2日目:Ⅱ 唯我と頼果、捕まる。

 目が覚めた時には、辺りはもう明るくなっていた。大助がご飯を作ってくれているのだろう。味噌汁のいい香りが鼻を刺激する。


 横を見ると、頼果が眠っていた。こうして見ると、案外可愛い。まあ性格は最悪だが。こいつのせいで散々な目にあったが、どこか憎めない所がある。


「起きました?」


 板の間にやって来た大助が言った。


「おはようございます。」


 俺は言った。頼果が横でモゾモゾと動いている。目を覚ましそうだ。俺は布団ごと頼果を揺さぶった。


「おい、そろそろ起きろ。」


「はぁ…?」


 低い声で頼果が唸った。もしかして、こいつ、寝起き悪い?頼果は、目を開けたままその場で固まっている。


「おい、大丈夫か?」


 俺は、頼果の目の前で手を振った。


「誰?」


 眠そうに頼果が言った。覚えてないのかよ…。


「俺だ、日野唯我。覚えてるだろ?昨日、俺たちは魂の迷宮に連れてこられたんだよ。」


「あ、そういえばそうだった。」


 頼果は目をこすって、また寝転がった。おい、二度寝するな。


「ご飯、どうぞ。」


 大助が、俺たちにご飯を出してくれた。


「ありがとうございます、いただきます。」


 俺はご飯を食べ始めた。やはり出汁が効いた味噌汁だ。口に入れるたびに、下の上でうま味が広がる。


「ほら、頼果さんも食べたら?」


 大助が頼果に言ったが、頼果は不機嫌そうだ。


「ふぅ~。」


 頼果は溜息をついた。全く、何もかもにおいて面倒な奴だ。


  ○ ○ ○


「じゃあ、もう行っちゃうんですね?」


 驚いたように大助は言った。ご飯を食べ終えてすぐのことだった。


「ああ。俺たちも、この世界にずっといるわけにはいかないんだ。帰る方法を探さなきゃ。そのためには、あの刀があった方がいいんです。」


 俺は、大助に感謝の意を伝えた。本当に助かった。


「この世界って、あなたたち、この世界じゃない所から来たんですか?」


 大助は驚いたように言った。


「そうです。あの、聞きたいことがあるんですけど、魂の迷宮って聞いたことありますか?」


 一応聞いてみる。ただ、あのお爺さんとお婆さんは知らなかったから、この人も知らない可能性が高い。四種類の者のうち、どれに当てはまるんだろうか。参加者、未練者、復活者、管理者。これはいったい、何を表しているのだろうか。


「いや、知らないですね。」


 大助は首を傾げた。やはり知らないか。あの老夫婦と同じ、たしか、未練者と言っていたが、彼もそれなのだろうか。


「そうだ、あのお城は、裏門があるんで、そこから入るのがおすすめです。警備が一人しかいないんで。」


 思い出した、と言うように大助が言った。ナイスアドバイスだ。


「分かりました、ありがとうございます。」


 本当に助かる。俺たちは、お辞儀をすると家を出た。大助は俺たちが見えなくなるまで見送っていた。


  ○ ○ ○


「あったよ、裏門。警備は一人だ。ほら唯我、ちゃっちゃと倒しちゃって!」


「俺に命令すんな。それに、警戒しておいた方がいい。」


 全く、こんな時でもこの調子か。溜息をついて、俺は物陰から門の様子を覗う。何事も慎重さが大事だ。


「さあさあ、門を開けろ!ヒロイン、頼果様のご登場だ~!」


 突然、頼果が飛び出していった。馬鹿なのか?なんでわざわざ敵に見つかることをするのだろうか。


「お前ら、たしか昨日の無礼者!」


 門番は叫び、槍を構えた。


「唯我、やっちゃってよ。」


 俺を前に押し出し、頼果ははしゃぐように言った。おい、やめろ。無責任なことすんな。


「おい頼果、お前ふざけんなよ!俺は何も武器持ってないんだぞ!」


「え⁉ほんとだ…。気付かなかった、ごめん…。」


 ガチの馬鹿だ。何てことしてくれるんだよ。でも仕方ない。俺はゆっくりと、門番に向かって歩いていく。門番は槍を構え、突き出した。チャンスだ。俺はそれを掴み、槍を奪い取る。そしてそれを、門番の喉元に突き付けた。一瞬の出来事に成す術も無かった門番は、両手を挙げて降参した。


