2日目:Ⅲ 湊、唯我を信頼する。
「やあやあ、君たち、元気かい?」
斯波は笑みを浮かべながら言った。
「おかげさまで。」
俺は皮肉交じりに言う。
「君たちに話がある。俺様に忠誠を誓うか、永遠にこの狭くて暗い牢獄で暮らすか。どっちがいい?」
ニヤニヤしながら斯波は俺と頼果を見た。冗談じゃない。どちらも御免だ。
「あんた、この迷宮、魂の迷宮から抜け出す気はないのか?」
斯波のふざけた問いには答えず、俺は聞いた。
「無いね。俺様はこの世界が気に入っている。元の世界にいるより、こうして殿様になっていた方がずっと楽しい。お前もそうだろ、風間?」
「まあな。」
忍者は、そっぽを向いて言った。
「おい、それでいいのか?お前はずっと、斯波の下で支配されたまま生きるのか?」
俺は忍者に言う。
「…。」
忍者は俯き、黙った。俺は忍者をじっと見た。
「何が言いたい?風間は俺様に忠誠を誓った。ずっと俺様の家臣だ。そうだろう、風間?」
斯波は、風間に問う。
「まあ、な…。」
斯波に押されるようにして、忍者は言葉を吐き出した。ああ、見てられない。俺は立ち上がり、忍者に怒鳴った。
「お前は本当にこのままでいいのか?お前のやりたいようにやれよ。立場が下なら下剋上すればいい。変わろうとしなければずっと弱いままだぞ?なりたい自分ってのはな、目の前にあるんだよ。あとは、お前がそれを掴むかどうかだ。」
忍者は、風間は、俺の目を見た。
「お前、どうしてそこまで僕を斯波から引き離したがるんだ?仮に僕が裏切った所で、僕がお前の味方に付くとは限らないぞ。」
「ああ、知ってるよ。俺は風間、お前を味方にする気は無い。頂点に立つのは俺だけで十分だからな。けど、…。」
「けどってなんだよ、言ってみろよ。」
忍者は苛立った様子で俺に言った。俺は一息入れ、真剣なまなざしで風間を見た。
「見てられねぇんだよ、お前。人に支配されたまま生きていく、自分の願いも叶えられない。そんな人生でいいのか?無責任なまま、誰かに隷属して自分のやりたいことが出来ないまま死ぬ、そんな生き方は無意味なんだよ。自分で責任を持って、自分がやりたいことをやればいいんだ。死ぬ覚悟で自分のやりたいことやれよ。死ぬときに笑ってりゃそれでいいんだ。」
風間も、斯波も黙っている。まるで、俺の話の続きを待ち望んでいるかのように。だが、話はこれで終わりだ。
「あとは、お前が決めろ、忍者。自分の人生のあり方は、自分で決める。お前が隷属を望むなら俺はそれを全力で応援するし、やりたいことをやるなら、全力で応援してしてやるよ。」
「僕は…。」
風間は、下を向き、覚悟を決めたように拳を握った。そして、俺の方を向いて言った。
「僕の名前は、忍者じゃない。僕は風間湊。風のように自由に生きる人間だ。」
そう言うと風間湊は、俺と頼果が閉じ込められていた牢獄の鍵を開けた。
「ありがと、湊君!」
頼果が言った。相変わらず馴れ馴れしい奴だ。風間湊は軽く頷くと、俺の方を見て言った。
「礼は言っておく。ありがとう、僕に勇気と自由をくれて。」
「俺がお前にあげたんじゃない。お前が自分で掴んだだけだ。」
俺は湊を見る。湊は俺を見て微笑んだ。俺は黙って頷いた。
「何を言ってるんだ、風間!お前は俺様の下で、忍者として戦え!」
「悪いけど、そうは出来ないかな、斯波先輩。僕はあなたの家臣じゃない。」
「ふざけやがって…、やれ!」
侍たちが俺たち三人を取り囲んだ。
「あの刀は1階にある武器庫の一番奥に置かれている。唯我、行け!」
風間湊は俺を見た。
「馴れ馴れしく呼ぶな。それと、俺に命令するな。」
俺は風間湊を見て、そして武器庫に向かって走り出した。
「ちょっと待ってよ、唯我、ねえ!足速すぎ…。」
頼果が追いかけてくる。後ろでは湊が侍たちを食い止めている。
○ ○ ○
俺と頼果は武器庫に着いた。広い部屋には沢山の刀や火縄銃、手裏剣、苦無、槍などが並んでいる。武器コレクション、と言ったところだ。殿様の趣味が出ているな。
「あった、あれだよ!」
頼果が指差した方には掛け軸があり、その前に刀が鞘ごと飾られていた。随分と豪華な飾り方をされたものだ。俺は刀を手にした。よし、取り返した。やはりこの刀は俺の物だ。
「よーし、行くか。次はどこに向かう?」
「えっ、湊君を助けに行かないの?私たちが牢獄から出れたのも湊君のおかげだよ。」
「何の義理であいつを…。」
