじゃないか。」


「こら、女性に年齢を聞くなんてサイッテー。」


「だ、大丈夫、気にしないよ。私は17歳。高校二年生。」


「ほら、引かれてるぞ。」


「同い年じゃん!よろしくね!」


 俺の忠告には耳も傾けず、頼果は鳥羽伊織に微笑みかけた。今年齢を聞くなと言ったばかりだろ…。全く、騒がしい奴らばかりだ。


「それにしても、随分と荒れた町ですね。」


 湊がボソッと呟いた。なるほど、確かにそうだ。どの建物も壁は色褪せ、ひびが入ったり屋根瓦が剥がれ落ちているものもある。地面も、石畳はところどころ剥がれている。人影は無く、ただ寂しさだけが漂っている。


「ああ。全ては私の責任なんだ。」


 鳥羽伊織は俯いて言った。


「そんなことないですよ、団長。仕方が無い事です。奴らはとんでもなく強いんっすから。」


 騎士が言った。


「奴らというのはアップルナインのことか?」


 俺は尋ねた。いったい何者なんだろうか。


「そうだ。この国、と言っても小さな自治集落のようなものだが、ここの隣国のことだ。私たちの何倍もの兵力でこの国を襲い、略奪と破壊を繰り返す。騎士である私がこの国を守らなければいけないのに、私にはその力が無いんだ。」


 鳥羽伊織の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「なんでわざわざ侵略してくるんですか?」


 湊が尋ねる。確かにそうだ。この世界では、未開の地に行けば好きな世界が自由に作れる。なんでこんな小さな国を狙うんだろうか。


「アップルナインの国王、不破龍一郎は完全な頂点に立つことを望んでいる。多分、元の世界に帰る為に。その為に、自分以外の勢力を完全に滅亡させようとしている。そして最初に目を付けられたのが、私だったということだ。」


「そんな…。」


 頼果は悲しそうに俯く。


「でも大丈夫!ここには完全無敗、一騎当千の唯我がいるんですから!」


 湊が俺の右肩に手を置いた。


「そうそう、私たちも協力するよ!」


 頼果も、俺の左肩に手を置いた。


「誰が協力するなんて言った?」


 俺は両手で肩に置かれた二人の腕を払い落とした。そもそもまだ二回しか戦ったことがない。二連勝で完全無敗を名乗れるなら楽なものだ。


「不和とか言ったが、別に好きにしたらいいんじゃないか、自分以外の勢力を排除しようとするのはそいつの勝手だ。」


 俺は空の雲を眺めながら言った。


「ちょっと、何言ってんだよ、唯我。主人公の台詞じゃないって。」


 湊が俺を見て言った。


「だから、俺は主人公じゃない、いつそんなこと決めたんだ。それに俺も、邪魔な奴は倒す覚悟はある。」


「だからって言って、強い者が弱い者を踏みにじるなんておかしいよ。許せない。」


「ほんと、人でなし。サイッテー。伊織ちゃんの気持ちも考えたら?」


 湊が俺に反論し、頼果はさらに追い打ちをかけてくる。それにしてもいつから、ちゃん付けで呼ぶ仲になったんだ?


「知るかよ。それに、その不破ってやつにも何かの事情があるかもしれないだろ。それが分からない限りは一方的には責められない。」


 そう言い放ち、俺は前を向いた。崩れた建物が目に留まる。


「あなたに分からないのなら、それでいい。これは私の問題なんだから。もっと、私が強くならないと…。私一人で…。」


 崩れた建物を見渡して、鳥羽伊織は拳を握り締めた。その時、低くて大きな声が荒れた町に響いた。


「よう、騎士団長さん。覚悟は決まったかい?」


 見ると、大柄な若い男がたくさんの兵士を従えて町の中央の広場で待ち構えていた。


「不和…。」


 大柄な男を睨みつけ、鳥羽伊織は剣に手をやった。


「おいおい、せっかく来てやったのに、そんなに怒らないでくれよ。」


「今度は何の用だ?」


「俺たちに忠誠を誓え。逆らえばどうなるか分かっているな?」


 大柄な男はニッと笑った。こいつが、不和龍一郎…。アップルナインの兵士が、町の人と思わしき縄で縛られた人々に、剣を向けた。


「人質とは、卑怯者…。」


 騎士が言った。


「いつかの誰かさんみたいだねぇ~。」


 頼果が湊に囁いた。こいつ、人質にされたこと結構恨んでるな。


「卑怯?違うぜ。俺達はこいつらを連れて帰るだけだ。いい労働力になるぜぇ。」


「ふざけるな…、私の町の人たちを解放しろ!」


 鳥羽伊織は剣を抜き、不和に斬りかかった。不和は剣を抜き、それを受け止める。


「おっと、それ以上の攻撃はやめておいた方がいいぜ。こっちにはドラゴンがいる。」


 ニヤリと得意げに笑った不和は、鳥羽伊織を蹴り飛ばした。鎧を着ているとは言え、腹部に強い衝撃を受けて、鳥羽伊織は数メートル後ろによろめきながら倒れ込んだ。不和龍一郎、なかなか強い。


「ドラゴンって、あの空想上の生き物だよね?口から火を出す、あれ。」


 頼果が戸惑って騎士に尋ねた。


「そうっす。アップルナインはドラゴンを従えていて、今まで何度も、そいつが街を荒らしてきたんです。」


 この世界、ドラゴンまでいるのか。なかなかな物だ。


「ドラゴンだって、唯我。勝てる?」


 頼果が俺に尋ねた。


「勝てるも何も、俺はドラゴンと戦う気は無い。なんで俺が戦わなきゃいけないんだ?」


「伊織ちゃんを助けないの?」


「だから、何度も言ってるだろ?鳥羽も不和も、俺たちのライバルなんだよ。わざわざライバルを助けるなんて、自分の首を絞めるだけだろ。」


 俺は吐き捨てるように言った。全く、物覚えの悪い女だ。


「お、見たことのない顔だな。お前たちもアップルナインに忠誠を誓っておいた方が無難だぞ。」


 不和龍一郎が言った。


「残念だがお断りだ。俺はな、人に服従するのが大嫌いなんだよ。」


「じゃあ消えろ。」


 おどけた表情が消え、不和は鋭い視線で俺を見た。直後、アップルナインの兵士たちが俺に向かって斬りかかって来た。


「俺は、俺が消えようと思うまで消えないさ。」


 俺は斬りかかって来る兵士の剣全てをかわすと、傍に落ちていた錆びたシャベルを手に取った。体勢を整えて、再び斬りかかって来る兵士たちの剣をシャベルで受け止める。振り下ろされた剣はシャベルの柄に刺さった。今だ。俺は腰の刀を抜いて、剣を封じられた兵士たちの首に突き付けた。兵士たちは両手をあげて降参の意を示した。


「消せるなら消してみろよ。俺は必ず頂点に立つ。」


「ああ。消してやるよ。こい、ドラゴン!」


 不和が叫んだその時だ。遠くの方から咆哮が轟いた。空を飛んで、赤いドラゴンが現れた。


「き、来たぞ!」


 捕らえられた町の人々は怯えたように身をすくめる。


「来た、ドラゴン…。」


 鳥羽伊織は蹴られた腹部を抑えながら苦しそうに言った。ドラゴンは、俺に向かって炎を吐き出した。獄炎が俺を包んで来る。


「唯我!」


 頼果と湊が叫んだ。赤橙色の炎が視界を包む。

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