「さあ、門の鍵を渡せ。」


 俺は、門番を睨みながら言った。


「は、はい…。」


 震えながら、門番は俺に鍵を差し出した。


「ほら、やっぱり強かったじゃん。」


 頼果が言った時だ。


「大人しく降参しといたら?」


 大きな声が響いた。見ると、忍者が門の上に立っていた。忍者は俺たちを見下ろし、睨みつけた。俺も負けじと睨み返した。


「俺は誰にも屈服しない。」


 こんなところで負けてたまるか。俺は元の世界に帰るため頂点に立つ。俺は持っていた槍を構えた。すると、門が開き、十人程の侍が姿を現した。


「やばいよ、どうすんの?」


 頼果は怯え、俺に尋ねた。数では圧倒的不利だが、俺なら勝てる自信がある。だが、最も効率的にあの刀に近づくには…。俺は、全員に聞こえるように、わざと大声で叫んだ。


「お前らに降伏する!」


「え?」


 頼果がキョトンとした目で俺を見つめた。俺はにやりと笑って槍を捨て、両手を上げた。


  ○ ○ ○


「そこでおとなしくしてろ!」


 一人の侍が叫び、鍵を掛けた。俺と頼果は今、城の地下にある、冷たくて暗い牢獄に閉じ込められている。いかにも健康に悪そうだ。ジメジメと湿った空気が漂っている。


「ねえ、なんで降伏したの?逃げればよかったのに。それに唯我なら、戦えば勝てたんじゃない?」


 頼果が言った。っていうか、そもそも全ての元凶はお前のせいだからな。


「いいから黙ってろ。俺がなんとかしてやる。」


 俺は落ち着いて言った。これは作戦だ。あえて捕まった方が、楽に城の中に入れる。馬鹿な侍たちは、俺たちを目隠しもさせずに牢獄まで連れてきた。おかげで城の内部の間取りは大体把握できた。それに、斯波武琉はそのうち俺たちに会いに来るだろう。奴らの目的は分からないが、俺たちを仲間にするにしても処刑するにしても、必ず檻を開ける時が来る。その隙を狙えばいい。だが、声に出してそれを頼果に伝えることは出来ない。風間とかいう忍者が俺たちを見張っている。


「なんとかってどうやるの?」


 頼果が俺に尋ねた。


「いや、考えてない。」


 俺は、忍者を油断させるためにあえて、何も考えてないふりをした。


「え、ちょ、待ってよ、どーすんのよ!」


 慌てた様子で頼果は俺を問い詰める。


「大丈夫だ。天は常に俺に味方する。」


 ゆっくりと言った。俺ならいける、絶対にな。さて、まずは風間とかいう忍者のことをよく知っておくべきだ。敵を学ぶことが最優先だ。俺は忍者に話しかけた。


「お前も大変だな。あの斯波とかいう殿様も、面倒な奴だろ?」


 忍者はゆっくりと、俺を見た。


「さあ、どうかな。」


 忍者は淡々と言った。どうやら忠誠心は低いように思われる。殿様のことを馬鹿にされても怒らない。ということは、話せば牢獄から出してくれるかもしれない。


「お前、参加者か?」


 俺は聞いた。


「そうだよ。」


 相変わらず淡々とした口調で忍者は答えた。やはりそうだったか。なんとなく、他の奴らとは雰囲気が違う様子だった。それにしても、意外と話し方は幼い。


「なんでそんなことを聞くんだよ?」


「お前は、これでいいのか?元の世界に帰るためには頂点に立つ必要がある。だが、このままだと斯波の手下のままだぞ。ずっと誰かの下にいるままでいいのか?」


「ふーん、お前さ、もしかして僕の事、味方にしようとしてんの?牢屋から出るために?」


 忍者は言った。


「残念ながら違うな。お前を仲間にする気は無い。全員がライバルだからな。」


「彼女さんは連れてくのに?」


「だから、彼女じゃない。こいつは勝手に俺について来てるだけだ。俺は仲間だと思ってない。」


「ちょっと、私たち仲間でしょ⁉見捨てないでよね?」


 頼果が口を挟んだが、俺はそれを無視して忍者に尋ねた。


「斯波とはどういう関係なんだ?」


「あいつが殿様さ。そして俺は、その家臣の忍者役。あいつとは、元の世界でも知り合いだった。部活の先輩だったんだよ。」


「部活?何部だったんだ?」


「体操部だよ。あいつ、副部長なんだ。僕は今年入部したばかりの新入生。」


「新入生ってことは高一か。俺たちの一個下だな。」


「僕と斯波さんは同じタイミングでこの世界に来てさ。斯波さんがこの地域を創って、僕は家臣としてサポートしてた。虎のお面の男は、俺たちの理想が叶う世界って言ってたし、僕も憧れてた忍者になれて嬉しかったけどさ、結局斯波さんの家臣のままなんだ。頂点に立つものなら立ちたいさ。でも、僕には力も無いし、斯波さんに歯向かう勇気も無い。どうしようも無いんだよね。」


 忍者は、諦めたように笑った。斯波には不満があるが、逃れられないということか。呆れた奴だ。上下関係に縛られて、帰る手段を自ら捨てるとは。


「なら好きにしろ。一生この迷宮で暮らすんだな。」


 俺は冷たく言い放った。


「君には言われたくないよ。どうせこの牢獄から出れないのにさ。捕まったままどうやって頂点に立つって言うんだよ。」


 忍者は嘲笑った。その時だ。足音が近づいて来るのが聞こえた。向こうから、斯波武琉と、数人の侍が歩いて来る。さあ、俺たちはどうなることか。俺は待ち構えるようにして、腕を組んで立ち上がった。

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