俺は口ごもった。確かに、頼果の言う通りかもしれない。よし、行ってやるか。俺は刀を持ち、地下牢に向かった。頼果はニコッと笑って付いて来た。
○ ○ ○
俺が地下牢に到着した時、湊は苦戦していたようだった。苦無と手裏剣で戦っているが、流石に数が多すぎる。手裏剣も、底を尽きたようだ。そんな中現れた俺を見た湊は、息を荒げながら驚いたように言った。
「来てくれたの?」
「まあな。俺たちを牢獄から出してくれた礼だと思え。」
俺は燃える刀を抜いた。斯波は舌打ちをした。
「貴様ら、どこまで俺様の邪魔をするつもりだ?」
「俺はお前の邪魔するつもりは無い。だが、刀は取り返させてもらうぜ、こいつは俺のお気に入りなんだ。それと斯波、お前には悪いが、今は湊を助けたい気分なんだ。」
俺は刀を振った。明るい炎が渦巻いて地下牢を照らす。侍たちは引き下がった。これ以上の戦いは無駄だ。俺はその場を去った。
「覚えていろよ!いつか、お前らを潰してやるからな!」
悔しそうな捨て台詞が聞こえた。俺は何も言わずに城を後にした。後ろからは、頼果、そして湊が付いて来ていた。
○ ○ ○
「お前、いつまで着いて来るつもりなんだ?」
しばらく歩いた所で、俺は湊に尋ねた。
「え、いつまでも、だけど?」
「は?」
「いや、は、じゃないっすよ。僕は唯我さんにずっと付いて行くつもりだよ。」
「お前、何にも分かってねぇな。俺に媚び売って、また人の言いなりになるつもりか?」
全く、呆れた奴だ。結局誰かの金魚のフンとしてしか居られない奴なのだろう。俺は鼻で笑おうとした。
「違うよ。これは別に忠誠を誓うとか、隷属するとかじゃなくて、仲間として一緒に行動するってことだよ。僕はさ、唯我に感謝してるんだ。」
「ふーん、仲間か。俺には不要だ。」
「そんなこと言って、私のことは結構気に入ってるんでしょ?」
頼果が口を挟んだ。こいつ、何を言っているんだ?
「そんなわけないだろ、黙ってろ。仲間なんて、足手纏いになるだけだ。」
「でも、さっきは僕を助けてくれたけど…。」
「さっきはさっき、今は今だ。借りは返した。俺に感謝してるなら、とっとと消えてくれ。」
「嫌だね。僕はあなたがなんて言おうと着いて行くから。」
全く、どいつもこいつも頑固な奴ばかりだ。
「勝手にしろ。俺はお前らを助けないからな。」
俺は言い放った。好きにしたらいいさ。
「これ、いいよってことだよ。」
頼果が湊にそっと耳打ちをした。
「あ、もしかして唯我って、いわゆるツンデレ?」
「そーそー。結構優しいとこあるんだよ。」
「やっぱりか~!僕、唯我さんに付いて行きまーす!」
湊はそう言うと、いきなり俺に肩を組んできた。
「馴れ馴れしくすんな。それに、俺はツンデレじゃない。そもそも、デレてないだろ。」
俺はその手を振り払い、スタスタと先を急ぐ。全く、頼果と言い、こいつと言い、なんで俺はろくでもない奴ばかりと出会うのだろうか。俺について来るんじゃねえよ…。
「おい、お前ら分かってんのか?これは個人戦なんだぞ。帰れる椅子が一人だけだった場合、俺は容赦なくお前らを捨てて元の世界に帰るが、それでもついて来るか?」
俺は二人に言った。椅子取りゲームは個人戦。何人が帰れるかは分からない。狐は教えてくれなかった。
「もちろん!」
即答したのは頼果だ。湊も頷いた。
「だって、友達でしょ、僕たち?例え帰れなくても、一緒にいた方が楽しいじゃんか。」
湊が言う。友達、か。独りよがりな俺には縁の薄い言葉だったな。
「そうか…、お前らがそうしたいなら勝手にしろ。」
歩みを遅めずに、そう言った。二人がついて来る足音が聞こえる。
「それにしても唯我ってほんとに頼りになるんだよ。めっちゃ強いし。」
「分かるっすよ、それぐらい僕にも。絶対的安心感みたいなのが漂ってるんだよね。」
「でも、唯我、人からの評価とか全く興味無いから、お世辞とか効かないよ。」
後ろで二人が話している。
「お世辞じゃないっすよ。僕は僕の自由で唯我を尊敬してるだけ。」
友達、か。俺には分からなかった。友達がいることのメリットが。何でもできた俺に、助け合う友達は不要だった。だが…。なにかよく分からない、不思議な感覚を覚え、俺は遠くを眺めた。道の両脇では、稲の葉が青々しく太陽に向かって伸びていた。
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